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建築を学ぶ人のためのVR-思想・概念編

このnoteは建築の設計者・研究者向き、VR概論3本セットの2本目です。開発編思想・概念編事例編からなり、今回は思想・概念編。

VRの基本の思想や概念、建築の視点から考える上で参考になりそうな考え方をなるべくシンプルに整理しています。

1.VR、AR、MRって何が違うの?

「VR,AR,MRってどう違うの?」とよく聞かれるのでここから始めてみます。

まずはVR。

Virtual Realityという語は、VRの父といわれるジャロン・ラニア―が、1989年にVPL Researchという会社で開発した技術を表現するのに用いたのがはじまりといわれたりします。

思想自体は随分前からあり、VRに近いアイディアはずいぶん前から研究されていました。

TelepresenceやらCyberspaceやらいろんな近しい概念があります。別の世界に入り込むようなイメージ。

次にAR。

AR(Augmented Reality, オーグメンテッドリアリティ)は「拡張現実」と訳されます。augmentは「増やす」みたいな意味。実風景にデジタル情報を「追加」するイメージです。

コロンビア大学のスティーブン・フェイナーが1993年に提唱しました。シースルー型のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を用いて目の前の実風景にCGビジュアルを合成する際に用いられました。

HMD自体はそれ以前から存在しましたが、リアル世界とバーチャル世界をシームレスに接合する領域が誕生し、それに名前が与えられたことに意義がありました。

最後にMRです。

1994年にポール・ミルグラムが、それまでのVRやARの概念を整理しつつ、Mixed Realityという概念を提唱しました。

以下の図がわかりやすい1)。

Virtual EnvironmentとReal Environmentの連続があり、世界がどのくらいのデジタル情報のリアル情報の比重でできているかによってARとAVを区別しました。ARは実風景にCGを重ねるイメージ。AVはバーチャル世界に現実の人の姿やモノを一部取り込んで表示するイメージでしょうか。

そしてARとAVを包含してMR(Mixed Reality)と定義したわけです。

MRやARの概念が語られる場合には上の図で整理されることもしばしばです。

基本的に上の流れを抑えておけば問題ないかと思われますが、他にわかりやすい区別として、大黒岳彦の整理があります2)。

大黒は、VRがバーチャルな世界とフィジカルな世界を対比させる「二世界論」なのに対して、MRはフィジカルとデジタルの情報を等価にあつかう「二要素論」であると述べ、

VR→二世界論
MR→二要素論

として区別しました。二つの世界が並べられるか、一つの世界の中で2種類の情報があるか。

ARはMRの亜種で、MRがフィジカルとデジタル情報を完全等価に扱う(2種類の素材がミックスされている)概念であるのに対して、ARはあくまで現実世界に重きがおかれたうえで実風景に「追加」されるものとしてデジタル情報が扱われています。そのスタンスにMRとARの概念の差があると大黒は整理しました。

これはこれでわかりやすい。

言葉を整理してみると、

VR=Virtual Reality(人工現実感、仮想現実)
→ジャロン・ラニアーにより1989年に用いられた。
→二世界論

AR=Augmented Reality(拡張現実)
→実風景+CG。1993年にスティーブン・フェイナーにより提唱。
→実風景>デジタル情報


MR=Mixed Reality(複合現実感、複合現実

→ポール・ミルグラムがVEとREの連続体の中で概念を再構築。
→二要素論
→実風景=デジタル情報

みたいなかんじです。

ちなみに、追加で2つ重要なことがあります。

まず1つ目。建築の日本の研究論文での「VR」という言葉は、ディスプレイやブラウザで扱われる3Dモデルや画像などを総称して言われることが多いです。したがってVRで論文検索するとウェブブラウザとかばかりでてきます。

2つ目。VRは周辺概念が多く、言い方にもかなりゆれがあるので注意です。

概念の流れとしてのゆれもありますし、用語の使い方にもバラツキがあります。

例えばWindowsのサービスでは、MRという言葉の中にVRが包含されてたりします。ARとMRの区別もぐちゃぐちゃで、なんとなくスマホとかをARと呼び、HololensをMRと呼ぶようなふわふわした雰囲気もあります。

