広背筋を変えた出会い

囚人筋トレは僕の生活と体脂肪率を変えてくれた。

病気をして約一年酒を飲んでいないが、ついでに体も鍛えてみようと思いたった。
そのときに出会った一冊の本、ポールウェイド著、囚人筋トレ(原題:Convict Conditioning)。
分厚い本だが、中身は至ってシンプル。
体をBIG6という6つの部位に分け、10からなるトレーニングで段階的に鍛えていく。
器具無し、プロテイン不要。
自分の体、やる気とぶら下がる何かがあればいつでもどこでもできる。

ポールウェイドって誰やねん、という事だが、アメリカで20年そこそこの刑期を食らって服役中に、このメソッドを開発したらしい。
それ以外は謎に包まれている。
インタビューにも応じない。
細かいことは気にするなということか。うーん、アメリカン。

仕事を辞め、お金もなかった僕には朗報だった。
ジムも、プロテインもいらないならお金がかからない。
僕は本に書かれている通り、各部位をレベル1から始めた。
まずは壁に向かって腕立て伏せ。
NHKの体操みたいだが、本に則りゆっくり回数をこなす。
最後の数回、腕が疲労で痙攣する。
しかし、何度もこなすうちに決められた回数をクリアできた。

ジムにも通ったことがある。
しかし、筋肉はつかず、残ったのは会員証、そして払った月謝だけだった。
だが、囚人筋トレは違った。
至ってシンプルだが、僕に筋力という結果をもたらしてくれた。
確信めいたものをこのプログラムに見出した。

それから僕は、週二回、愚直にトレーニングを実践した。
伸びないレップ数にもめげず、あらゆる場所でトレーニングをした。
リビング、広場、公園。
周囲の冷ややかな目線を弾くメンタルも、同時に鍛えられた。

自重トレーニングは発想も豊かにしてくれる。
歩いているとき、ぶら下がれる場所がないか探す癖がついた。
ある時は雲梯、ある時は公園の木、そしてバスの停留所。
僕の視野は確実に広がり、自分の中に懸垂のためのポイントが増えていく。
懸垂MAPという地図情報も初めて知った。
同時に、僕を訝しむ目線は鋭さを増す。

囚人筋トレは食生活を変えた。
本来は内容は気にせず、決められた時間に食べることを是としているが、僕はもっと結果を出したかった。
タンパク質と野菜を中心とした食生活。
大好きだったファミチキをやめ、サラダチキンを頬張る。
口の中がパサパサになる。
たくさん噛むようになった。
夜はサラダ。
年貢のような大量の野菜を、ひときわ大きな容器で混ぜる。
洗い物が面倒だから、トングでそのまま掴み、口に運ぶ。
女子大生ならこうはいかない。
妻も一緒に食べる。
だが、少し物足りなさそうだ。

囚人筋トレは睡眠も変えた。
筋肉を休ませ、回復させるためには睡眠が最重要だ。
10時には寝るようになった。
4時に目が覚める。
外に出ても、どこも何も空いていない。
僕は絶望の意味を知った。

囚人筋トレは僕に話題をくれた。
それまでの僕は、ムダな知識のひけらかしと誰も聴かない音楽しか話せなかった。
だが、今はあらゆる部位の筋肉を話題にできる。
そして、頼まれてもいないのに片手腕立てと片足スクワットを見せつける。
周囲はだいたい引いている。
それでもいい。
僕の筋肉は喜んでいる。

囚人筋トレは僕に目標をくれた。
病気で死にたくなったときも、まだ到達していないステップが僕を引き止める。
今年の目標は、片手懸垂ができること。
そして、いつかはリンゴを片手で潰したい。
握力100キロは必要らしい。
そして、潰したリンゴでジュースを絞る。
それを誰かに飲んでもらいたい。
深夜、母に告げると、彼女は怯えた目で僕を見た。

囚人筋トレは僕に沢山のものを与えてくれた。
もしかすると、人生を変えたのかもしれない。
もし、公園に不審者がいると通報されたら、それはきっと僕のような人だろう。
彼らもまた、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、筋トレに励んでいただけたなのだ。


ああもう読んでくれただけで嬉しいです。 最後まで見てくださってありがとうございました!