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ダンジョンバァバ:第5話(後編)

目次
前編

「中に入るのは初めてだぜ」
「ワシもだ」
”壁” に好奇の目を向けながらセラドが言うと、バグランも豊かな顎髭を撫でて頷いた。
正午間近のドゥナイ・デン北東区画。人間の背丈の倍ほどもある丸太がズラリと地面に打ち込まれ、強固な木壁を作り出している。左右に延びる壁は途中でカーブを描いて視界から消え、”内側の施設” をグルリと囲んでいるのだ。知らぬ者が見れば、外部からの侵入者を拒むためのものだと思うだろう。だが、この壁の存在理由は違った。”内側” で行われる行為が ”外側” から見えないようにするためのもの。そして、”内側” に入った者を ”外側” に脱走させないためのもの ”だった”。
「へぇ? オッサンもお初か。意外だな」
「フン。用も無いしな…… トンボは一年ぶりか」
話を振られた坊主頭のサムライは、思い出すのも不快だと言わんばかりに吐き捨てる。
「こんな馬鹿げた場所は閉鎖されて当然だ」

訓練場。
ダンジョン発見の知らせが大陸に広まり始めた当時、大勢の作業員を率いてどこからともなくやって来た成金が突貫工事でこの施設を作った。壁の内側には目的別の訓練施設に加え、まるで小さな小さな村でも作るかのように生活施設も整えられた。教官を名乗る怪しげなハンター10名と警備兵6名が来訪したのは、完成前日のことである。
成金オーナーが大陸のあちこちで宣伝に精を出した甲斐もあって、開所と同時に全土から多くの ”素人” がドゥナイ・デンに殺到した。一攫千金を狙う貧者、無知な力自慢、汚名返上を誓う三流貴族、暴力に飢えたゴロツキ、行き場の無い罪人、匙を投げた親に無理やり連れてこられた問題児―― など、など、境遇も種族もさまざまだった。
何も知らずに入所した者たちは「私物は預かる」という名目で所持品を奪われ、壁の内側に隔離された。次々と来る入所希望者の名を覚えることを早々に諦めた教官たちは、彼ら、彼女らを希望クラス別に「A1」「A2」、「B1」「B2」などと名付けて管理した。
記号扱いの訓練生たちは、教官のそれとは天と地ほどの差がある粗末な小屋で寝起きし、当番制で食事を作り、掃除をし、1日の大半は理不尽にシゴかれた。当初は集団で脱走や暴動を企てる者も少なくなかったが、教官たちの腕は実際それなりのものであり、逆らう者は容赦なく懲罰され、幾人かは ”不運な事故” として見せしめに殺された。
繰り返し浴びせられる暴力と罵詈雑言は洗脳に近い効果をもたらし、誰もが入所半月と持たずに従順になっていった。そしてある程度育つと教官に連れられてダンジョンに挑み、捨て駒のように扱われて死ぬのである。拒否権は無い。初陣で生還した者も、「ダンジョンに潜れるようになればすぐに返済可能」などと言われて背負った多額の ”入所費” を完済するまで教官たちの数合わせ要員として繰り返しダンジョンに連れて行かれ、多くの者が死んでいった。

「時間通りだね…ヒヒ」
訓練場唯一の出入り口、重厚な大扉の前で主役を待っていたバァバは満足げに呟いた。集まっていた野次馬ハンターたちが2人のホビットのために道を開ける。
ヘップは布の軽装に加え、黒く大きなスカーフを巻いて口元を隠していた。腰にはダガー。黒地の鞘に黄金の装飾が施され、柄は水晶のように透明。2本角を模した鍔は刃を受け止めやすいように湾曲している。
一方、赤いスカーフを首に巻いたプヌーは使い込まれた革製の肘当て、膝当てを装着し、胸掛けベルトで固定されたナイフが左胸に1本。さらに腰の周りには投擲用の短いナイフが何本も刺さっている。
十数名の野次馬全員がニューワールドで世話になっていることもあり、数人が「やっちまえ」「絶対勝てよ」とヘップに肩入れの声援を投げた。一方で熱戦を期待する数人が「理髪師も負けんな」「オレの散髪がまだだぞ」などと野次を飛ばす。
両者がバァバの前で向き合った。
「オヤブンから奪ったソレ…… 売らずに持っていたことだけは褒めてやるよ」
プヌーが怒りの眼差しをダガーに向けた。バァバも「これはこれは…」と左眼を輝かせて値踏みする。ヘップは2人の視線を無視し、「さっさと始めませんか」と促した。
「ヒヒ…それじゃ、入ろうかね」
「その前にひとつ確認したい」
大扉を開けようとしたバァバに待ったをかけたのはプヌーだった。
「ア? なんだい?」
「ヘップ… オメーはこの中に入ったことがあるのか?」
ヘップは「ある」と短く答えた。
「良く知っている場所、ということか?」
「……ここで暮らしていた」

