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マリーはノーベル賞のためにピエールと結婚したか?

私にはアーネ(2011年生)とジージョ(2015年生)の二人の娘がいます。
アーネは最近歴史漫画を借りるようになりました。漫画を借りてきて一通り読みおわると、「パパ、れきしクイズしようよ」と、仕入れたばかりの情報から出題します。

クイズは「クレオパトラは何人目の子どもだったでしょうか?」とか、「ジャンヌダルクにはお兄さんが三人いましたね?ではジャンヌダルクが死んだとき、引き取りにきたのは何人目のお兄さんだったでしょうか?」といった、“それを出題するの?”という私があまり注意しないたぐいの情報が中心で、いつもクイズ対決では負けてばかりです。

そうしたクイズ対決をしているうちに、私もアーネが借りてくる人物のことをもう少し詳しく知りたいと思うようになりました。そうして借りてみたのがこちらの書籍です。

キュリー夫人こと、マリー・キュリーのことは、女性初の、それも二度もノーベル賞受賞者であること。ラジウムの発見者であること。空腹や寒さに耐えて屋根裏部屋で勉強していたこと。夫ピエール・キュリーが馬車にひかれて死んだことといった事実情報は知ってはいましたが、それ以外のことはほとんど知りません。

私はプロジェクトを進めることを生業としているのですが、一人のプロジェクトマネージャーとしてマリーの人生を俯瞰してみると、実に多くの発見がありました。

彼女が経済的に困窮した状況から、姉とともに大学に進学するために取った行動。彼女が培ってきた素養や獲得してきた知識、周りの人脈がいかにポロニウム発見の助けとなったか。研究のプロセスでくだした意思決定など、プロジェクトマネージャーが知れば目から鱗の教訓がたくさんあります。
そこで、後藤洋平さんと開発したプロジェクトの状況や構造を可視化するフレームワーク「プ譜」を用いて、マリーの人生におけるいくつかの重要なプロジェクトを可視化してみることにしました。

選んだプロジェクトは年代順に下記の3つです。
①姉ブロスニワバとともに、フランスの大学に進学するプロジェクト
②博士論文執筆のための研究プロジェクト
③ウランよりも強い放射能を出す新元素の発見プロジェクト

それぞれのプロジェクトをプ譜にしたものが下図です。

①姉ブロスニワバとともに、フランスの大学に進学するプロジェクト

②博士論文執筆のための研究プロジェクト

③ウランよりも強い放射能を出す新元素の発見プロジェクト

このプ譜を書いている途中、アーネに「マリー・キュリーのプ譜を書いとるんや」と言うと、

「じゃあ、マリーの目標はなんだったんだろう?ってことから考えるんだね」

といったようなことを口にしました。

プロジェクトには目標があります。所与の条件や置かれた環境からスタートし、その目標を実現するというゴールを目指しますが、目標までの間にある未知性、複雑性によってプロジェクトは思うように進みません。

後世の人間が偉人たちのプロジェクトを書物という情報が整理された形式で読むと、「このときの経験が、後々の偉業にこういう形で役立ったのだな」とか。「周辺にいた、ある知識を有する人物との交流が、研究に重要な視点をもたらしたのだな」といったような具合に、そのプロジェクトの目標達成に何が必要で、どんな意思決定が重要だったかということがとてもよくわかります。それは試合終了後のサッカーを、録画で、解説者つきで俯瞰して見ているようなものです。ただ、情報がまとまりすぎていると、すべてはその人が果たした偉業の実現から逆算して行ったことのように思える誤った解釈をしてしまいそうになります。

アーネの「マリーの目標はなんだったんだろう?」という言葉は、マリーのプ譜を記述するうえで大事なことを教えてくれます。

伝記を読むと、マリーのポロニウム発見には、夫ピエールの当時としては最先端の電位計が必要だったことがわかります。そして、正確な放射線の測定には、電位計のさらなる改良が必要で、これもピエールなしには成り立ちません。またピエールの電位計は当時の科学者をもってして「悪魔が創ったもの」と称されるほど扱いの難しいものでしたが、マリーは驚異的な集中力と器用さでその操作を習得します。これはマリーの特性もさることながら、これもピエールの支えあってこそです。

こうした事実を後世の人間が知ると、マリーの偉業達成にはピエールの電位計やその使いこなしが不可欠だったことがわかるわけですが、では、「マリーはノーベル賞獲得のためにピエールと結婚した」でしょうか?

マリーは、姉ブロスニワバが大学に通うための費用を稼ぐため、住み込みの家庭教師をしていた頃、早朝深夜に数学や物理を独学していたことがあります。伝記の作者はこのときの体験が、「既存の意見に縛られず、自分なりの結論を導き出す習慣」を育んだと書いていますが、では、「マリーは“既存の意見に縛られず、自分なりの結論を導き出す”ために、住み込みの家庭教師をした」でしょうか?

当然ながら答えはNOです。

私たちが納得しやすい、「最終ゴールから必要なものごとを逆算して行動する」というプロセスを、マリーはほとんどのケースで踏んでいません。個々のプロジェクトの目標を果たそうと努力した結果、意図せずして培った素養が。集めた尊敬が人脈につながり、その後の研究に重要な役割を果たしたのです。

私たちは夢からの逆算という形で、その実現のために必要と思われるものごとをリストアップし、スケジュールを立て、行動しなければならないと思っています。それは成功したスポーツ選手や経営者・起業家の例をみれば、それがいかに大事で有効かということは自明であります。しかし、誰もがそうした人生を歩めるわけではなく、また未知で不確実な社会になればなるほど、当初の予想通りには進みません。マリーのプ譜が教えてくれるのは、そのときどきのプロジェクトを一生懸命に行うことが、その後のプロジェクトを進める糧になるということです。(これはスティーブ・ジョブズのコネクティングドットのエピソードと同じ意味です)

近い将来、アーネはもちろん、ジージョにもこのことを伝えたいと思いながら、私は今日も歴史クイズを考えます。


未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。