スタジオジブリの鈴木敏夫さんの最新著作「南の国のカンヤダ」の感想をご本人にメールしたら、、

みなさんご存知のように(?)僕はスタジオジブリの鈴木さんをずっと追っかけてるじゃないですか。

仕事で行き詰まったら、近所にあるスタジオジブリの周辺を散歩したり、「もののけ姫はこうして生まれた」とか「夢と狂気の王国」で鈴木さんが頭を抱えてたり、怒ってたりするシーンを見て元気を出すくらいには、あるいは鈴木さんのラジオ番組「ジブリ汗まみれ」をポッドキャストで気に入った回は10回くらい聞くくらいには追っかけてきたわけです。

そんな鈴木さんの出される本はもちろん全て読んできてるのですが、最新作「南の国のカンヤダ」は個人的に最高すぎて立て続けに2回読み、この本について誰かと語り合いたいのに周りに読んでる人がいない!!っていうかそもそもこんな本が出てること自体僕が知らなかった!!

で、そっとFacebookで「面白かったよー」って投稿したんですね。そしたら友人で以前鈴木さんの下で仕事していた映画プロデューサーの石井さんが「その感想鈴木さんに伝えたほうがいいです!」ってLINEくれたんですよ。

少し以前に石井さんに引き合わせていただいて、鈴木さんの仕事場である「レンガ家」で少しだけお話しただけの間柄だったのですが、お礼のメールのやり取りはしていたので、確かに直接感想を伝えることはできるわけですが、そんなこと考えもしなかった。

でもなぜか思い切って送ってみようと思って、今朝1時間くらいかけて感想メールを書いて鈴木さんに送ったんですよ。

そしたらすぐにこんなお返事が来ました。(ご本人に許可をいただいて転載しています)

本の感想をありがとうございました。
もう凄く嬉しかったです。
それもこれも的を得た意見が多かったからです。
指摘を受けて、ああ、そういうことだったのかと
あらためて、自分が何を書いたのか、思い知らされた箇所もありました。
得てして、そういうものですね。
これまでは、求めに応じて本を出して来ました。
今回は初めて、自分で書きたいモノを書きました。
この夏、70歳になるので、
そろそろ、自分という人間がどうやって出来上がったのか、
考えてもいいかな、そんな事を考えながら書きました。
ついでといっては何ですか、
その背景となる時代と場所、その影響も大きかったはずなので、付け加えました。
ともあれ、それもこれも、
カンヤダとの出会いがぼくをして、そうさせました。
この本、売れそうにも無い企画なので、
絶大なる応援をよろしくお願いします。
この文章、何処かへ発表して下さい!笑。

「この文章、何処かへ発表してください!」ですってぇぇぇ!!!

「しますとも!」

ということでこの記事をしたためております。以下が僕が鈴木さんに送りつけてしまった感想です。

鈴木さん
おはようございます。先日石井朋彦さんにご紹介いただき、レンガ家にお邪魔させていただいた、クラシコムの青木と申します。

その節はお忙しい打ち合わせの合間にご案内いただきありがとうございました。

今日は先日拝読した鈴木さんのご著書「南の国のカンヤダ」が立て続けに2回読んでしまうほど面白く、また個人的にずっと考えていることをさらに深めてくれる内容で、もしかしたら過去のご著書のなかで一番好きかも!と思い、感想をお伝えするべくメールを送信させていただいています。

カンヤダさんが「いまここ」を生きている様子を読みながら、自分は真逆で「過去」と「未来」にしか意識が向いていなくて、「いまここ」には全く存在していないも同然だなぁと思いながら読みました。

そして鈴木さんが「いまここ」に生きていることと、ディテイルの記憶が克明であること、センスがあること(ファッションや動作の)の相関性について示唆されていて、過去に鈴木さんが宮崎さんの才能の源泉は記憶力だとおっしゃっていたことと繋がり、記憶力の源泉は「いまここ」への集中なんだなと腑に落ちました。

あとこの本の面白さは鈴木さんをはじめとしたカンヤダさんに関わる人たちが「近代合理主義」的観点で考えると説明のつかない行動をとり続け、そしてそれを近代合理主義的に説明しようとしたり、正当化しようとしたりせず、どこかその様子を客観性を持って「なんで自分はこんなことをしているんだろう?」と観察しつつも、自分の感情や衝動に過度なブレーキをかけずに行動されているところです。

そして本の最後までいわゆる「大円団」にはならず、「いまここ」の連続の記録になっているのは、文中で鈴木さんが映画をシーンでご覧になると書かれていたことにも通じるなと。そしてそのシーンが100%カンヤダさんらしい強いシーンなので、かえって変にわかりやすい起承転結な感じになっていないことも、読後にしばらく反芻がとまらない理由なのかもなと。

浅草で着物で散策するシーンやパクトンチャイで鈴木さんたちがなんてことはない、でも天国みたいな1日を過ごすシーンは美しいし、鈴木さんが「きみのお父さんになる」とおっしゃったシーンは美しかったです。

エピローグとして高畑さんのことが対比として紹介されていて、勝手な想像ですが、カンヤダさんについて描くことは高畑さんじゃなものを描くことで、結果的には高畑さんとはどんな方だったのかを改めて整理する取り組みでもあったのかなと感じました。そして鈴木さんが書かれた高畑さんについての文章や発言の中で一番同情的というか、高畑さんが抱えていた苛立ちや哀しさに共感がある内容だった気がして、それもカンヤダさんを描くことで改めて高畑さんとはどういう存在だったのかが鈴木さんの中でアップデートされたんじゃないかなと思いました(すいません勝手に、、)

レビィ=ストロースについての部分もとても興味深く読みました。彼の著作をちゃんと読んだことがない不勉強な人間なのですが、エンジニアリングとブリコラージュ、エンジニアリングするための能力としてのスキルとブリコラージュするために必要なセンスということにとても興味があり、センスとはいかにして育まれるものなのか、生かされるのものなのかということが個人的な思考テーマだったこともあり、カンヤダさんの「いまここ」→「記憶力」→「センス」という相関関係とブリコラージュが一緒に語られてるのは興味深かったです。

この辺のテーマについて弊社のコーポレートメディアで編集者の若林恵さんという方と対談させていただいているので、お時間があるときに読んでいただけたら嬉しいです。https://kurashicom.jp/3038

五月雨に思ったことを書いたらかなり長くなってしまいました。。とにかく本がとても面白く、嬉しかったんです。今後もラジオや記事やご本など鈴木さんのアウトプットを心から楽しみにしています!

この感想メールを読んでどこか一つでもピンと来た人には絶対オススメの本当に面白い本だったし、ぜひこの本について喋りたいので、ぜひ僕の周囲の人は読んでし欲しいし、僕の周囲にいない人にもぜひ読んで欲しいなと思います。


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青木耕平

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