かつて、この悪質な訓練所からひとり脱出に成功し、助けを求めニューワールドに駆け込んだホビットがいた。結果、問題に巻き込まれたサムライが単身施設へと乗り込み教官と警備兵を全員殺害。成金は姿をくらまし、訓練場は敢え無く閉鎖されたのである。


第5話『ホビット × ホビット』(後編)


「暮らしていた?」
怪訝な顔でプヌーが聞き返す。
「そう。2ヵ月くらい」
「オメーが素人と肩を並べて訓練?」
「そう」
「必要無いだろ。なんでだよ」
「いいだろ。そんなコトどうでも」
ヘップは目を逸らして会話を打ち切った。
「フン…よく分かんねぇけどよ。つまり地の利はオメーにあるってか」
「おや、ご不満かい?」
バァバが訊ねると、プヌーは薄笑いを浮かべて否定した。
「いや、問題ねっス。不利な条件でアッシが勝てばそれこそ完勝ってことでしょう?」
「アーそれはザンネン。アタシが決闘のために大規模な模様替えを行いました。徹夜でした。オフタリサンの決闘にふさわしい形にね…クク…クク」
バァバは肩を揺らして笑い、苦も無く大扉を開けた。
「……なんもねーぞ」
まず声を上げたのは、主役の背後から中の様子を伺っていたセラドである。興味津々の野次馬たちも一様に「どういうことだ」「なんだよこれ」と囁き合う。
それもそのはず、訓練場として当然あるはずの施設、設備が跡形も無いのだ。
最初にその理由に気づいたのはヘップとプヌーだった。整地された地面が抉られ、塹壕のような溝が迷路状に走っている。溝の縁に近づき、下を覗き込む。深い。バーバリアンですらスッポリと収まる深さで、横幅は人間であれば4人は並んで歩ける余裕がある。迷路がどのような線を描いているのか全貌は掴めないが、通路に面して所々に小部屋があり、木製の扉で隔てられているのが見えた。これはまるで――
「天井の無いダンジョン」
ヘップが呟いた。
「ヒヒ…アタリ。バァバ特製、青空ダンジョン」
野次馬も駆け寄り、口を揃えてその完成度と広さに驚嘆する。皆の反応をニヤニヤと眺めていたバァバは溝から離れてパンパンと手を叩き、視線を集めて宣言した。
「ン゛、ン゛! カーッ! ン! ……コホン。ではこれより決闘を始める。ホビットでシーフのヘップ。ホビットでシーフのプヌー。両名、前へ」
「ヘップってシーフだったのか?」「理髪師もシーフ?」「シーフとシーフの戦いってこと?」
ザワつくハンターたちをよそ目に、2人のホビットがバァバの前に歩み出た。
「床磨き名人のヘップがシーフねぇ。腕はどうなの」
セラドがトンボに囁きかける。
「筋はかなり良い。所作を見ている限りではな。だがあいつは潜らないから正確に評価することは難しい」
「へぇ。ダンジョン嫌いのシーフってか。確かにヘップが潜ってるトコ見たことねーな。……アンタらがこき使ってるからそんな暇ねーだけじゃねーの?」
「そうではない」
「ふーん」
「そこ。黙ってな」
バァバに叱られ、セラドはおどけるように肩を竦める。
「エー、ルールは単純。決闘中にダンジョンから出たら即失格。武器以外の道具類を持ち込まないこと。これだけ。あとは反則もクソも無い。時間制限も無い」
2人が黙って頷く。
「敗北条件はみっつ。いずれかを満たせば負け。……ひとつ目、死亡。……ふたつ目。あちこちに宝箱を置いた。数は教えない。そのうち3つにコインを入れてある。相手がコインを3つ揃えた時点で負け。宝箱の解錠道具は同じものを使ってもらう。ハイ」
バァバが小ぶりなツールキットを2人に手渡した。続いてボルを1枚取り出し、「これがそのコイン」と2人に見せる。
「……みっつ目。戦闘不能に陥った場合。これはアタシが判断する。以上」
「戦闘不能? 死ぬ意外に何があるんだ」
野次馬のひとりが疑問を口にする。バァバは露骨に溜息を吐いた。
「脳ミソ入ってんのかい? よく考えてから質問しな。……当然ながら宝箱には罠がある。麻痺、石化、昏睡…… ダンジョンではどれも致命的。そういう終わり方もあるってコトさ。このルールでシーフ同士が戦えば尚更ね。……ああ、コイツも死因になるかも――」
言葉を切ったバァバが何やらブツブツと呟き、指をパチンと鳴らす。するとバァバの背後の地面が隆起し、人間サイズのクレイゴーレムが生み出された。驚いた野次馬が各々の武器に手を伸ばしたが、肥満体系の土人形に敵意が無いと気づくと一斉に小さく息を吐いた。
「ダンジョンだからね。コイツが何匹か徘徊する。敵意全開で。勝てない相手じゃないが、下手すりゃ殺られるよ…ヒヒ。以上。何か質問は」
「コイン以外の宝箱はカラっぽ?」
プヌーの質問。
「開けてみてのお楽しみ。他には」
2人はバァバの目を見据え、無言で意思を示した。
「ヨシ。じゃ、始めようかね。2人は旗が立っている開始地点に移動。2本あるからどちらか選択しな」
プヌーが相談せずに「じゃアッシはこっちで」と走り出すと、ヘップは文句を言わずにもう一方の旗へと向かった。
「ハイ、観客の皆さんはその鉄板の上に乗って座る」
野次馬集団、バグラン、トンボ、セラドは、言われるがまま地面に置かれていた巨大な鉄板に乗った。鉄板の上には全員が横一列に並んで座れるように鉄製のベンチが溶接されており、座った状態で掴める高さに手すりが設けられている。観客席が埋まったことを確認したバァバ鉄板の端に乗り立ち、また何やらブツブツと呟き始めた。
ここから見るのか? 溝のせいで見えないぞ。皆がそう考えて口にしようとした矢先、バァバは「上に参ります」と言って左手をゆっくり上げた。
「うおおお」「おわわ!」「まてまてまて!」「嘘だろ! おい!」
一斉に湧き上がる悲鳴。鉄板が一気に上昇し、空中特等席に招待された観客が恐る恐る地上を見下ろす。落ちたら無事では済まない高さだが、ほぼ正方形の青空ダンジョンと2人の姿を俯瞰できる絶妙な位置で静止していた。
「なんだよこれ…… オレの浮遊曲の比じゃねーぞ。小便したくなったらどうすんだよ」
セラドは愚痴をこぼすが、高揚を隠し切れず無意識に笑っている自分に気づいたてまた笑った。
「ハハ! まあいいや。高みの見物サイコーだな! なあ!」
セラドが歓呼しながら隣のバグランを見る。冷静沈着なドワーフは風に髭を揺らされ目を丸くし、「フ… フフ…」とぎこちなく笑っている。

