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子どもに優しい #親権制 を考える

#共同親権弁護士として 、親権制のあり方を考えていく。

ことば遊びに陥っていては、全く意味をなさない。

単独親権制vs共同親権制という単純な二項対立ではないのだ。

非婚父母には単独親権一択しか用意しない強制的単独親権制と、個別の事案に応じて単独親権になる場合もあるが共同親権を選択する場合がある意味での選択的親権制を共同親権制と呼ぶのであり、原則的共同親権でも選択的共同親権でも細かいことにこだわる場合ではない。

子どもに優しい親権制とは何かというポイントに絞って検討したい。

1 フレンドリーペアレントルールによること

単独親権制を維持する場合でもいいが、とにかく、フレンドリーペアレントルールによる必要がある。現状の監護状況を過度に重視することは絶対に避けなければならない。監護状況にはついては幅があり、命の危険に瀕している状況であれば言語道断であるが、そうでないからといって良好と判断することが可能なのか、あるいは、ある程度落ち着いて暮らしている(だいたいそういうことが多い)状況でも、相当な基準を超えていないことをもって消極的な評価が可能なのかもわからない。しかし、現状は、継続性の原則とも呼ばれ、死なない程度に落ち着いて暮らしていさえすれば、それ自体を評価し、親権者指定の根拠に基礎づけてしまう。これが、子の利益の実現を妨げていることは明白である。

現状、一方親による監護状況が、最低レベルを超えはするが、低水準という場合でも、親権・監護権を維持することができてしまう。他方親による監護状況が、別居親というだけで、どんなに高水準の養育環境を用意していたとしても、ほとんど考慮されない。

100点満点中40点が合格点だとして、別居親が90点台を超える高水準であっても、同居親が40点に到達しさえすれば、同居親が合格してしまう反面、別居親は不合格(親権を失う)ということになる。その後の挽回のために、面会交流を要求する場合には、100点満点であっても、月に1回といった極小頻度の面会交流しか許されないこともあるし、120点を目指さなければいけないプレッシャーに耐えなければならない実情がある。


これは、フレンドリーペアレントルールの視点が欠落している所以である。

子の監護環境を充実させる要素としては、愛情面、経済面、衣食住の生活のお世話諸々の要素があるが、他方親との交流に寛容かどうかも大切になる。

子は、ふたりの親の間に産まれてくるので、本能的に、両親を知ることでアイデンティティを形成し、自己肯定感を育んでいく。父も母も肯定されてこそ自尊心が健全に育っていく。親の否定が、子ども自身の生きづらさを引き起こすのである。

それゆえ、父母による共同養育の大切さを世界は学び、これを可能な限り実践するように努力をしてきた。その結果として、フレンドリーペアレントルールを考慮することになる。

フレンドリーペアレントとして寛容性を備えた90点の親が親権者となれば、経済面が劣るかもしれない40点の親に対しても、親としての尊重を怠らないため、結果、子どもからみれば合計130点分の親からの利益を享受できる(数字は参考のためのイメージである)。

60点ずつの親が、ふたりで共同養育をすれば120点である。

単独親権制+継続性の原則+フレンドリーペアレントルールの不採用の結果、40点の親による、ひとり親家庭が量産されるのであるから、日本の子どもの貧困問題、その背景にあるひとり親家庭の貧困問題を招くのである。


2 経済力を考慮すること

子どもの貧困は、親の貧困に起因する。

だから、親権者の指定に際して、経済力を考慮し、上記寛容性の評価のもと、経済力が劣る側の親のことも排斥しないことで、結果、経済力も愛情も子は十分に享受できることになる。

不思議なことに、日本の現行制度は、親権者の指定に際して経済力を無視する。経済力だけで決定することによって、不適切な親を排斥できないということはあってはならないだろう。

しかし、その他愛情面、寛容性を満たす場合に、経済力の観点を考慮しないことは子の利益を脅かす。

経済力が劣る側が単独親権者として子を監護する場合、経済力がある方の親の扶養義務を全うすべく、養育費の請求が必要になる。

ある程度、今の裁判所は、迅速かつ簡潔に養育費を請求し、回収できる仕組みへと変容してはいるが、実は、養育費を請求するということ自体、当事者にとってはハードルが高い。弁護士からすれば、請求するだけで、一定金額の支払い義務を課すことができるとはいえ、その請求に至るまでのハードルが意外に高い。

養育費の未払い問題が声高に語られる背景には、そもそも経済力を度外視して親権者を指定することにあるかもしれない。結局、泣き寝入りをしてしまうことがあるのも、共同養育を自己責任にゆだねる単独親権制に起因するといってよい。

3 共同養育計画がなくして離婚できない仕組み

子どもに優しい親権制を考える上で、寛容性、経済力とともに大切な構造は、破綻主義の徹底だろう。

破綻によって夫婦関係は終了を迎えることを徹底すると、有責性の主張が不要になる。不倫をしていても、離婚請求をすることができるし、不倫は破綻の裏付けであるから、有責配偶者による請求が権利濫用だからといって離婚させないというような思考にはならない。

