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『ありがとう!ママはもう大丈夫だよ~泣いて、泣いて、笑って笑った873日~』全文公開② 命を救う、唯一の手段は

2015年12月26日、武藤家の次男、優司誕生。2か月経ったころ、母子手帳に記載された『乳児のうんち』の便色シートで分かった息子の体調異常——自宅近くの小児クリニックのなじみの先生に大慌てで飛び込みました(『ありがとう!ママはもう大丈夫だよ~泣いて、泣いて、笑って笑った873日~』全文公開① 2015年12月26日、武藤家の次男、優司誕生。より)。

直感的に、ただごとじゃないことが起きているような気がしました。見たことのないうんちの色と母子手帳の注意書きで、子育て2度目の余裕は吹き飛び、着のみ着のまま2月の寒い朝、大あわてで自宅近くのこどもクリニックに飛び込みました。

「ここでは何もはっきりしたことがお伝えできません。紹介状を書きますから、今すぐ指定する病院へ行ってください」
なじみの先生がいつもとは違う真剣な表情で、オロオロする私に告げました。母子手帳に書かれた『重大な病気の可能性』という一文が、グルグルと私の全身をかけめぐります。

小説やドラマのような展開に頭がついていかないまま、とにかく早く「何でもなかった」というひと言が欲しくて、言われたとおりにその病院へ向かうしかありませんでした。不安を振り払うように優司を抱きしめると、身体がいつの間にかとても熱いのに気が付き、体温を測ると39度もあります。

「優ちゃん、つらいよね、ごめんね。もうすぐ病院に着くからがんばろうね」と声をかけましたが、グッタリした顔を見ていると、「2カ月の間に何か私が悪いことをしてしまったのではないか!」「優司が出していた大切なサインを見逃していたのではないか!」とますます不安はつのりました。

バレンタイン前日の2月13日。土曜日だったため自宅から15分ほどにある国立成育医療研究センターの救急受付から、初めて病院を受診しました。そこに足を踏み入れた時、病院全体がこどものためだけに作られた成育の、ちょっと変わった、でも優しい雰囲気に圧倒されました。壁や天井には病院とは思えないような可愛い絵がいたるところに描かれていましたし、先生も看護師さんも少しでも私の不安をやわらげるように丁寧に接してくれます。

病院の居心地は悪くありませんでしたが、診てもらえればすぐに帰れると思っていたので、「検査のためには入院が数日必要です」と言われて、がっかりしてしまいました。優司の熱の原因は軽い脱水だったようで、点滴をしてもらうと熱は下がりましたが、白いウンチの原因はすぐにわかるようなものではなさそうでした。病院の居心地は悪くありませんでしたけれど、診てもらえればすぐに帰れると思っていたので、「検査のためには入院が必要です」と言われてしまい、思わぬ展開にがっかり。もうバレンタインどころではありません。

病棟は24時間看護なので付きっきりでなくてもよかったのですが、生後2カ月の優司を置いて家にひとりで帰るのが、とても寂しかったです。

「優司と一緒に、早く家に帰りたい」と、いつも看護師さんに言っていたように思います。

しかし、数日と言われていた検査入院は一週間二週間と延びていき、家に帰れる気配はなく、原因もまったくわかりません。。

「肝臓に疾患があるのではないか」とのことで、優司の肝臓の一部を切り取って調べる肝生検を行ないました。「親の遺伝子の組み合わせによるなんらかのエラーなのではないか」と遠方の大学病院に遺伝子検査を依頼し、他にもありとあらゆる検査をしたのにもかかわらず、うんちが白い原因や病名などは不明なまま。そして、やっとはっきりとしたことがわかったのは3月も半ばになった頃、私たちにそれは伝えられました。

『生まれてからたった3カ月の間に、優司の肝臓はほとんどその機能を失ってしまい、体全体が危機的状況にあること。命を救う唯一の手段は「肝臓移植」のみである』―ということでした。

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