正直なところ、上記の流れを理解した上で、「現代ではかなりふわふわしているんだなー」ということを理解していれば十分な気がします。

補足として、これまでのVRにまつわる概念を整理して並べてみました。少し細かいですがこんな感じ。

例えばTelepresenceやTelexistenceはバーチャルリアリティの一領域とみなされます。他にもSynthesyzed realityや5Dや、スュードー・エンヴァイロンメント(疑似環境、リップマンによる)などといった様々な言い方や周辺概念があります。

以上、VR、AR、MR及びその周辺を整理してみました。

2.VRの定義を考える

VRの定義について少し深ぼります。

VRの定義、研究はいろいろありますが、ここでは建築分野にいる人がリファレンスしやすい存在として、日本VR界の重鎮である舘や廣瀬らによる定義3)に依って考えてみます。

舘らは、VRを

そこにない(現前していない)にもかかわらず、観察する者にそこにあると感じさせる(同一の表象を生じさせる)もの

であり、

人間が実際の環境を利用しているのと本質的に同等な状態でコンピュータの生成した人工環境を利用することを狙った技術

として捉えました。

そして理想的なVRシステムが持つ特質として以下の3要素を挙げました。

3次元の空間性
人間にとって自然な3次元空間を構成していること
実時間の相互作用性
人間がそのなかで、環境との実時間の相互作用をしながら自由に行動できること
自己投射性
その環境と使用している人間とがシームレスになっていて環境に入り込んだ状態が作られていること

下のような図で整理されていて、①+②+③がそろっているのが理想的なVR(舘らによる図をもとに石田作成)。

①の三次元の空間性は、理解しやすいです。リアルスケールの空間、光、テクスチャによってまるで現実のような世界が再現されていること。

②は実際にそのなかで首をふったり歩き回ったり、首をふったりして空間のなかで自分が動くことで空間認識が変化するという感覚。

③の自己投射性は、没入感でしょうか。

上の図によって考えてみると面白い点があります。ウェブブラウザは②だけが再現されているVRとみれるし、立体音響は①と③が部分的に実現されたものとみれるかもしれません。

HMDは①+②+③とみてよいのではないでしょうか。

定義を踏まえることで、多様なVRをマッピングして区別しながら眺められるようになります

3.実存的空間と移動ーシュルツ

ここから、VRの定義を踏まえながら、建築の概念をVRと結び付けて整理してみたいと思います。

まずはシュルツから。

シュルツという人がいます。実存的なアプローチで空間の研究をしたことで有名です。

実存とは「建築屋は物理的な形態の話ばっかしとるが、物理的特性だけじゃなくて人の好みとか見方とかによってはじめて”空間”というものは生まれとるんじゃろーがー!」と主張する立場です。

『実存・空間・建築』で有名なシュルツは、実存的空間を「場所」「通路」「領域」という3つの要素の構成で捉えたうえでこんな風に述べました4)。

「場所は、実存の意味作用を担う出来事を体験する目標あるいは焦点であるが、また、われわれ自身を定位し、環境を手中に収めるときの拠り所とする出発点」

であり

「環境を獲得してゆくとは、通路や場所を手段にして、環境を構造化し、諸領域に分割してゆくこと」

簡単に言うと、移動しながら空間を経験することで、複数の空間を関係づけて捉えることが可能になるよね

ということと思います。

模型でも複数の空間の関係性は捉えられますが、「狭い空間のあとに天井の高い空間がくるととても開放的に感じられるなあ!」みたいな空間の連続的な関係性の中で生まれる経験は、VRならではかと思います5)。