(ヘッ。この頑固オッサンもたまには楽しそうな顔するんだな。ちょっと不気味だけど)

(おのれバァバめ…… ワシが高い所ダメだと知っておるくせに!)

◇◇◇

「はじめ!」
ややかしこまった、張りのある声でバァバが合図すると、バァバから見て一番奥に座っていた軽率メイジが早口で喋り始めた。
「さー! 始まったぞ!ドゥナイ・デンの決闘だ! ホビット、ヴァーサァースゥ! ……ウゥー ホォビットォゥ! 黒の巻き毛に黒のスカーフのヘップ! 赤の巻き毛に赤のスカーフのプヌー! カナラ=ロー屈指のベテランハンターたちが見守るなか…… この入り組んだ迷宮で2人のシーフはどう動くか!  さあどうだ!? まずヘッ」
メイジが忽然と姿を消した。座席には青白い光を放つ楕円形のポータル。
「やかましい奴はこうします…クク。それと――」
タメを作って全員を睨みつけたバァバが続ける。
「シーフの聴力を舐めたらいけない。それにあの子らはホビットだ。お喋りは小声で。決闘を穢したらここから突き落とす」
直視を恐れ横目でバァバを見ていた野次馬たちは、揃ってコクリと頷いた。

◇◇◇

(とっとと見つけて殺してやりてぇところだが1枚は持っておかないとな)

ひとつ目の宝箱を発見したプヌーは屈み込み、じっくりと外側を観察する。ダンジョンに潜った経験は無くとも、宝箱に関しては罠識別も解除も自信があった。
ヘップとプヌーが幼少期から身を置いていた『ナモンの団』は、シーフ最高位のランクと噂されるナモン老人が一代で興した盗賊団であり、悪人ばかりを狙うホビット集団であった。基本方針として戦闘を避け、ナモン老人以外の団員は人々の前に姿を現さず、派手な事件も起こさない。彼らの犯行を示すのは、盗みの現場に突き立てられる1本のナイフのみ。

(罠は無し。鍵はどこにでもあるタイプ……… っと)

鍵穴に挿入した解錠ツールを軽く動かすと、カチンと小さな金属音。唇を舐めながら箱を開け、中腰のまま中を覗き込む。
「は?」
箱の底から半透明の手が1本生えていた。そう認識できた時にはその青白い手が伸び、プヌーの顔面を鷲掴みにしていた。
「アガ、アババ!」
必死に振りほどこうとするが、体力が急激に奪われてゆく。手はプヌーが気を失う寸前に離れ、消えた。
「ハッ…ハッ…ハッ……ハー」 
激しい動悸と息切れ。額にじっとりと浮かんだ汗は太陽のせいではない。

(なんだ、なんだなんだ今のは! あんなの罠って言えるのかよ…… クソ!)

