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ダンジョンバァバ:第5話(前編)

目次

「ヤァヤ! セラドさんいらっしゃいませ」「ヨォヨ! セラドさんいらっしゃいませ」
店の奥で盤上ゲームに興じていたハーフエルフの双子が顔を上げ、爽やかな笑顔で客を迎え入れた。短いながらも動きのある栗色の髪の上に、それぞれ骨董品の王冠を載せている。エルフ族の長身、白い肌、尖った耳、美形といった外見的特徴は人間の血の影響で ”半エルフ化” しているものの、瓜二つの顔をした雑貨屋の兄弟が美青年かつ好青年であることは集落の誰もが知っていた。
セラドは「よ」と短く返し、雑然と陳列された品々を順に確かめる。
「今日は随分と早起きですね。何かお探しですか?」
兄のイノックが軽く首を傾げ、長い睫毛をパチクリさせながら質問した。普段のセラドは日が昇りきった頃にやって来ては酒臭い息で「いつもの」とハンター用の必需品を注文し、金を払って出て行く。だが今日は違った。セラドは「ああ、まあな」と曖昧に答えるだけで、店内をブラブラしている。
「在庫は全てココに入ってますから遠慮なく仰ってくださいね」
弟のイラッチがこめかみを人差し指でトントンと叩き、ニコリと笑う。「おう」とセラド。
さほど広くない雑貨屋だが、複数の棚やテーブルにはレンジャーである兄と弟のメイジがそれぞれ仕入れた、もしくは作成した無数の商品がビッシリと並べられており、目的の品がどこにあるのか、そもそもあるのかないのか、客が自力で見極めるのは難しい。中には ”商品” と呼べるか疑わしいガラクタも散見され、買い手が現れぬまま埃を被っている。
国盗りゲームと王冠を片付け、爛々とした目でいつもと様子の違う客人を見つめる双子。気まずそうに咳払いしたセラドが棚に視線を向けたまま口を開いた。
「なあ。髪留め…… って、売ってるか?」
「「カミドメ?」」
双子が同時に切れ長の目を丸くする。
「わかんだろ? ……髪を固定するアレだ。ピンとかよ」
「ヤヤ……! もしやセラドさん、恋……」「ヨヨ!  贈り物!?」
「テメーら…… 自分用だ。見ての通り髪が伸びっぱなしで邪魔なんだ。後ろは紐で縛りゃいいんだが左右がな。自分で切るのも苦手だしよ……。それに失敗したら男前が台無しだろ?」
「「ナルホド」」
双子が同時に頷く。
「理髪店がありゃいいんだがなぁ。まあこんな場所じゃ儲からねぇだろうけど」
「「できましたよ」」
「あ? 何が」
「「理髪店」」
「……あぁ?」

―― ここはどの王国領にも属さず、半ば歴史から忘れ去られていた不毛の地、セイヘン。ある放浪者がセイヘンでダンジョンを発見したのは、1年と8ヶ月前のことだった。ダンジョンの上に建つ修道院。それを囲むように遺棄されていた小さな小さな廃村…… 数世紀前のものと思われる名無しの集落は、いつしかハンターたちの間でドゥナイ・デン(=儲けの地)と呼ばれるようになった。

◇◇◇

第5話『ホビット × ホビット』(前編)


(ホントにあるじゃねーか……)