3'. 研究アイディア : いくつかの移動を組み合わせて、街のUXを設計に反映

移動と空間の経験のかかわりを踏まえて、数種類の移動を組み合わせる設計体験が重要なのではないかと最近思うようになりました。

建築設計って住宅の敷地の中だけじゃなくて、駅からどうやってくるかとか、車は南から入るから南に駐車場つくろうとか、周辺環境とのかかわりあいのなかで作るものです。

なので「駅からこう歩いてくるからこっち玄関にしよう」とかやるんですけど、バスに乗ってくるのと電車に乗ってくるのとタクシーに乗ってくるのと、同じ家に着くのでもずいぶん違う体験なはず。

バスでずっとたちっぱでやっと帰ってきたら一瞬玄関で休みたいとかもあるじゃないですか。そうすると少し広い玄関だと嬉しい。逆にいつもタクシーなら別に休む必要もない。

周辺の多様な移動体験も含めてVRの設計環境を作り上げることで、設計対象を簡単に認識できるだけじゃなく、街に暮らすUXそのものの中で設計を考えていくことが誰にでもできるようになるんじゃないかなあと思います。

4.身体と空間ーメルロ・ポンティ

2人目。メルロ・ポンティという人がいます。現象学の研究者で『知覚の現象学』を書いた人です。

メルロ・ポンティは、人間が環境に入り込むことを、空間のなかに自らの身体を位置づけることとして捉え、身体と空間の関わりを通して人は世界を享受していると考えました6)。

ちょっと話はずれますがエルンスト=マッハの自画像は興味深い。

この絵から得られるインサイトのポイントは、

「視覚情報の中では自分の身体と環境は等価な情報のはずなのに、人はそこから自己を切り出しているよね、不思議だね」

という話です。

逆に考えると、環境をいかに作り上げるかは自分を作り上げることでもあると考えることもできます。

例えばVRのなかでのアバターが背の低い老人だとしたら、そこでは自分は背の低い老人なのではないか。

同じ広さの空間の中で、自分の身体が二倍に膨らんだら狭いと感じるし、二分の一になったら広いと感じます。

世界は基本的に自分の身体を基準に配置され、認識されているはずなので、どう身体を作るかということは「どう空間を作るか」ということそのものであるのです。

4'.研究アイディア : 別の誰かの身体で設計する

そんなことを考えていて最近ずっと頭から離れないことが。

「おじいちゃんの身体で設計に参加したら?」
「猫の身体で設計に参加したら?」
「妊婦の身体で設計に参加したら?」

視点の変更というのは結構VRではメジャーなテーマですが、建築設計でそれをやったのをまだみたことありません。

例えば自分がおじいちゃんの身体で、動きがのろければ、ちょっとした距離も遠く感じるかもしれません。

VRのなかで老人の身体を認識できれば、設計における距離の感覚や高さの感覚も変わるはずです。

ダイバーシティとか、多様性に配慮した設計とか言ってみても、その人たちが本当のところどのように世界を知覚しているかはわかりません。

しかしVRなら、実際の知覚に近い形で空間を経験できます。そのことは設計のスタンスそのものを変える可能性があります。想像するより体験する方が何倍も早く、何十倍も強力です。

「身体」というテーマはそんな方向にも発展できるはずです。

5.空間の経験と五感ーイーフー・トゥアン

イーフー・トゥアンという人がいます。

この人は

「空間の経験においては、なにより運動が大事だよね。そして視覚も超大事。さらには触覚もけっこう大事だよね。このへん抑えるのがマストで、あと聴覚とか嗅覚はそこそこ大事ね」

みたいなざっくりした話をしました7)。

実際に歩き回ったり、首を振ったりできるのが「運動」です。これはシュルツのいう移動にも近いかもしれません。

そして視覚、触覚の情報が大事、と述べたんですが、聴覚と嗅覚がめちゃめちゃ大事なのではないかという気が僕はしてきています。

僕たちはしばしば匂いや音で空間の大きさを測ったり、人との距離感を測ったりします。

ちょっと汗臭い人がいたら「なんか近いな」という距離はわかるし、匂いがこもっていたら「部屋狭いな」とか「空気の巡り悪いな」とか感じたりします。

音が響いていたら広い空間に感じたりします。実際には広くても、吸音材が貼られまくって音が反響しない空間だと妙に狭く感じるときもあります。

要するに僕たちの空間の認識は、視覚や移動だけでなく、音やにおいや、あるいは坂を登る筋肉の張りといった複層的な情報で構成されています。

したがって「どの情報をVRで再現するか?」ということはすなわち「どういう空間をそこに表出させるか?」ということそのものでもあるので、空間の経験を構成する情報という観点から匂いの研究すると、面白い気がします(サーベイはしてない)。

