ラジオドラマ原稿『僕のオールドファッションド』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年4月4日オンエア分)

女「オールドファッションドをお願いします」

カウンターの隣に座った彼女はマスターにそう言った。
マスターはうなずいて戸棚からオールドファッショングラスを取り出した。

同じオールドファッションドを飲んでいた僕は思わず彼女の方を見た。
白く透き通った肌で、綺麗な黒い髪。
シンプルな黒のワンピースに美しい姿勢。
長く艶のあるストレートの黒髪と黒のワンピースが彼女の肌の白さをより引き立てていた。
透明感のある女性。
透明感とはなんだろうと常々思っていたが、こういうことかと合点がいった。

女「それもオールドファッションドですか?」

不自然に見惚れてしまっていたのだろう、
僕の視線に気付いた彼女は話しかけてきた。

男「はい。このバーのオールドファッションドがとても好きで」

彼女はニコッと微笑んで、

女「私もです」

と言った。

女「いろんなバーで飲んでみたんですが、ここのが一番でした。なんだかお店によって味が違うのかなって?」
男「オールドファッションドは特にその店ごとのアイデンティティーが表現されるカクテルみたいですね。バリエーションがすごく広いカクテルなんですよ」
女「そうなのかあ。レシピや作り方がバーによって違うってことですか?」
男「ええ、グラスに角砂糖を入れてオレンジビターズを2振り、アンゴスチュラビターズを3振り、炭酸水を少し入れて角砂糖を溶かし氷を入れたら、そこへバーボンウイスキーを注ぐ。最後にオレンジピールで香り付けをする。これが基本のオールドファッションドです。それにその店独自のアレンジを加えたりするんです」
女「ほんとに詳しいですね」
男「実は、昔この店で働いていたんです。マスターにはすごくお世話になって」

無口なマスターは聞こえていないかのように彼女の前に、
いまできたばかりのオールドファッションドを差し出した。

女「ありがとうございます。このオールドファッションドはどんなアレンジがされているんだろう」
男「それは企業秘密ですよ、ねマスター」

マスターは黙ったまま肩を上げて微笑んだ。

女「とっても美味しい。あなたもオールドファッションドを作っていたの?」
男「ええ、でもマスターの作るものと同じレシピで同じ作り方をしているはずなのに、どうにもマスターの作るオールドファッションドの方が美味しいんです」
女「えーそれは不思議」
男「ほんとに不思議です。たまに自分の家でも作るんですが、絶対にここで飲むマスターのオールドファッションドの方が美味しい。不思議でしょうがないです」
女「なんでなんですか、マスター?」

マスターは彼女の質問に「さあね」という顔をして肩を上げて微笑んだ。
僕と彼女は顔を見合わせて声を出して笑った。

それから僕と彼女が付き合うようになるまで、
さほど時間は掛からなかった。
デートの終わりはいつもあのバーへ行ってオールドファッションドを飲んだ。

その日もバーへ行く?と聞くと彼女はこう言った。

女「あなたの作ったオールドファッションドが飲みたい」

彼女は僕の部屋のソファーに行儀よく座って待っていた。
僕はキッチンの戸棚からオールドファッショングラスを取り出して角砂糖を入れた。
マスターに教えてもらった同じレシピで手際よくカクテルを作った。
彼女はその様子を姿勢よく見ていた。

男「どうぞ、僕のオールドファッションドです」

完成したオールドファッションドを彼女の前に差し出した。
彼女は一礼して一口飲んだ。

女「とっても美味しい。私はこのオールドファッションドが一番好き」

自分の分も作って飲んでみたが、
やはりマスターの作るものには及ばないと思った。
けれど今夜は自分の作ったオールドファッションドに酔いしれることにした。

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?