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【デビルハンター】ジュディ婆さんの事件簿 #28(エピローグ)

前回(#27(第7話:4/4)
目次

……………
■#28

閉店後のドアが開く音に、ソフィアがぱっと振り向いた。

「―――― あら、いらっしゃい。久しぶりね」

「すみません。こんな時間に…… いいですか?」
顔をのぞかせたエリザベスが遠慮がちに尋ねる。

「もちろん。さ、入って。コーヒー淹れるわね」
ソフィアは微笑み、オープンキッチンの奥に姿を消した。

アパラチアの戦いから2ヶ月。
エリザベスとソフィアは何事もない毎日を送っていた。

エリザベスはマフラーを外し、レザージャケットを着たまま二人掛けテーブルの椅子を引いて腰をおろす。

店の外、16番ストリートからわずかに聞こえる賑やかな音。
漂うコーヒーの香り。
そして取り戻したはずの日常がまだ表面上のものであることを示す、無言の時間。
あの時こうしていれば。ああしていれば。何かが変わっていたかもしれない。結局何も変わらなかったのかもしれない。寄せては返す後悔と自責の波に溺れそうになりながらも、二人はそれぞれの気持ちに折り合いをつけようと必死に足掻いていた。


「さ、どうぞ」
「ありがとうございます………… 紛らわしくてすみません。ジュディさんだと… 思わせちゃいましたか」
マグカップを受け取ったエリザベスは目を伏せ、小さな声で呟く。

「え? ……ええ。まあ、ね。ちょっとだけ」
ソフィアは椅子を引きながら一瞬目を丸くし、優しい声で素直に答えた。

ジュディに託された ”光” を頼りに洞窟を駆けたエリザベスは、外の戦闘を終えて内部に向かっていた二人と鉢合わせた。石の呪縛から解放された熊たちは森に帰り、フォルカーの敗北を察した山高帽の男も姿を消した後だった。
エリザベスの表情と断片的な言葉から状況を理解した二人は踵を返し、三人揃って遺跡の外でジュディを待った。悪態をつきながら平然とした顔で洞窟から出てくる彼女を。
しかし崩落が完全におさまっても、三人の頭と肩に雪が積もっても…… ジュディが姿を現すことはなかった。
危険を承知で中の様子を探ってみたものの、戦いの舞台になった空間のかなり手前で穴道は塞がっており、捜索は断念せざるをえなかった。
帰り道。三人はキーが挿さったまま停められていたジュディの車の助手席、彼女が好んで吸っていた煙草のカートンに挟まれていた一通の手紙を見つけた。
それぞれの名前は伏せられていたが、ゴードン、ソフィア、イタル、孤児院のリディアとルーシー…… そしてエリザベス。本人達が読めばそれとわかる内容が、ジュディらしい簡潔な文章で記されていた。
一番多くの文字を使っていたのは、エリザベスに宛てたメッセージだった。
万が一の場合、ジュディの自宅と車は好きに使っていい、ということ。責任を持って最後まで鍛えてやれなかったことへの不器用な謝罪。そして、ある一冊の本をエリザベスに託す、ということ。

「で…… ジュディさんのお家、行ってみたの?」
ソフィアの問いかけで我に返ったエリザベスは、マグカップにつけていた口を離し、静かに頷いた。
手紙の内容に従ったら、ジュディがもう居ないという事実を受け入れることになってしまう。子供じみたささやかな抵抗だと自分でも分かってはいるものの、その一心でエリザベスはジュディの家に近寄っていなかった。
「行きました。やっと気持ちの整理も少しできて…… 人が使ってあげないと家も傷むって言うじゃないですか。迷信かもですけど。……これ言い訳ですかね」
へへ…、とエリザベスが少し笑った。
「そんなことないわよ」
ソフィアは本心からそう言って、一緒に微笑んだ。

「本が…… あったんです。本って言っていいのかな。綺麗に整頓されたデスクの上に、すごく分厚い本が」


ジュデイの家には、”これ” とわかるように一冊の本が置かれていた。長い歴史が染み付いたような革装丁。何も書かれていない外装。そっとページをめくると、そこにはジュディの人生が詰まっていた。デビルハンターの宿命を背負った一人の女性の人生。ハンターに関すること、悪魔に関すること、道具に関すること、関わった事件の数々、そしてヴィクターやゴードン、ソフィア、イタル、エリザベスのこと。彼女が身をもって知った様々な事柄が、几帳面な文字でビッシリと、時には挿絵も交えながら事細かに書き記されていた。その後半には、エリザベスがチームに加入してからの戦いも漏れなく記録されていたが、フォルカーについて書き掛けたところで筆は止まっていた。膨大な記録は2000、3000ページもありそうな本の3分の2ほどを占めており、残りは白紙が続いていた。