必死に呼吸を整え、尻餅をついたままゆっくり手足を動かす。怪我は無いが、問題は失われた体力だった。矢の1本でも受けたら死んでしまうだろう。

上空観覧席。眉をひそめてプヌーの失敗を見ていた野次馬のセクシーシーフが、小声でバァバに話しかけた。
「ねぇ今の『亡霊の手』よね? あんなのしくじって当然じゃない?」
「だってダンジョンだもの…クク」
「うーん。でもスタート地点からすぐの所に、ってのも可哀想。識別難しいのよ? アレ」
「だってダンジョンだもの…クク。階段降りたところが一番安全なんて約束も無いからね。それにアッチを選んだのはあの子だよ」
「そりゃそうだけど…… これで理髪師サンはいきなり不利。何とか体力を回復しないと終わるね。バァバったら意地が悪い」
「ヒヒ…嬉しいね。褒め言葉だよ」

◇◇◇

ヘップもプヌーと同じく、コインの確保に走っていた。そして、既に彼のポケットには1枚のコインが入っている。
「直接対決に持ち込むために1枚は持っておきたい」と考えるプヌーと違い、ヘップは先に3枚集めて決闘を終わらせるつもりであった。ナイフ格闘が不得手というわけではないし、周りが「決闘だ」と騒いで流血を期待しているのも分かっているが、そんなものはヘップにとってどうでも良かった。プヌーが負けを認め、無風で無気力な毎日を送ることに満足している自分の前から消えてくれればそれで良かった。
2枚目を求め、地面や壁を注視しながら慎重に通路を進む。神経を研ぎ澄まさなければならないのに、過去の記憶が浮かんでそれを邪魔する。ダンジョンに潜ったのはたったの2回。どちらも教官らの狂った作戦のせいで全滅しかけ、まともな経験は積めなかった。今でも思い出せることと言えば、置いて行かないでと泣きながらドゥームビートルの群れに食われる入所者の悲鳴、スペルの盾にされて焼けただれた入所者の顔。恐怖のあまり半狂乱になってダンジョンの奥へと走り消えた入所者の背中。アレをやれ、ソレはやるな、コレを持てと指図する教官たちの罵声。……そんなものばかりだった。
右手に現れた扉を調べ、その向こう側の気配を探る。異常は無さそうと判断し、静かに扉を押し開けた。正方形の狭い室内。奥に宝箱。

(まただ。もう4つ目。このペースだとかなり数があるのかなあ……)

拾い集めておいた石をひとつ握り、宝箱を狙って投げた。命中。耳を澄ます。次。距離を詰めて深呼吸し、じっと宝箱を見つめる。腕に鳥肌が立った。第六感が罠の存在を知らせたのだ。

(宝箱4。罠3。ひとつ目のは自信が無くてパスしちゃったけど… さっきのは上手くやれた。きっと今回も)

自分に言い聞かせながら箱の外側をぐるりと観察し、接地面の土を少し掻いてみる。埋め込みタイプでは無い。這いつくばって鍵穴を覗いてから膝立ちになり、慎重に解錠ツールを挿入。すぐにロックが外れる感触が手に伝わる。
「さてと……」
ここからが問題である。宝箱の罠は外部と内部に分類され、厄介なのは内部の罠だ。宝箱が置かれている場所、その大きさ、形、外側を叩いた時の音、触った時の温度や湿度、臭い。ほんの少し隙間を作るように開けるだけなら発動しない罠が大半のため、リスク覚悟で内部構造の一部を確認する場合もある。そうした観察から得られるさまざまな情報を総合して罠の種類を識別するが、最も肝心なのは『センス』と呼ばれる第六感の鋭さであり、シーフとして大成する者は一様にそのセンスに長けていた。

(知っているガスや火薬、毒の臭いは無し。中で何かが蠢く音も無し。温度は陽が当たっていてアテにならない…… 石を当てた時の音を加味すると……)

ヘップは手の汗を拭い、慎重な手つきで宝箱の蓋を少しだけ開けた。僅かに見える内部にワイヤーを確認。口に咥えていたスナクイトカゲを隙間に押し込む。バチ! と弾ける音。そして閃光。
「よし。当たり」
電撃の罠である。アンナとサヨカの話によれば、一時的な麻痺では済まない場合もあると言うから油断はできない。蓋を開けると、電撃耐性のあるスナクイトカゲがチョロチョロと箱の中で走り回っていた。これは酒場で自然と耳に入るハンターたちの会話から得た対処法である。知識を得て、それを活用し、成功させる。ヘップは無意識に微笑んでいた。トカゲを掴み、大判のスカーフで作った袋に入れて身体に縛り付ける。
「これ、要るかなあ」
宝箱から取り出した丸盾の具合を確かめていると、土が擦れる微かな音と強烈な殺気を背後に感じた。咄嗟に横へと回避。全身を捻りながら投げた丸盾はズッ、と音を立ててクレイゴーレムの額に突き刺さった。長く太い腕による叩きつけが空振りに終わったゴーレムは、空虚な穴ぼこ―― 両目をヘップに向ける。

(コイツ殺気はあるのか。でも足音に気づけなかったのは何故? 沸いたのか? ……今はとにかく)

