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香道具が置かれた場所①:会所と座敷飾り

前回の記事では、香雅堂の朝のルーティーンについて書きました。今回は少し毛色を変えて、私の大学院時代の研究について書こうと思います。大学院では、室町時代の座敷飾りというものを研究していました。座敷飾りの飾りには唐物(からもの)と呼ばれる中国からの舶来品が使用されていました。唐物には掛軸などの絵画、筆や硯といった文房具、茶碗などの茶道具、そして香炉や香合などの香道具といったものが挙げられます。

会所と入れ子構造

座敷飾りとは、寺院や武家・公家の邸宅、主に会所と呼ばれる建物に舶来品であった唐物・唐絵を飾ることをいいます。会所とは、連歌会などの文学的会合や、闘茶などの遊興的な会合のために設置された会場であり、はじめは臨時的な場所でしたが、やがて正式な建物として足利将軍家の邸宅などに組み込まれていきました。こういった場で行われた座敷飾りは「御飾書」と総称される規式書に記されており、代表的な御飾書に『君台観左右帳記』と呼ばれるものがあります。

室町殿南向会所復元図644

宮上茂隆氏による「室町殿南向会所」復元図

御飾書

村井康彦『君台観左右帳記 ; 御飾書』(茶の湯の古典, 1)より『御飾書』

今回は、会所における座敷飾りについてざっくりお話できればと思います。そもそも当時の建築空間は公的な行事などに使用された寝殿などのハレの空間と、日常的な常御所や会所といったケの空間に分かれていました。さらにケの空間には表向きの建築(常御所)と奥向きの建築(会所)が存在していました。さらにその建築の中でも、表向きの部屋と奥向きの部屋に分類でき、その中に飾りの装置(書院・違棚・押板など)があり、そこに飾られたもの……とこのような階層を持っていました。例えば「奥向きの会所」 - 「表向きの部屋」 - 「違棚」 - 「香合」といったように入れ子状になっていることがわかります。この入れ子の構造がとてもややこしく厄介なのですが考え出すと面白く、止まらなくなってしまい、やりがいのありすぎる研究となっています。

とうぐどうどうじんさい

例:慈照東求堂同仁斎書院・違棚飾り
(岡田譲編『日本の美術 第152号 床の間と床飾り』)

飾りの装置と目的

飾りの主な装置は押板(床の間の原型)・書院・違棚と呼ばれる3ヶ所で、いわゆる書院造建築の基本的な飾りの装置です。また、それぞれ飾られるものはパターン化されていたようです。例えば押板には三具足(香炉・燭台・花立)に三幅対(中心の絵を本尊として掛軸を三幅掛けたもの)が正式な飾りとされていました。書院には主に文房具が飾られ、違棚には喫茶椀の中でも価値の高い油滴天目茶碗や茶入れ、花瓶などが飾られていました。

こういった飾りは唐物(中国からの舶来品)がほとんどで、実用性というよりは装飾性を重視して飾られていたと考えられています。つまりは舶来品を展示する目的で飾られていたということです。珍しく貴重な唐物を展示することは、主に将軍や武士の威信材として利用されていたと考えられています。しかし、能阿弥という同朋衆(将軍の近くで芸事や雑事にあたった人々のこと)は室町幕府第六代将軍足利義教邸に天皇が行幸した際に座敷飾りを担当し、千点もの唐物を三つの会所の28の部屋に飾り付けています。これはかなり労力がいる仕事で、秩序を作りつつ飾ったはずです。このような苦労を考えると、皇帝の威信材だけではない、展⽰・鑑賞・贈与など様々な価値があったと考えられます。足利義教邸会所の座敷飾りについては『室町殿行幸御飾記』という書物に記録が残っており、次回詳しく触れたいと思います。

室町時代の座敷飾りで面白いのは日本建築様式である書院造の部屋に、唐物が飾られていたという点です。また部屋の壁や障子、襖には大和絵(日本の風景や風俗を描いたもの)が描かれていたという記録が残っています。

茶の湯には「和漢之さかいをまぎらかす(和漢の境をまぎらかす)」(『山上宗二記』より)という言葉があります。これは茶の湯の祖である村田珠光の言葉であるとされていますが、日本的なものである「和」と、中国的なものである「漢」を調和させることが大事であるというような意味です。日本の建築様式である書院造に大和絵が描かれた壁面、そこに唐物を飾り、唐絵を掛けるという点に室町時代の座敷飾りは茶の湯に言われるような「取り合わせの美」が意識されていたと考えられています。

──今回はここで一旦区切りとさせていただきます。次回は、今回少し触れた『室町殿行幸御飾記』をもとに座敷飾りでは香道具がどのように飾られていたのかをご紹介したいと思います。この記事でちょっとでも座敷飾りの面白さが伝われば嬉しいです。

主要参考文献
・『室町殿行幸御餝記』(『金鯱叢書』第2輯,徳川黎明会,1974年)
・宮上茂隆「会所から茶座敷へ」(中村昌生編『茶道聚錦七 座敷と露地(一)茶座敷の歴史』小学館,1984年)
・村井康彦『君台観左右帳記 ; 御飾書』(茶の湯の古典, 1)世界文化社, 1983
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(一)―室町将軍家の御成―」『金鯱叢書』創刊号(徳川黎明会,1974年)
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(二)―足利義教の「室町殿」と新資料「室町殿行幸御餝記」および「雑華室印」―」『金鯱叢書』第2輯(徳川黎明会,1974年)
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(三)―『小川御所并東山殿御飾図』と『君台観左右帳記』画人録の一考察―」『金鯱叢書』第3輯(徳川黎明会,1976年)
・岡田譲編『日本の美術 第152号 床の間と床飾り』(至文堂,1979年)
・矢野環『君台観左右帳記の総合研究 茶華香の原点 江戸初期柳営御物の決定』(勉誠出版,1999年)
・橋本素子「中世後期「御成」における喫茶文化の受容について」『茶の湯文化学』(茶の湯文化学会,2016年)
[連載]香雅堂の業務月誌
よく学びよく遊ぶを生活の指針にしている香雅堂スタッフまつもとによるお店での仕事やお香、日常に関するとりとめのないこと。
前回の記事:香雅堂のモーニングルーティン

[著者
まつもと
千葉県鴨川市出身の1992年生まれ。多摩美術大学で芸術学や美術史、民俗学を学びつつ、ベリーダンスサークルで踊る日々を過ごす。学習院大学大学院の修士課程で日本美術史を専攻、室町時代の座敷飾りについて研究。2018年より香雅堂スタッフ。

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