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ダンジョンバァバ:第7話(前編)

目次

大戦と厄災

かつて、エルフは皆ハイエルフだった。
正確に言うならば、ハイエルフなどという呼称は無く、皆『エルフ』と呼ばれていた。今を生きるエルフたちが、かつての存在を『ハイエルフ』と呼ぶ。それだけのことである。

魔素の扱いに長け、どの種族よりも高い知性を持っていたハイエルフは、何千年もの間、カナラ=ロー大陸北東部の広大な森を変わり無く治めた。他種族と積極的に交流することはなく、ただ静かに、ただ平和に、森の中で生まれては死んでいった。

――だが、今から100年前、ソナラ王が統治する時代。水面下で勢力を伸ばしてきた魔法至上主義派閥イルークの暴挙により、永遠に続くと思われていた平和な時は突如として終わりを迎えたのである。魔素が持つ無限の可能性に取り憑かれたイルークのハイエルフたちは狂気の集団と化し、派閥の動きを抑えようとしたソナラ王と近衛兵を謀殺した。そしてより強大な魔力を手に入れるべく、禁忌に手を出したのだ。

イルークたちの願いは叶えられ、彼らは賢者たちに勝るとも劣らない魔力を手に入れた。……予想だにしなかった代償と引き換えに。イルークたちの澄んだ瞳は燃えるように赤く染まり、長い耳はさらに伸びて鋭く尖り、血の乾きに苦しむようになった。代償の対象は彼らの血族2親等にまで及んだ。静かに死を待つ老エルフから、生れたばかりの幼エルフまで。イルークと濃い血の繋がりを持つハイエルフたちは、例外無くブラッドエルフとなったのだ。
尊大で強欲な存在となったイルークたちは、大陸全土を手中に収め全種族の頂点に立つことを望んだ。まずは、手近な「元同族」から。イルークとハイエルフによる、魔法大戦の勃発である。

一派閥に過ぎないイルークと、その他全てのハイエルフ。その戦力差はおよそ百倍。……しかし。禁忌を破った者と、そうでない者の個体差は圧倒的であり、数多のハイエルフがイルークによって葬られた。賢者も数名が命を落とした。そうして一時は劣勢に立たされたハイエルフたちだったが、ある出来事によってその風向きは変わった。イルークに属さない、イルークの思想に感化されていないブラッドエルフたちの多くが、肉親の凶行を止めるべくハイエルフ側についたのだ。

戦況が一変し、イルークたちは呪いの言葉を吐きながら次々と斃れていった。そして開戦から数えて14個目の太陽が沈むころ、最後のイルークが死んだ。大戦はハイエルフの勝利で終結した。彼らは一様に安堵したが、犠牲は甚大だった。人口の5分の2を失い、愛した美しい森は焦土と化し、泉は枯れ、多種多様な生物たちはその姿を消したのだ。
これ以上の「最悪」は無いと思われた魔法大戦。しかし―― エルフたちはその僅か数日後に、大戦を上回る厄災と対峙することになる。

◇◇◇

大戦は、その終結の際に、実体を持つ『ふたつの厄災』を生み出した。
誰かが腹を痛めて直接的に生んだわけではない。大戦で生じては消えていった天文学的な量の魔素、無数の死者の怨念、そして生者の憎悪や嘆きが禁忌の波紋と重なり合うことで生み出された超自然的な存在。そう言われているが、それも定かではない。
賢者たちが『天の厄災』と『地の厄災』と名付けたその2体―― 見てくれだけは人間のようなその存在を、ある者は「天罰」と畏れ、ある者は「悪魔」と恐れ、またある者は「イルークの亡霊」と嫌忌した。

天の厄災は、その場に居合わせたエルフたちを葬り、焼亡した森の中心にたった一晩で巨大な塔を出現させた。直径150ヤードほどもある平面的な石柱を何段も積み重ねたような、直円柱の塔。石くれ、鉄鉱、エルフの骨が混然一体となった外壁には、窓と呼べるものがほぼ存在しない。離れた場所から見上げれば塔の頂上は目視でき、階層は数えると21あった。

地の厄災は、エルフの森があった北東部を離れ、まるで旅するかのように大陸を横断したと言う。後手に回るエルフの追跡を嘲笑うかのように、死病と災害を撒き散らしながら遅々とした歩みで南西へと移動した。やがて塔と対角線上に位置する南西の果ての地―― どの王国にも属さぬ朽ちた集落に辿り着いた厄災は、その地下に迷宮を築いた。