ヘップは臆することなく距離を詰め、ゴーレムの二撃目を誘う。背の低いホビットに対して横殴りは不利と判断する知能はあるらしく、またしても振り下ろし。最小限のステップで回避したヘップは、前かがみになった懐に思い切って飛び込み―― 土くれの胸に右手を突っ込んだ。湿り気を帯びた泥土の感触。顔を顰めながら引き抜いた右手が握っていたのは、拳大の球体だった。一瞬プルプルと震えたゴーレムは瞬く間に崩れ、ただの土山に戻った。球体を壁に投げつけると、ガラス玉のようなソレはパン!と音を立てて弾け、跡形も無く消えてしまった。
ゴーレムは術者が練った魔素を原動力として自律行動する。そして、その魔素の塊は胸の中心に埋まっていることがほとんどである。これもハンターたちの雑談から得た知識だった。
「ヨシ! ……やれるじゃないか」
ヘップは自分の声に少し驚いた。あんなに冷めていたはずの感情が、次第に高揚してきていることに気づいたのだ。

「オイオイやるじゃねーかヘップくん」
セラドが舌を巻くと、トンボも相槌を打った。
「同種同職から正しい教えを受けている動きだな」
「フム… いつも興味無さそうにしていたクセに。ハンター連中の会話も良く聞いていたとは」
高所に慣れてきたバグランが、少し嬉しそうな顔で言った。

(プヌーに逆張りしちゃったよオレ……)

セラドは、ニヤニヤと視線を送ってくる野次馬ウォリアーを無視しながら心の中で舌打ちした。

◇◇◇

その後しばらくは、安全地帯から観戦する気楽な者たちから言わせれば大きな見どころも無く時間が過ぎていった。それは2人がこの短い間にダンジョンに慣れてきたことの表れでもあった。
プヌーはヘップと同じく、確証が得られない宝箱をパスして安全第一の行動を取るようになったが、運良くコインを1枚見つけていた。当初の計画に従えばすぐにでもヘップの喉を斬り裂きに向かうところだが、激減した体力を何とかしておく必要があった。無傷で勝てる相手ではない。不意打ちできるチャンスがあれば話は別だが、そう上手くコトが運ぶとも限らない。プヌーはクレイゴーレムをやり過ごしながら探索と解除を続け、やっと手に入れた薬草を貪り、小部屋に隠れて短い休息を取った。今は本調子の半分程度まで回復している。発見した道具類の中で、薬草の次に価値を感じたのは地図だ。熟練度の高いシーフはこれくらいの地面ならば足跡を残さない。全体図を頭に叩き込みながら、ヘップの行動ルートを推測する。
一方のヘップは2枚目のコインを獲得し、残る1枚を求めてプヌーのスタート地点近くまで移動していた。プヌーが開けた宝箱の位置だけを頼りに、鉢合わせを避けてゆく。

やがて衝突スレスレの移動を繰り返し始めた2人の姿を、上空から見守る観戦者は固唾を飲んで見守った。3枚のコインはもう宝箱に無い。そしてゴーレムのほとんどが、緩やかに2人を中央に追い込むような動きを見せていた。ゴーレムとの戦闘を避けて動く2人の距離が自然と縮まってゆく。直接対決は近い。これまでの状況をもとに、観戦者は心中で結末予想を描き始めていた。だが口にはしない。興奮のあまり大声を出して決闘を台無しにしたくはない。バァバに突き落とされて死にたくもない。皆は黙ってホビットとホビットの一挙手一投足に注目した。

◇◇◇

(ククッ。コインが見つからなくてお困りか? お宝漁りは扉を閉めてからやれっての……)

開け放たれた扉の陰でプヌーがほくそ笑んだ。ヘップは部屋の奥で背を向けて屈み込み、宝箱を観察している。プヌーは気配を悟られぬよう慎重に投げナイフを抜き、背中に狙いを定める。急所を狙う必要など無い。皮膚を少し傷つけるだけで勝利は確実。強毒や麻痺薬を武器に塗るのはシーフの十八番である。事実、宝箱に毒薬があったのだから卑怯などと言わせるつもりはない。

(殺れる。この距離なら確実に。例えナイフの音に気づいても手遅れ――)

投擲した瞬間、勝利を確信して声を挙げそうになった。が、その時。カンッ、という甲高い金属音とともに、背中でナイフが弾かれた。

(は?)