まとめ

近年VRを用いた建築ツールの開発はめちゃくちゃありますが、こうしたVRツールの「メリット」は明確でだいたい同じ。

「施工の短縮や内覧が不要になるなどの効率性の向上に加え、スムーズな意志決定に役立った!」

これ以外ほとんどみたことありません。

単なる確認ツールではなく、設計プロセスそのものを変え、新しいフェイズの創造性を開くツールとしてのVRの可能性を探求していく必要があるのではないか、と僕は考えています。

そのためにはVRを通した空間の経験とは建築的にどんな要素が面白いのか?どんな可能性があるか?ということを根本から考え直していかないといけません。

そしてそのために、思想や概念のレベルで考えていく必要があると思っています。

ポイントとしては、いったん概念を考え直すことで、

「数種類の移動によって町全体のUXを設計に持ち込めないか?」
とか
「老人や動物の空間認識を設計に持ち込むことで新しい設計スタンスを醸成できないか?」
とか
「VRで構成されている空間の質を、構成元の情報で整理できないか?」

などの方向性が少し見えたことです。

今回扱った概念を少し整理すると、

①VR、AR、MRの定義の整理

VR=Virtual Reality(人工現実感、仮想現実)
→ジャロン・ラニアーにより1989年に用いられた。
→二世界論

AR=Augmented Reality(拡張現実)
→実風景+CG。1993年にスティーブン・フェイナーにより提唱。
→実風景>デジタル情報


MR=Mixed Reality(複合現実感、複合現実

→ポール・ミルグラムがVEとREの連続体の中で概念を再構築。
→二要素論
→実風景=デジタル情報

②VRの定義(舘、廣瀬)

3次元の空間性
人間にとって自然な3次元空間を構成していること
実時間の相互作用性
人間がそのなかで、環境との実時間の相互作用をしながら自由に行動できること
自己投射性
その環境と使用している人間とがシームレスになっていて環境に入り込んだ状態が作られていること

③建築の概念とVRの関係から広がる考察と妄想

移動と実存的空間(シュルツ)
→移動を通して空間を複数の空間との関係性の中で理解できる
→数種類の移動によって町全体のUXを設計に持ち込める?

身体と空間(メルロ・ポンティ)
→人は身体との関わり合いの中で空間を把握している
→身体を変えることで空間の認識が変わり、設計そのものが変わる?

空間の経験(イーフー・トゥアン)
→「どの情報をVRで再現するか?」ということはすなわち「どういう空間をそこに表出させるか?」ということそのもの。
→VRで構成されている空間の質を、構成元の情報で整理できるかも→設計への応用?

でした。

今回は思想・概念編でした。

引き続き、事例編を書いていければと思います。

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1) A Taxonomy of Mixed Reality Visual Displays, Paul Milgram and Fumio Kishino, 1994
2) ヴァーチャル社会の〈哲学〉―ビットコイン・VR・ポストトゥルース, 大黒岳彦, 2018
3) バーチャルリアリティ学, 舘暲, 佐藤誠, 廣瀬通孝, 2010
4) 実存・空間・建築, ノルベルグ・シュルツ, 1973 
5) VRを通した空間の経験が設計プロセスに与える影響 建築設計における創造的プロセスを支える対話ツールとしてのVRに関する研究(その1), 石田康平, 酒谷粋将, 田中義之, 千葉学, 2019
6) 知覚の現象学, メルロ・ポンティ, 1967
7) 空間の経験, イーフー・トゥアン, 1993

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