「ジュディさん、絵が上手かったなんて知りませんでしたよ」
「意外ね。それにマメなのもちょっと意外」
目を合わせた二人が同時に小さく笑う。

エリザベスはすぐにまた目を伏せ、少し悲しげな表情で独り言のように呟いた。
「……私たち、ジュディさんのこと知っているようで、ほとんど何も知らなかったんですよね。本を見て痛感しました。私なんか5歳の時に救われてからお世話になりっぱなしだったっていうのに」

「自分からあれこれ語るような人じゃなかったし、ね。でも…… エリザベス。その本を託してくれたってことは、認めてくれているんじゃない?」
ソフィアはそっと、エリザベスの手に触れた。

「ですかね……。だといいんですけど……。まずはしっかり、向き合いたいと思います。いろいろなことに。本も…… ジュディさんとも。そっちは凄いボリュームだから少しずつ、ですけど」

「ええ。そうね」

少しぬるくなったコーヒーを飲む。
しばしの無言。

「それと、私…… FBIを目指そうと思うんです。ゴードンと同じ、特別捜査官」

「そう…… いいじゃない。きっと二人も喜ぶわ。エリザベスならきっとなれる。ひねくれ者のヴィクターだけは ”FBIだと? リズちゃんいかん! ” とかブツブツ言いそうだけど」
ソフィアは三人の顔を思い浮かべるように視線を宙に向ける。

「まずはしっかり大学を卒業して、その後もトライアルの資格を得るために色々やらなきゃいけないんですけどね。入局できたとしても捜査官になるには……そう考えるとゴードンって優秀だったんだなあ、って」

「昔はただの悪ガキだったのよ。いーっつも怒られて。でも、いろいろあって……。俺はFBIになるんだ、って猛勉強。まさか本当になるとは思わなかったわよ。あのゴードンが? って。その後はチームを結成して…… ジュディさんを引き入れるのは相当苦労したみたい」

「そうなんですね。ゴードンとも…… そういう話し、したかったな」

「今度ゆっくり教えてあげる。恥ずかしい話もたくさんあるのよ」
フフフ、と意地悪な笑顔を見せたソフィアにつられ、遠い目をしていたエリザベスも声をだして笑った。

「……イタルは元気にやってるかな」
「アコさんもゴスケさんもいることだし、心配要らないわよ」
「せっかくスマホ持たせたのに何の連絡も寄越してこないんだもん」
「便りが無いのは良い便り、ってね」
「だといいですけど……」
アパラチアの結末を知らされたアコとゴスケの誘いもあって、イタルはふたたび日本に旅立って行った。コロラドに負けず劣らず、日本にもいろいろと問題が多いらしい。

「あ、そろそろ行きますね」
賑やかだった店の外がいつの間にか静まり返り、壁に掛けられた時計が23時を指していた。
「そう。その格好、バイクじゃないでしょ? 車で送ろっか」
深々とマフラーを巻いてドアノブに手を掛けたエリザベスが振り向き、両手をブンブンと振りながらペコリと頭を下げる。
「いえいえ大丈夫です! コーヒーご馳走さまです。お片づけの最中にいきなりお邪魔してすみませんでした」

「……エリザベス。あなたが邪魔な時なんて1秒も無いの。遠慮せずにいつでも来て。それに堅苦しいのは無し。約束よ」

「……はい! ありがとうございます。ではまた!」
マフラー越しにもわかる彼女本来の元気な笑顔に、ソフィアは深く頷いて手を振った。

◇◇◇

―― ウェストバージニア州 アパラチア山脈

「あれ、ふたつある…… ソフィアさんはひとつって言ってたのに」

踏ん切りをつけるため、と遺跡に足を運んだエリザベスは、思わず独り言を口にした。

巨樹の傍ら。小さな積み石。

デンバーに帰った後、その存在に気づいていたソフィアが教えてくれたのは ”ひとつ” で、それはおそらく77年前、ジュディが母親のために作ったものではないかという話だった。

しかし目の前には、ふたつの小さな積み石が寄り添うように並んで雪の帽子をかぶっている。

『私がこんなコトでくたばると思うかい?』

あの時の台詞がふたたび聞こえたような気がした。

エリザベスは目に涙を浮かべながらポケットに手を伸ばし、真新しい方の積み石の前に―― 彼のバッジをそっと置いた。

…………

「さあ、行こうか」
丘陵の上からその様子を見守っていた老婆が馬の首筋をポン、と叩く。
彼女の気持ちを汲み取るようにブルルと鳴いた馬が、深い森の奥に向かってゆっくりと駆け出した。


【デビルハンター】
ジュディ婆さんの事件簿・完

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