「残念」
立ち上がったヘップは落ち着き払った様子で振り返り、プヌーを見据える。マントのように垂らしていた黒のスカーフを剥ぎ、露になった丸盾を背中から外すともう用済みとばかりに捨てた。
「さすがプヌー。気配を殺すのが上手いね。けどオイラには通用しない」
「んの野郎……!」
「3枚集めて終わればそれで良かったんだけど――」
ヘップはそう言いながらも躊躇いなく右手を伸ばしてダガーを抜き、勝負の構えを取った。
「あ? なんだ、急にやる気になったってか?」
プヌーも胸の鞘からナイフを抜き、部屋に一歩踏み込む。
「うん、ちょっとね」
「ヘッ! 何がちょっとね、だ。ニヤつきやがって。ガスでも吸ったか」
「いや…… 意外とさ。楽しいな、って」
「タノシイ?」
プヌーの顔が一気に気色ばんだ。ギリギリと歯軋りし、ナイフの切っ先をヘップに向ける。
「ふざけやがって…… オメーはガキの頃からそうだ! ボクは興味ありませんって顔しながら結局は! オレのチャンスを何度も奪いやがってよぉ……! オヤブンがオメーを選んだ時もそうだ! オレを慕ってくれてる団員の方が多かったんだ! なのに! ……なのにオメーはオヤブンを殺して逃げたんだ! 死んで…… 詫びろやァァァァ!」
怒りをブチまけながら一歩、二歩と進んでいたプヌーは、いよいよ吠えながら走り出した。腰から投げナイフを抜いて投擲。狙うはダガーを握る右腕。敢えて左半身で回避させ、反撃を牽制しながら格闘の間合いに踏み込む。そして素早くナイフで払う、突く、払う。紙一重で回避するヘップに対して左手と両足による打撃を重ね、ナイフで逃げ場を制し、あっという間に壁際に追い込んだ。防戦一方のヘップは刃を刃で弾き、鍔で受け止め、躱し、捌く。急所を狙った反撃はプヌーに予測されて空を斬る。

(無駄だ! オメーが! 無気力に! 酒場で雑用こいてる間も! オレは! 特訓してきたんだよォォォ!)

殺意の籠った連打連撃に耐えてきたヘップが膝を突いてうずくまった。プヌーはすかさずナイフをクルリと逆手に持ち替え、脳天目掛けて突き下ろす。――しかし頭蓋を貫く感触は得られなかった。横転で回避したヘップを目で追おうとするが、足元に落ちている小さな黒い球に意識が釘付けになった。

「マズっ――」
けむりだまが炸裂し、煙幕がプヌーの視界を一瞬にして奪った。
「うぅぅ! クソが!」
プヌーはヘップが転がった方向に投げナイフを撒き、呼吸を整える。

(落ち着け。落ち着け。見えないのはお互い様…… 音、臭い、煙の揺らめき、気配。集中しろ。さすがにアイツも仕掛ける時は――)

瞬間、背後に強烈な殺気。
「ウォラァ!」
振り向きざまに突き出したナイフに、肉を抉る感触が……
「ア?」
ナイフを握る右手が、冷たい何かにズブズブと埋まってゆく。咄嗟に身を引こうとするが、力強い何かに拘束されて身動きが取れない。
「オイコラ! 離せ、はな…… クソ… まさか……」
もがいているうちに煙が晴れ、プヌーは敗北を悟った。クレイゴーレムのデップリとした身体に肘まで埋まった己の右腕。太く長い腕に抱き寄せられ、胸も腹も飲み込まれつつある。必死に首を引いて顔だけは死守するが、どうしようもない状況に追い込まれて抵抗する気力が失われてゆく。
「オイラの勝ちだ。負けを宣言しろ。コインを持っているなら出すだけでもいい。…出せればだけど」
プヌーの狭い視界に入るように立ったヘップが言う。プヌーは横顔を腹に押し付けられながら、精一杯の作り笑いで応じた。
「ヘッ! やなこった! 降参なんてルールに無かったぜ…… それにコインはこのデブと抱き合ってるせいで取れやしねぇ」
「強がるな。バァバはまだ止めるつもりが無いらしい。顔まで埋まって窒息するぞ」
「上等上等! オヤブンの… トコロに行くのも悪くねー…… あの世でナモンの団を再結……」
横を向いて喋り続けるプヌーの顔が完全に飲み込まれた。長くは持たないだろう。ヘップはやれやれと溜息を吐き、壁に向かって駆けた。電撃的な三角飛びでクレイゴーレムの背中に飛びつき、狙いを定めて手を突っ込む。ゴーレムは暴れながら関節の無い腕をグニャリと背中側に曲げ、ヘップの胴体を掴んだ。必死にしがみついて土人形の体内をまさぐるヘップ。しかしあっけなく剥がされ、勢いよく宙を舞った。

「ハイそこまで! ヘップ失格。……勝者、プヌー!」

上空から聞こえるバァバの声。ダンジョンの外に放り出されたヘップは地面に叩きつけられ、大の字のまま背中の痛みに耐えていた。天に向かって右腕を伸ばす。土に塗れた腕。その手には、掴み取った魔素の塊。自然と安堵の溜息がこぼれた。

