ラジオドラマ原稿『未知数な恋愛』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2023年5月16日オンエア分)

バーのカウンター。

女「彼、奥さんも子供いたんです」

つい数十分ほど前に初めて出会った彼女は、私にこう言った。

女「ほんとバカみたいで。なんで騙されたんだろう。なんで好きになったんだろうって」

そう言いながら彼女はカクテルを飲んだ。
彼女の飲んでいるカクテルはXYZだった。
「これでおしまい」
彼女は自分にそう言い聞かせているようにXYZを飲んだ。

女「彼、私の顔とかスタイルとかはもちろん、ネイルを変えたら気付いてくれるし、服装も好きだって言ってくれて、笑い声や寝顔だって、私の全てを褒めてくれるんです」

彼女は自嘲気味に笑いながらそう言った。

女「それが彼の常套手段だったって、気付くのが少し遅かったんです」

男が好きな女性に対して行う当たり前の行為が、
つまらないことに利用されるのは、
男としては心苦しかった。

女「奥さんから私にLINEがきて、彼の妻です。あなただけじゃないですよって」

彼女の言葉は止まらなかった。

女「私、彼に奥さんや子供がいるって分かったとき、奥さんに勝てるって思ったんです。自信あったんです。彼の謝罪と、離婚するんだって話を聞いてたんで。でも私だけじゃないんだって。当たり前ですよね。クソ男なのに、それにも気付かなかった。奥さんに勝てるとか、私クソだなって」

彼女はXYZをたった三口で飲み干した。

女「子供なんです私。だから大人になりたくて、しっかりした大人の女になりたくて、初めてバーにきました」

私は思い出した。
若い女性が一人で入ってくるような店ではないこのバーにいる彼女に、なぜこのバーに?と質問をしたのだった。

女「どうやったら大人になれるんですか?」

今度は彼女が質問してきた。
そしてそれはとても難しい質問だった。

男「子供と大人の区別は、どこにあるんでしょうね」

彼女は私の答えを待っていた。

男「子供は生まれたそのときから小さな大人で、大人は一生、大きな子供なんじゃないですか」

答えになってないようなことを、私は彼女に言った。

女「じゃあ、私はずーっと大きな子供ですね」
男「つらいことも楽しいことも、新しい出会いもまだまだ待っていることは間違いないです」

そして私は続けた。

男「あなたが飲んでいるXYZというカクテル。アルファベットの最後だから「これでおしまい」、これで終わりにしようってカクテルと言われてるんですが、別の意味もあるんです。XYZは数学の世界では未知数を表すもの。つまりXYZを飲むというのは、何かわからない未知数なものを口にしているということです。それってとても大人なことだと思いませんか」

彼女は苦笑いしながらこう言った。

女「こんなにおいしいカクテルなのに、皮肉ね」

そして私は彼女に一杯ご馳走すると提案した。

女「カクテルを一杯奢って頂くなんて、あなたはとても大人ですね」

そう言って彼女は笑った。

おしまい

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