ふたつの厄災は、それぞれの根城で忌々しいモンスターを生み出していった。モンスターたちは尋常ならざる早さで自己繁殖、異種交配、変態、進化、退化、召喚、生成を繰り返し、やがて塔と迷宮から溢れだした。
自らの過ちは、自らの力で正すべし。エルフたち―― ハイエルフとブラッドエルフは、いかなる犠牲を強いられようとも他種族に助けを求めぬことを各々の胸に誓った。

塔と迷宮の前に陣を敷いたエルフたちは、再編した戦力の全てで以って突入を繰り返した。しかし広大な敷地に対してその内部通路はあまりにも狭く、複雑に入り組み、罠や奇襲も多く…… 多勢による縦列行軍は命を浪費するばかりであった。
そこでエルフたちは、塔および迷宮内部にて最大限戦力を発揮できる編成について検討を重ね、前衛3名、後衛3名、計6名で事に当たると結論付けた。たったの6名だが、力ある者が心置きなくその全てを発揮し、互いをカバーし合うには、7名以上だと誰かが誰かの妨げになり、5名以下だと攻守のバランスに欠けた。力を測り切れぬ厄災に6名で挑む是非については誰も答えを持たず、最深部への到達が優先された。

意見がまとまると、さっそくハイエルフ、ブラッドエルフの中から特に優れた者たちが選りすぐられた。存命の賢者6名に加え、武芸に秀でた戦士を4名。鋭敏な感覚の持ち主を2名。総勢12名の決死隊は二手に分かれ、その命を賭して厄災を討ち破らんと魔屈に足を踏み入れた。
だが―― 12名だけで全てを成せるものではない。
必要な役目は他にふたつ。
ひとつ。引き続き、塔と迷宮から地上に這い出る化物どもを食い止める。そうしなければ大陸全土に混乱と死が広がってしまう。
ふたつ。塔は外から観察する限り21層あり、迷宮はそれと同じかそれ以上の深さがあると推測されていた。道中は長く険しく、奥に進むにつれモンスターも強大凶悪になってゆく。12名がいくら荷物を持ち込んだとて、目的地まで無補給で進むことは不可能だった。幾度も往復している余力も無い。よって、彼らが切り開いたルートを複数のグループで守備し、その身を挺して物資を中継する必要があった。

そして突入から13日目。天の厄災と地の厄災は、期せずして同じ日に絶え果てた。

だがしかし―― 選抜12名のうち、ふたたび外気を肺に送り込めたのは、僅か4名。塔では賢者が2名。迷宮では賢者1名と射手1名。残りの8名は皆、厄災と刺し違えて命を落とした。
犠牲はそれだけに留まらない。物資の中継役―― 特に最上階、最深部に近い場所でその役目を担った者たちの8割が戦死した。塔は地上21階、迷宮も同じく地下21階まであり、中継部隊はその力量限界の18階までを文字通り死守しながら散っていったのだ。そして地上。溢れ出したモンスターを皆殺しにすべく陣を敷いていた者たちも、多くの命を散らしてその役割を全うした。

厄災の消滅。喜ばしい結果とともに、ふたつの変化が生じていた。
まず顕著に現れたのは、ハイエルフの弱体化である。これまで魔素を自由自在に運用できた彼らの能力は「他種族に比べれば多少秀でている」程度にまで衰えていた。現在の『エルフ』はここに生まれ、戦後100年の間に大陸各地へ散った彼らはウッドエルフやハーフエルフに枝分かれしていった。
もうひとつ認知された変化は、塔と迷宮に巣食うモンスターたち…… その生態系の変様ぶりだった。エルフを苦しめた竜族や巨人族などの大型種族、悪魔族、それに―― エルフを捕らえ兵に変える魔法生物族、不死族といった脅威はパッタリと姿を見せなくなり、低級なモンスターばかりが全階で確認されるようになっていた。例え地上に出ても脅威になる可能性が低い存在ばかりだが、エルフたちは二度と災難が繰り返されぬよう、地下迷宮の入り口を固く封印し、その上に修道院を建てた。
一方、ブラッドエルフたちは、エルフの森と呼べなくなった焦土を捨てぬと決め、塔を囲むように居を構えた。何人たりとも近づかぬように。――だが、敢えて塔の入り口は封じなかった。血の渇きを癒すために。

大戦と厄災によって、当初人口の5分の4を失ったエルフ族。しかし彼らは誓い通り、自らの力で困難を乗り切ったのだ。多種族に知られることなく……。

その後50年の間だけは、そう言えた。

【後編に続く】

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