◇◇◇

「なんでだよ! 殺せよ! オヤブンの時みてーによ! オレを助けたつもりか!?」
勝負を終えてダンジョンから這い上がったプヌーは、横たわるヘップに駆け寄って怒鳴った。どこか満足そうに空を見つめていたヘップは、視線だけをプヌーに向けて口を開いた。
「殺していないよ… オイラは。だからオマエも殺さない」
「ア? この期に及んで……!」
「オヤブンを殺したのはジョウの手下だ」
「ジョウ? 何をそんな……」
そんなデタラメを、と言いかけたプヌーだが、かつて蓋をしたはずの小さな疑念がふたたび頭をもたげた。
あの夜、ヘップが見下ろしていたナモンの死体…… その周りには、他の死体が3つあった。いずれもジョウの手下だった。ジョウ一派の寝床はナモンのコテージと離れているため、初めはその理由を訝しむ者もいた。しかし後日ジョウが「3人は団長に呼び出された」と証言し、彼らは運が悪かったのだと結論付けられた。何より、現場から逃げ去る姿を目撃されたヘップが戻らぬのだ。他の者を疑う必要は無かった。
次期団長は待てなかった。衰えを感じさせないナモンがいつ引退し、入浴する時ですら手元に置く宝… あのダガーをいつ譲ってもらえるのか。次期団長はもともとやる気の無い奴だった。さっさとダガーを手に入れて大金に換え、シーフ稼業などやめて悠々自適な生活を送りたがっていたのだ。
そんな声がすぐに団員の間で蔓延したが、ヘップを追跡する者はいなかった。彼の潜伏能力と警戒能力は団員の中でも群を抜いており、見つけようにも見つかるはずがないと皆が思っていたからだ。
「ジョウの…… 指図だったと言うのか?」
「アイツのことだ。どうせ跡目を継ぐとか言い始めたんだろ?」
ヘップの鋭い読みにギクリとしたプヌーは、遠回しに答えた。
「あの事件のせいで大半の団員は去った。オレを推す声もあったけど…… あんな状況で二代目を名乗ることは遠慮した。……だがジョウは違った」
「アイツは何もかも自分のモノにしたかったのさ」
「じゃあ、あの3人は?」
「オイラが殺した。それは事実。だがオヤブンは手遅れだった」
「遺言は」
「そんな物は無かったさ。喉を切られて既に死んでいたんだ」
「なぜ釈明しなかった」
「言ったら信じたか? ……プヌー。オマエはオイラと同じくたまたまコテージを訪れた。そこには死体が4つ。血塗れのオイラ。そして目が合ったよな。……あの目を見ちまったらオイラは逃げるしかないさ。それに。留まればジョウが次の手を打ってくるのは目に見えていた」
「そんな……」
プヌーは脱力し、ヘップの隣に座って胡坐をかいた。野心家のジョウは確かに手段を選ばないところがあった。ナモンの跡を継ぐと宣言したはずのジョウは、方針を変えて見境なく強盗殺人を繰り返すようになり、反対派のプヌーたちを脅して追放した。しかしそのジョウはやがて手下に殺され、ナモンの団は完全に消滅したと風の噂に聞いていた。
茫然としているプヌーの膝に、黒鞘に納められた【ダガー・オブ・シーブス】が置かれた。
「え?」
「プヌー。オマエが持っておいてくれ」
「なんでだよ」
「また没収されたら危ないし」
「没収?」
「なんでもない。サムライに感謝だよ」
ヘップはクスリと笑った。つられてプヌーの顔も少しほころぶ。
「相変わらずワケわかんねーなオメーは」
「そうかな? 分かりやすいよ。オイラはあの場から逃げたんだ。次期団長として団をまとめることを放棄して。ジョウの工作に目を瞑って。重かった。嫌になったんだ。ダガーも…… アイツらに渡すくらいなら、って持ち逃げしたきり机の引き出しにしまって放置さ」
黙って耳を傾けるプヌーの手を取り、ダガーの上に乗せる。
「でもプヌー。オマエは違う。また皆を集めて… 盗賊団をあるべき姿に導くことができるのはオマエだけだ。好きで理髪師やってたワケじゃないだろ?」
「ヘッ。後になって返せとか言うなよ」
「言わないよ。でもひとつお願いがある」
「なんだよ」
「名前はプヌーの団だ。ナモンの団はもう終わったんだ。オヤブンの意志を継ぐとか、二代目だとか、そういうのはいい。このダガーに誓って、プヌーが正しいと思うやり方を貫いてくれ。何があっても」
プヌーは真剣な眼差しを受け止め、ヘップの手とダガーを両手で握った。
「……わかった。このダガーと、オメーに誓う」