ドゥナイ・デン中央通りの厩舎脇から南東区画へと伸びる道をしばらく歩くと、双子が言ったとおりの小屋があった。比較的状態の良い廃屋を素人大工で補修した形跡。壁には刃物で『理髪』と刻んだ木板が打ち付けられ、扉は客を誘うように開け放たれている。ダンジョン目当てのハンターが減りつつある僻地にわざわざ赴き、ボロ小屋を改装して理髪店を開業するなどセラドには正気の沙汰とは思えなかった。
「あざッシター」
「こちらこそ。またお願いします」
セラドが小屋の前で逡巡していると、中から宿屋のニッチョとジャンが出てきた。
「おやセラドさん、ごきげんよう。貴方も散髪ですか」
宿屋の支配人テレコの夫、ハーフリングのチョビ髭料理人がセラドを見上げて微笑んだ。隣のジャンもかしこまって会釈するが、子供の扱いに不慣れなバードはその視線を受け流す。
「ん、まあな」
「こういうお店は助かりますね。ウチは妻が切ってくれていたのですが…… ご存知の通りあの豪快な性格でして」
「あぁ、だから時々あんな髪型に」
「ハハ、そういうことです。ですが女衆に囲まれていた私にもこうして男家族ができましたから…… いいきっかけにと」
苦笑したニッチョは優しい目をジャンに向け、自分より一回り背の高い少年の腰をポンと叩いた。
「腕は良さそうだな」
2人の仕上がり具合を観察しながらセラドが呟くと、ニッチョは「ええ。お勧めですよ」と言い残して立ち去った。ひとまず安心したセラドが入店すると、イキのいい声が飛んで来た。
「らッシャーセー」
セラドはいつもの癖で素早く店内を観察した。入ってすぐ、左手の壁際には順番待ちのための物と思われる粗末な長椅子。今は誰も座っていない。右手の居住スペースは間仕切りが取り払われ、仕事場になっている。理容椅子はひとつ。窓から差し込む陽の光が背もたれを照らし、その正面にはここが理髪店であることを示す大きな鏡。そして椅子の周りにはいくつか木箱が置かれていた。こちらに背を向けてひとり箒をせっせと動かしている男の背丈は一般的なホビットと変わらず3フィート後半。木箱はこの店主のための物だろう、とセラドは理解した。縫製が雑な布エプロン。腰に巻いた革製のシザーケースには鋏が2本、剃刀が1本、櫛が1本。「いかにも私が理髪師です」と言いたげな格好ではあるが、向き直った男の顔を見てセラドは訝しんだ。
「ササッと綺麗にしちゃいやスんでお待ちを」
セラドは無言で長椅子に腰を下ろし、ホビットを観察する。
顔つきは人間で言えば20代そこそこだが、平均寿命が100歳を超え、成人は30歳を過ぎてからと言われるホビットのことだから年齢はもう少し上だろう。クセの強い茶色の巻き髪。浅黒い丸顔はニコニコと笑っているが、薄い眉の下に張り付いた ”目つき” がセラドの心をザラリと撫でる。3人で旅していたあの頃、何度も見てきた ”目”。
掃き掃除を終え、理容椅子に散った髪をブラシで払っていた店主がおもむろに口を開いた。
「……ダンナ、どっかでお会いしましたかね?」
「いや。なんで」
「さっきからアッシのコトをジロジロ見てるもんですから」
「ジロジロ見たくもなるさ。こんな場所で商売を始める変わり者だ」
「へへ、確かに。仰る通りで。さ、どうぞ。あ、剣は邪魔でしょうから」
店主に促され、セラドが理容椅子に座る。敢えて剣は預けず股の間に立て、柄頭に両の掌を乗せる。髪の具合を確かめる店主を鏡ごしにひと睨みし、静かに会話を再開した。
「元は何を」
「東の方の王国で小さな店を構えてました。圧政にウンザリしてここへ」
「そうじゃねぇ」
「はい?」
「理髪師になる前だ」
「はて……」
「どこの窃盗団だ? 野盗か? それとも一匹狼か」
セラドが単刀直入に訊いた途端、店主の動きが止まった。しばしの沈黙の後、小さく溜息を吐いた店主は観念した様子で喋り始めた。
「ダンナには誤魔化しが利かないってワケっスね…… もう足は洗ったんスよ。勘違いしないでくださいよ? 弱い者や貧しい者を襲うようなゴロツキじゃありません。立派な盗賊団でした」
「ケッ。盗賊団に立派もクソもあるかよ」
「アッシらには信念がありました」
「そうかい。ま、オレも説教垂れるほどご立派な人間じゃねーからよ。しっかり仕事をしてくれりゃ詮索もしねーし文句も言わねえ。……ただ」
「ただ? なんです」
「その鋏や剃刀でオレに何かしようとしたら殺す」
鏡を介して目を合わせた2人に訪れる数秒の不動、無言の時間。
「…………ダンナ、そうなると髪が切れねえし髭も剃れねっス」
「ハッ! クク…。言うじゃねぇか。まあいい、やってくれ」
「承知しゃしたー」