別居期間が一定程度経過することに、破綻と判断され、離婚が成立する。

その一方で、子どもの養育環境について、どう整備し、将来的にどのように養育していくか、どんな協力をしていくかについて計画することが要請される。この計画が整わなければ、破綻主義によって離婚できる場合でも、離婚できないことになってしまう。これが、最も苦しい状況なので、カウンセリングや親教育といった知識や心の整理を通じて、共同養育計画を作成することが促され、結局、自ずと共同養育計画の合意に至ることになる。

共同養育計画の合意こそが大切なので、その段階では、もはや、単独親権か共同親権かが重要ではなくなる。物理的な距離や、心理面の状況を考慮して、あえて単独親権を選ぶことだって合意によって実現しうる。単独親権の場合でも、監護権や面会交流権を失わない場合もある。早く、夫婦関係を解消したいという願いが、父母としての成長を促すのである。寛容性を競うことになるので、自ずと共同養育への努力が積みあがっていくのである。

翻って、日本の離婚制度はハチャメチャな状態である。

有責主義による法の規定ではあるが、破綻主義の傾向もあり、別居期間がある程度経過することで、ほぼ破綻=離婚成立という判断になる。この破綻という判断のために必要な別居期間は、短期化する傾向が見られる上、裁判所の運用上、訴訟提起から判決に至るまでの間に1年があっという間に過ぎていくこともあって、訴訟提起があれば、ほぼ離婚判決になるといえる(例外はもちろんある。あまりにも無理のなる離婚請求が行われることは実際存在している。)。

別居期間の短さを補強するテクニックが、配偶者の非難を尽くすことにあるから、モラハラという物理的危害に該当しない類の行動様式を主張するだけでも、非難の形として成立してしまう。嫌だと思ったから嫌なのだ、というものですら通用しやすい。夫婦としての寛容性を完全に欠落しているのだ。

もちろん、単なる他人の間柄を超えて男女として愛情を持つ親密な関係を維持するためには、嫌だと思ったら嫌という気持ちも大切だろう。だから、破綻主義は、幸福に生きるお互いのために大切だ。一方的に嫌悪される側にとってはショックの大きい失恋ではあるけども、だからといって、気持ちのない相手を拘束することは、自分にとっても不幸である。愛されないことほど辛いものはないので、早々に関係を解消し、新しい愛の出会いを探す方が福祉に貢献しうる。

夫婦という他人であれば、それでいいのだ。

しかし、親子は血を分けた唯一無二の関係である。誰も親を替われない。親の役目を代理してもらうことはあっても(里親等含む)、親ではないのだ。

この親子の関係を守るために、夫婦の問題を後退させることが、子どもに優しい親権制と相まって大切な離婚制度なのだ。嫌だと思ったら夫婦ではなくなる、それでいい、しかし、親としての責任ある行動を要求されるのである。その責任を果たさない限り、離婚という褒美を与えないことを徹底するのである。

それゆえ、共同養育のある国は、他方で破綻主義のために、離婚が多いという批判的な評価が見受けられる。しかし、気持ちというのは制度にかかわらず、自然的に起こりうるので、離婚しやすい国は、それだけ夫婦関係そのもののは、愛情豊かな状態であることを裏付けるものであり、愛にあふれていく一方で、離婚しにくい国は、愛のない状態であっても夫婦を解消できないことで苦しむことも起こりうる。どちらが健全であるかは、説明するまでもないだろう。

4 まとめ

親権制のネーミングに興味はない。

強制的単独親権制から選択的単独親権制という表現でもいい。

大切なのは、子どもに優しい、子ども目線の仕組みづくりだ。

フレンドリーペアレントルール+経済力の考慮+破綻主義と共同養育計画

この3点が備わっていれば、それで十分なのである。単独親権制のままでもいい。究極的に、78点と79点の父母のどちらか一方を決定できるほどに裁判所の審査能力が高ければ、単独親権制が、究極に理想的な制度かもしれない。

しかし、両親共に60点以上であれば、あえて、どちらがより優れているかを審理することの意味がないともいえる。その審理のための時間を浪費する方が限られた子育て期間における親の資源として無駄である。となると、共同親権というどちらも親権者になるという選択があることで、裁判所の資源を無駄なく使えることになるだろう。父母当事者たちも、競い合いを続けることのコストを自覚し、共同養育の合意にたどりついていく。

それだけのことを、法改正を待たずして実現していく努力も見られた。だが、しかし、わかりやすく、共同親権法改正を宣言することで、一挙改善を図ろうという話である。

実際、運用の範囲内で変更するテクニック的な裁判所の活用方法も構築し、提案していこうと思う。

ひとまず、親権制の具体的な在り方について、上記のように提言したい。


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