見出し画像

本土決戦

 壮年の男が額に手をあて、低い音に満ちた青空を忌々しそうに見上げる。
「こんな僻地まで標的にするのか」
「あの大きな鳥はなんだ」
 隣の老婆が不思議そうに尋ねる。
「あれは飛行機。人間が乗っている」
「なぜ山を焼く」
「狙いは山ではない。村だ。お前はこの寺、この山しか知らぬが、あの山向こうには村がある。さらに山をふたつ越えれば大きな町も」
「なぜ村を焼く」
「村には多くの人間が暮らしている」
「そいつらを焼いているのか」
「そうだ。飛行機は兵器。兵器とは多くの人を殺すための道具」
「なぜ殺す」
「戦争だから」
「戦争」
「この地、日本に暮らす我々と、別の地に暮らす人間の戦い。敵はいま日本を滅ぼそうとしている」
「敵。あれは敵か」
「敵だ。今はな」
「敵は殺せばいい。先々代も先代もそう教えてくれた。そのための技も」
「そうだな。四百年、一度も使われること無く俺の代で終わりと思っていたが…… どれ、ひとつ落としてみろ」
 男が竹槍を差し出す。老婆は不満そうに男を睨む。
「偉そうだな。私が母親の股から取り出したんだぞ」
「そう言うな。お前を拾い育てた爺様と親父はもういない。当代の俺に従うしかないぞ」
 老婆はしぶしぶ竹槍を受け取り、一機の挙動をじっと観察してから投擲した。三秒後、機体が煙を吐いて落下してゆく。
「見事。しかしあれは味方」
「味方?」
「敵ではない。赤い丸印がついた飛行機は味方。星の印が敵だ。黒い粒を落としている方」
「投げる前に言え」
「ごもっとも」
 男がもう一本差し出す。老婆は受け取らない。
「数が多い。らちが明かない」
「では、どうする」
「巣を襲い、まとめて殺す。虫と同じだ」
「難しいな。それは海の向こうだ」
「海?」
「川のように水がたくさんある」
「泳ぎは得意」
「海は広い。お前が泳ぎを覚えたあの川よりも、この山よりも。まあ、お前なら泳いで渡ってしまうのかもしれんが」
「なら味方の巣に行こう」
「行ってどうする」
「飛行機を使う」

【続きません】

一度、ほぼ会話でやってみたいと思った。七十数年間も人里離れた寺で生きてきた世間知らずの婆さんを書きたい。竹槍で戦わせたい。……と思って書いてみた。航空基地でさんざんモメるとか空飛ぶ零戦に仁王立ちして戦うとかババアが艦隊急襲とかババアが本土空襲とか、むちゃくちゃな見せ場は想像できたけども、なんかこうキャラも物語もバチっと決まらずお蔵入り。

いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。