◇◇◇

店主の腕は確かだった。セラドの抽象的なオーダーを的確に汲み取り、手遅れにならぬよう要所要所で本人確認を入れ、四半刻ほどで野性味あふれる短髪が完成した。
「やるじゃねーか」
鏡に映る横顔を左、右、左、右と確認していたセラドが満足げに頷いた。
「へへ。恐れ入りやス。髭は? 切り揃えて余分なところは剃っちゃいますかね」
「ああ、そうしてくれ」
店主は器用に鋏を動かし、伸びすぎた無精髭を綺麗に整えてゆく。
「お気に召してくだスったようでホッとしやした」
「気に入ったぜ。元盗賊がナイフを鋏に持ち替えて、ってな」
「へへ、それは内密に…… 申し遅れやしたが、アッシはプヌーと申しやス」
「セラドだ。しかしこの集落にホビットってのは珍しい」
「そうなんスか? シーフの需要あるところにホビットあり、でスが」
「オレがここに来てからはほとんど見かけねぇなあ。ま、ホビットにゃ合わなかったんだろ。バケモノ相手の殺伐とした地下探索がよ」
「そうスか…… ま、ホビットってのは温厚で慎重な奴が多いスからね。アッシと違って。故郷で畑いじりでもしてるんでしょう」
プヌーが自嘲して薄笑いを浮かべていると、セラドは思い出したように呟いた。
「あ、いるわ」
「はい?」
「この集落にもホビットが。北の酒場で働いてるぜ。ヘップって名前の」
「ヘップ?」
「ああ」
「ヘップ、でスか?」
「ああ。お前のモジャモジャ頭を一回り膨らませたような黒毛の」
「ヘップ……!」
「あ? なんだ知り合いか? そんな顔してたら客が逃げるぜ」
「あ、いえ、……あ、ええ」

