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生土礼賛 (うぶすならいさん)展

「生土礼賛」展@上海明珠美術館(2023年12月16日〜2024年3月17日)のシナリオと展示構成を担当しました。どこにも出ることのない日本語テキストを救出するかたちでここに誌上展覧会を行います。

展覧会冒頭に掲げた私の挨拶文はこちらです:

版築でできた家は防音に優れとても静かで、温湿度も調整するため空調が不要——。私は初めてその話を聞いた時、版築と土に魅せられました。自然の恵みとともに暮らす意義を改めて思います。

この展覧会を組み上げるにあたり、「土」を語り部に、この星・地球ができる前から存在し、長い時を経て今も私たちの身辺にある者としての土の物語を描き出しました。そこには、私たちを育て、保護する土の偉大な力を見出すことができます。

さらに、人類が利用する対象としてだけではない、さまざまな在りようを見せる土の姿も浮かんできます。私たちは今回5人の現代美術家をお招きし、土をめぐる想像を最大限に拡張します。

このように、本展は建築、科学、芸術を横断する、超越した視野をもつものです。

文明が発展し、全世界的な気候変動に直面する現代、持続可能性について多くの人が意識し始めています。土の物語を読み、長い時間を旅する中で、いま与えられている自然の豊かさを知り、これからを共に考えてみていただければ幸いです。

金澤韻(コダマシーン)



第1章 土の誕生

わたしは土。

展覧会冒頭(Courtesy of Code-a-Machine)

わたしは土。太古の昔からこの星にある。実を言うと、この星が生まれるまえからわたしは存在していたんだ。わたしは宇宙に漂う、たくさんのいろんな物質だった。それがぶつかりあって、くっつきあって、星になったんだ。物質たちは溶けて、冷えて、固まって、砕けて、流れて、混ざり合い、積み重なり、大地が生まれた。わたしは命をはぐくむ大きな土台となった。そして命は、最後にまたわたしの中へと還ってくるのだ。

目のイラストはイラストレーター・宇山紡さん(Courtesy of Code-a-Machine)

星に住まう者たちと紡いできた、わたしの物語をご覧にいれよう。

第1展示室の様子(Courtesy of Pearl Art Museum)

わたしを構成する物質は、何百、何千、何万もの種類があり、それぞれが混ざり合っているので、あちこちで顔が違う。真っ白で滑らかな部分もあれば、黄色くてパサパサしている部分もあるし、黒く、ボロボロした感じの部分もある。水の底にあって酸素(CO2)が足りなかった場所では、青い顔。よい作物ができる農地には、微生物たちがいっぱいいて、湿った濃い茶色。火山が噴火した場所では、火山灰の灰色が、何百年もかけて黒くなっていく。気温の高い熱帯では、地中の鉄(Fe)が酸化するせいで、黄色か赤い色をしている。

中国各地の土。北京建築大学穆鈞教授の研究より(Courtesy of Code-a-Machine)

わたしは土。きみが立つその場所の、長い長―い履歴書だ。

百色のパレットを構成する中国各地の土。北京建築大学穆鈞教授の研究より
(Courtesy of Code-a-Machine)

きみたち人間の祖先は、わたしのさまざまな色を採集し、動物の骨からとった接着剤を混ぜて、大きな絵を描いた。記録するために。祈るために。死を悲しみ、生をよろこぶために。絵画は時を超えてさまざまな出来事を伝えゆく。それはわたしの体ときみたちの心が生み出した力なのだ。

スギサキハルナさんは3週間にわたる滞在制作を実行。7点の大型絵画は、すべて土を中心とした天然顔料で描かれている。(Courtesy of Code-a-Machine)
スギサキハルナ《古代より紡ぐ者》(2023、部分)(Courtesy of Code-a-Machine)
スギサキハルナ《古代より紡ぐ者》(2023、部分)(Courtesy of Code-a-Machine)

第2章 土の性質

わたしのことを「なんだ、土か。それならもう知っている」と、きみは言う。でも本当に知っているのか? わたしは時に、ハンマーで叩いても壊れないほど硬く、また時には、ぐにゃぐにゃしてやわらかい。手では持てないほど重い時もあれば、風でどこまでも飛んでいくほど軽い時もある。
わたしは宇宙の一部であり、命を生み出す者。わたしを知る者は、わたしから、生きるためのより多くの知恵を得るだろう。

第2章冒頭(Courtesy of Code-a-Machine)
土の水分と粘性の標本(Courtesy of Code-a-Machine)
フランスの研究者により製作された、土の性質を科学的に検証した映像
(Courtesy of Code-a-Machine)
土の粒子の標本(Courtesy of Code-a-Machine)