◇◇◇

その日の夕方。2人の戦いを称える宴会がニューワールドで開かれた。賭けに大勝して気をよくしたセラドが費用の大半を持った。宴会中、勝者のプヌーはドゥナイ・デンを去ることを皆に伝え、惜しまれながら旅立った。早めに店仕舞いしたニューワールドに残っているのはバグラン、トンボ、ヘップ、セラド、バァバの5人。背中を痛めたヘップを労ってか、バグランとトンボが何も言わずに後片付けを買って出ていた。
椅子にダラリと腰かけて葡萄酒をラッパ飲みするセラドが、正面のヘップをジロジロと見つめている。珍しく人前でエールを味わっていたヘップは気まずさに耐えきれず問うた。
「オイラの顔に何か」
「……いやさ、ヘップが盗賊団の次期団長サマだったとはなぁ。しかもボスの暗殺に巻き込まれて単身逃避行ときたもんだ。……人は見かけによらねーぜ」
「ヒヒ…アンタだってワルぶってるけどイイとこの吟遊詩人だったんじゃないのかい?」
バァバの不意打ちに動揺したセラドが葡萄酒をこぼし、2人のたわいない言い争いが始まった。浮かない顔でその様子を見ていたヘップは、意を決したように声を張る。
「違うんです! 違うんです……」
全員が手を止め、自分に注目していることを確認し…… ヘップは続けた。
「オヤブンを殺したのはオイラです」
「は?」
セラドは顎が外れんばかりに口をポカンと開けてヘップを見た。カウンターの向こうに立つトンボが問う。
「決闘後に語った話は嘘だったと」
ヘップが神妙に頷く。
「はい。あの日…… オイラはオヤブンに言いに行ったんです。弱い者から奪うのはやめてくれ、って」
「は? 弱い者? ナモンの団ってのは悪事で金を貯めこんでるアホから奪ってたんだろ」
理解不能と言いたげに頭を掻くセラドが質問を浴びせ始めた。
「そうです。でもオヤブンはそれだけじゃ満足しなくなって。悪事の被害者から救済金と称して金品を巻き上げて。気に入った女がいれば無理強いして。助かったのは誰のおかげだ、密告したら潰すぞ、そうやって脅していたんです。…… オイラだけがそれに気づいちまった」
「クソ野郎かよ。気づかねー団員もバカなのか」
「団員は人の前に姿を見せるべからずの掟があったんです。団を抜けてもそれは同じ。被害者たちも泣き寝入り」
「随分と都合のいい掟だなオイ」
「団を抜けて真実に気づいたとしても、何もできやしません。事情を知らない被害者は ”団そのもの” を憎んでいたから。元団員だと知られるワケにはいかない。そもそも順風満帆な団を抜けるヤツなんてほとんどいませんでしたがね」
「しかしよぉ。団員に知らせる元団員、ってのが出てくるだろ?」
ヘップは深く頷いた。
「それを揉み消すのがジョウの一派でした。アイツらは数が多い。団の中で重要な役割をいくつも担っていました」
「ハーン。ボスと結託してたってことか」
「そうです。オヤブンを殺したあの日に初めて気づいたことですが」
「義賊集団ぶりやがって。実はクソの塊だな」
悔しそうな、悲しそうな顔でヘップは首を横に振った。
「昔は… そうじゃなかったんです。オイラやプヌーがガキの頃は…… ぶっとい芯が一本通った立派なオヤブンでした。育ててくれた恩は今でも忘れていません。掟だって、決めた当時はそんな汚い理由じゃなかったと思っています」
「で、ムカっ腹が立って殺してやろうと」
「お願いに行ったんです。……でも結果は殺しちまってるから同じことですかね」
「プヌーに言えばよかった、ってのは無理筋…か」
セラドは、プヌーが理髪店で見せたあの顔、そして酒場に殴りこんで来たときの様子を思い出していた。長い時を経てもあの怒り。当時も聞く耳など持たぬことは容易に想像がつく。和解した今になっても事実を告げないのは、プヌーを想ってのことだろうか。それは本人にしか分からない。セラドは黙って納得した。
ヘップが吐き出し終え、セラドが黙り、店内が静まり返る。
しばらくして沈黙を破ったのはトンボだった。
「自業自得。悪いのはその腐った団長。私はそう理解した」
「うむ。そんな昔話どうでもよかろう」
同意を示したバグランは、汚れた食器を大量に抱えて厨房との往復を再開した。セラドも立ち上がり、俯き加減のヘップの肩に腕をまわす。
「なぁヘップよぉ……」
「はい」
「はい、とかかしこまらなくていいぜ? オッスでいこう。オッスで。今度さ、オレが潜る時に付き合ってくれよ。腕利きのシーフがいりゃあお宝の獲得ペースも倍々の倍速よ。借金苦の哀れな男を救うと思って、な?」
「え? あ、その」
ヘップは困惑しながらバグランとトンボを見た。酒臭い男の大声は確実に聞こえているはずだが、経営者の2人は黙って片づけを続けていた。セラドはさらに顔を近づけ、ヘップに囁く。
「ホラホラ。おっかねぇオオカミと頑固なドワーフもオーケーってさ。どうせ暇な店なんだから。サボっても問題ねーだイテッ!」
木製の器がセラドの後頭部を直撃した。
「おっとスマン、手が滑った。……ヘップ。休暇が欲しい時は遠慮なく言え」
セラドをひと睨みしたバグランはそう言い残し、厨房に消えていった。

◇◇◇

「決闘だとか言ってお前さんが首を突っ込んだ理由がわかったわい。まさかヘップに目を付けていたとはな」
「ヒヒ…どうだったかね。最近物忘れが酷くて」
「フン、とぼけよって…。バード、プリースト、シーフ。あと3人は必要だ」
「フロンがここに向かっているとさ」
「フロン? 国政をほっぽり出してか? アイツが何の用だ」
「さぁ… 誰か連れてくるんじゃないかね、候補者を。…ヒヒ」

【第5話・完】

【第6話に続く】

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