◇◇◇

「それが終わったら食事だ」
「オッス。ちょうど終わりました」
皿洗いを終えたヘップは厨房からフロアに出て、トンボが受け持つカウンターの前に設置された小人用の木箱に乗った。ドワーフのバグランが受け持つ酒コーナーと違い、料理コーナーのカウンターはホビットにとって高すぎる。
ほどなくしてカウンターに置かれたまかないを隅の客用テーブルに運び、ヘップは早めの晩飯をとり始めた。
今宵の客入りは良くも悪くもない。帰還したばかりの4人グループが2組、テーブルを突き合わせて宴会を開いている。どちらも最近勢いのあるグループだ。今回はどこまで進んだか。どれだけ手強いモンスターを倒したか。レアなアイテムを手に入れたか。いくら稼いだか。エールを飲み、肉を齧りながら、いつもと変わらぬ自慢話の応酬を重ねていた。
おひとり様は3人。常連のバァバは特注の巨大ジョッキで今日もエールをガブ飲みしている。別テーブルでは鍛冶屋のバテマルが山菜とチキンのソテーを上品に食べている。自給自足が中心の彼女だが、今日は週に1度の外食の日だとヘップは知っていた。あの巨体に対してあの量で満足できるのか、といつも疑問に思う。ドゥナイ・デンに住居を持つ者は基本的に宿屋を使わないため、外食となるとニューワールドでトンボの世話になる。もちろん金さえ払えばニッチョの手料理や風呂だけを満喫することもできる。3人目の客、賭け狂いのバードはカモが見つからないようで、暇そうにリュートを弾いていた。そのバード…… セラドがニヤニヤと自分を見ているのがヘップは気になっていた。
視線を合わせないように野菜スープを啜っていると、入り口のスイングドアを突き飛ばす音が店内に響いた。伏し目のヘップはトンボ自慢の自家製パンをちぎり、スープに浸す。ツカツカと店内に響く足音。その音が真っすぐこちらに向かっていると気づいたヘップはゆっくりと視線を上げ、目の前に立った男の顔を見た。
「ヘップ……!」
「……」
険しい表情で迫ったプヌーがヘップの胸倉を掴み、強引に立ち上がらせた。客の視線が2人に集まり、セラドのリュートは激しい言い争いを予感させる曲調へと変わる。
「見ての通り食事中なんだ。終わったらまた店の仕事。話は後にしてくれないか」
ヘップは胸ぐらを掴まれたままパンを口に運び、冷ややかな目でプヌーを見返した。
「なんだとこの……! 殺してやる!」
激昂したプヌーがヘップの喉元にナイフを突き付ける。ピクリと眉を動かしたヘップはゆっくりとパンを咀嚼してから、少しだけ目を細めて言った。
「オイラを殺しても何も変わりゃしないよ」
「ふざけるな! オメーのせいでナモンの団は……!」
「解散したのか…… でもそれはオイラのせいじゃない」
「他人事みたいに言いやがって! オレは見たんだ! お前が……」
「落ち着けプヌー。この店で流血沙汰はダメだ。このまま続けるならオマエは死ぬし、床掃除をするのはオイラだ」
プヌーの背後に向けてヘップが目配せする。その視線を追って振り返ったプヌーは小さな悲鳴を上げた。いつの間にか近づいていた坊主頭がカタナの鍔を指で押し、無言で意思を伝えている。
「あ、いや、あの…」
プヌーの頭に特大の警鐘が鳴った。荒事は慣れっこのはずなのに。ヘップを殺すと誓っていたのに。目の前の男から放たれる鋭い気迫がホビット特有の警戒能力を大いに刺激し、プヌーを狼狽させた。
「他の客に迷惑だ。私の店の従業員に何か用か?」
「よ、用…… そう、そうだ。ある! コイツに! この外道に!」
こうなった原因はヘップにある。正義の旗は我にあり。そう自分に言い聞かせて気を取り直したプヌーは大声で言い切った。
「コイツは人殺しだ!」
「人殺し?」
トンボは眉間に深い皺を刻み、ヘップの反応を伺う。ヘップは口を噤んだまま目を逸らした。プヌーはホラ見ろと勢いづいて店内を見回し、全員に聞こえるように声を張り上げる。
「そうだ! アッシの家族… 家族みてーなオヤブンを殺したんだ! このヘップって男はな! 自分だってガキの頃からオヤブンに育てられたくせに! そのオヤブンを殺したんだ! 親殺しだ! だからアッシはこうやっ」
ダン! とテーブルを叩く音がプヌーの言葉を遮った。セラドの演奏もクライマックス手前でピタリと止まる。トンボとバグランを除く全員の視線を浴びたのはバァバだった。「こぼれちゃった」と舌打ちしながら立ち上がった老婆は巨大ジョッキを握り締めてカウンターに向かい、おかわりを注文する。バグランがエールを注ぐ間、バァバは店の隅でポカンと口を開けているプヌーに向き直り、ギリギリ届く小声で言った。
「ピーピー煩いねえ……。みんな聞いてください。コイツはいけない奴なんです。大切な人を殺したんです。オヤブンブンブンブン…… だからボクは? アァ? だからボクはヒトサマの店で喚き散らすのかい」
「え? あ、いえ、そういうわけじゃないっスけど……」
「どういうワケさ」
「どういうって…… えっと…」
「マッタク。殺るなら閉店後に夜道でブスリとやりゃいいのに」
「それはそれでウチが困るがな。ほら、満タン」
ボヤくバグランからおかわりを受け取ったバァバは、その場で喉を鳴らしてエールを呷り…… 大きなゲップをしてから続けた。
「そうさね。こうなっちまったら決闘するといい。決闘。場所は用意してあげるから…クク」

【後編に続く】

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