第3章 土に住まう

きみたちの祖先は、わたしを加工して家を作った。枠をつくり、そこに土を押し込んで固める。それを壁にする。そうやって作られた家には驚くべき調湿効果があり、夏は涼しく、冬は温かかった。外の騒音も低減され、とても静かに過ごせた。夜はみんなぐっすり眠ることができた。わたしとともに生きる選択をした者たちは賢かった。土に住まうとは、つまり、星に守られて暮らすということだからだ。

穆鈞教授の専門、版築(土の壁)についてのセクション(Courtesy of Code-a-Machine)
建築旅人・鈴木晋作による作品。奥の構造物はKUMOとの協働(Courtesy of Code-a-Machine)
鈴木晋作による作品(Courtesy of Code-a-Machine)
鈴木晋作、KUMOによる作品(Courtesy of Code-a-Machine)
手前は北京建築大学穆鈞研究室制作の版築(Courtesy of Code-a-Machine)
北京建築大学穆鈞教授の仕事や研究から世界各地の版築を見せる映像を展示。
(Courtesy of Code-a-Machine)
北京建築大学穆鈞研究室制作(Courtesy of Code-a-Machine)
北京建築大学穆鈞研究室制作(Courtesy of Code-a-Machine)
北京建築大学穆鈞研究室制作(Courtesy of Code-a-Machine)

第4章 土と芸術

わたしは、大地であると同時に、きみたちを守る家であり、また有益な材料にもなった。陶磁もガラスも、わたしの一部から作られていることを、きっときみたちは知っているだろう。
命と命のない者の間を媒介し、宇宙と人間を媒介する者、土。長い時の流れの中にあり、ずっと遠い未来を見る者、土。その姿をもっとも明らかにするのが芸術家たちだ。彼らが見せてくれる土のヴィジョンに浸ってほしい。


第4章冒頭(Courtesy of Code-a-Machine)
Shao Lei による陶芸作品(Courtesy of Code-a-Machine)
Shao Lei による陶芸作品(Courtesy of Code-a-Machine)

「土、あるいは枯葉でできた集合住宅のようなこの作品は、芸術家邵磊によって生み出された、陶による芸術作品です。
土の中には、細かい粒子が水分を含んだもの:粘土があります。粘土は手で簡単に形をつくることができ、高温で焼くと粘土中の長石(ガラス成分)が溶け、冷えると固まる性質を持っています。この性質を利用して、粘土は古来、レンガや陶磁器の材料として使われてきました。邵磊は土に手で触れて成形するというその素材との対話の中で、自然と人間の関係についての哲学的な探究をしています。彼の作品は、土に内在する柔らかさと硬さ、脆さと強さといった相反する側面を露わにしますが、それは私たちを含めたすべての存在についても当てはまるものです。また短い期間で建設と破壊を繰り返す人間社会に対し、邵磊の創造は自然の力による癒しを伝えています。」

邵磊(Shao Lei)
1990年生まれ。江西省景徳鎮を拠点に活動し、2013年に景徳鎮陶瓷学院彫刻科を卒業。 主な個展に「流動的缺口」WS GALLERY(上海、2023年)、「柔軟的対弈」Yudina Art Space(上海、2022年)、「My heart is not a stone, it cannot roll around」Pause Art Space(上海、2021年)、その他、上海西海岸アート・デザインフェアでのYUAN MUSEM Art Exhibition(2020年)、北京でのYUAN MUSEM Collection Exhibition(2020年)、広州第1回 Design Spring Exhibition(2020年)、上海HOW美術館でのパフォーマンスアート展「Noise」(2018年)に参加。

Shao Leiの作品解説と略歴
Shao Lei による陶芸作品(Courtesy of Code-a-Machine)
Xie Wendiによる陶とガラスの造形作品 Courtesy of Code-a-Machine
Courtesy of Code-a-Machine

「謝文蒂はガラスで表現する芸術家です。ガラスは、石や砂から取り出される石英や石灰石といった鉱物が主原料で、ここにソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)を混ぜ合わせ、高温で溶かして成形します。ガラスもまた古くから人類に使われてきたものです。
この作品の主要部分はガラスと陶でできています。動物の角のような、また刺のある植物のような、あるいは手や指のような造形が、上下につなぎ合わされていて、まるで地中と地上の様子を表しているかのようです。特にガラスの部分は鏡によって幾重にもイメージが増幅されています。私たちの世界の目に見えるものと見えないもの、存在の強さと儚さが、この彫刻作品の内に見事に表現されています。」

謝文蒂(Xie Wendi)
1989年生まれ。深センと東莞を拠点に活動。2012年、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。2010年中国美術学院卒業。主な個展に、“力廠”、芸湾(深セン、2023)、“漏気”、観瀾湖藝工場(深セン、2017)、“另一个我”(別の私)、華人当代芸術中心(first step展位、マンチェスター、2013)。また近年、上海玻璃博物館、中山華僑城格子空間、深セン大得画廊、第六回深セン公共彫刻展などで展示。またパブリックアート作品は深セン地下鉄空港駅、前湾公園駅、香港中文大学(深セン)、日照白鷺湾美術館小鎮に設置されている。

Xie Wendiの作品解説と略歴
Courtesy of Code-a-Machine
Courtesy of Code-a-Machine
So Wing Poによる漢方薬の素材を用いたインスタレーション Courtesy of Code-a-Machine

「蘇詠宝は中医の叡智に基づいた作品を作る芸術家です。漢方医の家に生まれた彼女は、子供の頃から漢方薬の素材や匂いに囲まれて育ちました。大地から養分を得て生育する植物が原材料の漢方薬は、天体と人間の体を媒介する物として象徴的な存在と言えます。ここでは、姜黄や生姜、当帰といった、漢方薬の材料であるさまざまな根が空間のそこかしこに現れています。この中をゆっくりと歩きながら、土と、そこから生み出された物たちの気配や匂いを吸い込んでみてください。この空間全体を使った作品の中で、すべてのものは土から生み出され、またいつか土に還っていく、その循環の只中にある私たち自身を感じてください。」

蘇詠宝(So Wing Po)
1985年生まれ、上海を拠点に活動。2007年ワシントン大学セントルイス校で芸術学士号取得、2012年香港中文大学芸術文学修士号取得。2023年は第14回上海ビエンナーレ(上海、2023)、《Hyundai Blue Prize Art+Tech 2023: 劇変生態》(北京、2023)に参加。また香港大館当代美術館、X美術館、カトマンズ・トリエンナーレ、UCCA北京、Para Siteなどでも作品を発表してきた。2018年にアーティストブック『微物万状』を出版。

So Wing Poの作品解説と略歴
Courtesy of Code-a-Machine
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Courtesy of Code-a-Machine
Katja Schenker のパフォーマンス作品より、セメントのドレスとパフォーマンスのビデオ
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「土は絵具になり、家になり、陶器になり、ガラスにもなります。土にはいくつもの使い道があることがわかっており、そしてもっと他のものにもなっていく可能性があります。
カッチャ・シェンカーは、しばしば土や鉱物などの自然素材を使って表現する芸術家です。この作品は、セメントを使ってドレスを作り、それをシェンカー自身が着てパフォーマンスをするというものです。セメントは石灰石や粘土を粉末にしたもので、モルタルやコンクリートの材料になるものです。さて、この服を来た彼女は快適そうでしょうか? 動きやすそうでしょうか? ここでシェンカーは、着られる服を作ることを目的としているのではなく、鉱物との対話、自然との対話を通して、私たちの身体と、それをとりまく環境について考察しているのです。」

Katja Schenker
1968年生まれ、チューリッヒを拠点に活動。 チューリッヒ大学と社会高等科学学校で比較文学、美術史、哲学を学ぶ。Swiss Art Awardを三度にわたって受賞。またSwiss Performance Art Award、2021 年サンクトガレン文化財団Recognition Prizeを受賞。チューリッヒ美術館(2022)、Les Tanneries、Centre d'art contemporain(2022)、バーゼル美術館(2019)、ウージェン国際現代芸術展(2019)、コチ・ムジリス・ビエンナーレ(2015)等に出展。

カッチャ・シェンカーの作品解説と略歴
Courtesy of Code-a-Machine

第5章 もっと土に触れよう!

わたしは、土。きみが望むなら、わたしはもっと異なるものにもなれる。楽器にだってなれる。街にだってなれる。今しばし、わたしと楽しく時を過ごしてくれ。そして明日になっても、明後日になっても、わたしがいつもそこにいることを、覚えておいてくれ。

Courtesy of Code-a-Machine
本展プロデューサー/展示デザインを担当した建築家・飯島剛宗監修による土の楽器
Courtesy of Code-a-Machine
Courtesy of Code-a-Machine
本展プロデューサー/展示デザインを担当した建築家・飯島剛宗監修によるワークショップスペース。土のブロックでシティスケープを作るアクティビティ。Courtesy of Code-a-Machine
Courtesy of Pearl Art Museum





Curators: 李丹丹 Li Dandan、穆鈞 Mu Jun、飯島剛宗 Iijima Yoshitoki、Code-a-Machine (金澤 韻 Kanazawa Kodama、増井辰一郎 Masui Shinichiro) / Exhibition Design: KUMO / Exhibition Coordinator: 孫露 Kathy Sun (明珠美術館 PAM) / Graphic Design: 宮本徹 Miyamoto Toru, 高野直 Takano Nao, 志賀康弘 Shiga Yasuhiro / Translation: 林葉 Lin Ye, 袁璟 Yuan Jing / Illustration: 宇山紡 Uyama Tsumugi

*明珠美術館WeChatでの広報


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