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人のつながりと社会的共通資本

今回は別のnoteで紹介した川添先生の授業の参考として、僕が書いたレポートを一つ公開してみたいと思います。最高な形とは思わないけれど、参考として。

授業についてご覧になっていない方はまずは授業についてのnoteから読んでみてください。

人のつながりと社会的共通資本

建築設計学第二レポート
課題図書:『社会的共通資本』宇沢弘文
レポートタイトル:「人のつながりと社会的共通資本」
氏名:石田康平(東京大学大学院 修士1年)

【本書で提示された概念:社会的共通資本】

 本書で提示されている概念のうち、私は「社会的共通資本」に注目した。
社会的共通資本とは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」である。加えてそれは「私有ないしは私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営」される。その意味で社会的共通資本は私的な資本とは対置の概念である。
 また社会的共通資本の管理は「それぞれの分野における職業的専門家によって、専門的知見にもとづき、職業的規律によって」管理・運営される。宇沢によれば「社会的共通資本の管理、運営は決して政府によって規定された基準ないしはルール、あるいは市場的基準にしたがっておこなわれるものではない」。

【対比される概念:プラットフォーム】

 一方で、対比する概念として「プラットフォーム」という概念を考えたい。これは広く様々な意味で使われる語であるが、ここではアレックス・モザドとニコラス・L・ジョンソンによる『Modern Monopolies』を踏まえて議論を行う。
 『Modern Monopolies』では、プラットフォームはひとつのビジネスモデルとして提示されている概念であり、商品を売るのではなく、「一般の人々の生産と消費活動を円滑にし、ネットワークを醸成することでそこから利益を得る」というビジネスモデルであるとされている。例えばウーバーがその例であり、タクシードライバーと乗客をマッチングさせることで、一般の人々がタクシーという役割を「生産」し、また消費するネットワークを構築した。つまり、一般の人々が行う生産活動(運転)と消費(乗車)を結び付けているのである。
 こうしたモデルにおける一番の価値はそのネットワークにあり、ネットワークの規模と質がプラットフォームの価値を決定づける。ネットワークは、醸成するまでの困難がある一方で、一度醸成されると、自己組織化して発展してゆくものでもある。
 従来の多くのビジネスでは、企業が商品を生産・販売し、消費者はそれを購入する、といった構図がみられた。これをアレックスらは「直線的なビジネス」であるとしており、「直線的なビジネスが、商品やサービスを作ることで価値を生み出すのに対して、プラットフォームはつながりを作り、取引を「製造」することで価値を生み出す」としている。
 生産者は、そのプラットフォームを用いて新たなイノベーションや生産をおこなえると同時に、そのプラットフォームを活用することで消費者にとっても生産者にとっても取引が楽に行えるようになる。
 こうしたパラダイムの背景は彼らによればコネクテッド革命である。第一に高い処理能力と記憶容量をもったコンピュータが一般に安く普及したことで、人々はプロフェッショナルなツールを安価で使えるようになった。第二に通信コストが大幅に下落したことでさまざまな価値のシェアがきわめて容易になった。第三に、ユビキタスなコネクティビティとセンサーが普及したことで情報が大量に取得されるようになったとともに、それらの処理技術が発展したため、ユーザーの状態の把握やマッチングの最適化といった処理が現実的に可能になった。こうしたコネクテッド革命による変化を背景に、企業が価値を創造していた状態は、消費者も価値を創造し提供できる状態へとシフトした。

【考察:ネットワークの在り方の変化】

 宇沢の提示した社会的共通資本について述べたうえで、現代において影響力の大きなビジネスモデルとなりつつある「プラットフォーム」という概念を提示した。
 私は、プラットフォームは、新たな社会的共通資本となりうるものであると考えている。なぜなら、農業にしても、教育にしても、輸送にしても、消費者と生産者が互いに需要と供給を満たしあう場となり、そのことが人々の生活を豊かにすることに寄与しているという点において、「人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」と呼べるし、そうした管理を行う主体は政府ではないものの、統治システムとは離れた職業的専門家によって行われている(もちろん市場原理の影響は大きく受けているが、従来の市場原理とは大きく異なる概念であることがアレックスらによって指摘されている)。もちろん、プラットフォーム上での倫理は重要であり、これらは政府の基準・ルールには必ずしもよらないかたちで運用されている。
 社会的共通資本は社会のありかたに沿ったものであると考えられるので、宇沢の主張した社会的共通資本は、家族を中心とした近代的な社会の枠組みを前提としていたのではないかと思う。それは例えば国家を統治機構としてではなく監理機構としてみなしながらも、社会的共通資本を「政府、公共部門の果たしている機能を経済学的にとらえたもの」とし、従来の政府のありかたを下敷きとした社会的共通資本を提唱していたことからも読み取れるし、その後の農業における提言で、近代家族的価値観をベースとしたような組織体制を提示していることからも読みとれる。
 アレックスらによれば、プラットフォームはコネクテッド革命によって引き起こされたものであるが、それは単なるテクノロジー的な変化ではなく、人々の新たなつながりの希求と連動している。近代的家族の在り方の変容と限界もしばしば指摘され、その破綻が明らかになりつつある昨今、新たなつながり方が提供され、人々はこれまでとは異なったつながりを作り始めている。その要求とコネクテッド革命は相互作用しながら、プラットフォームの構築を可能にしてきたのではないか、と思うのである。
 つまり、宇沢が提示したような概念のなかにある社会的共通資本と、プラットフォームという新たな社会的共通資本を対比させたとき、そこには決定的に、社会における人のつながり、ネットワークへの向き合い方の差が浮かび上がってくるのではないかと思う。
 そのことは、社会的共通資本の性質を考えるにあたり、本質的な思考軸であるべきなのではないか、と思うのである。
 宇沢の主張によれば、社会的共通資本とは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」である。ここで上記の思考軸を導入すると、「一つの国ないしは特定の地域に住むすべての人々が」という部分が、現代においては破綻していることに気が付く。国を越境したつながりはますます強まっているし、特定の地域にしか住まないひとも減少している。様々な地域で、自由に様々な人とつながり、さまざまに協働関係を結んでいるのが現在である。だからこそ、プラットフォームが新たな社会的共通資本たりえるのであり、逆に言えば、宇沢の主張する社会的共通資本はある部分において破綻しつつあるといえる。
 新たな社会的共通資本の登場は、いうなれば社会の変化にともなう当然の帰結であり、こうした社会の変化に反応できていない「資本」は今後淘汰されていくと考えられる。今後さらに社会的共通資本を考えるときには、人のつながり方を中心にすえながら、社会と社会的共通資本の関わり方について検討していくことが必要になるのではないだろうか。

【建築・都市への考察】

 社会的共通資本となるシステムや都市、建築はどのようなものであろうか。家や、車に対する人々の所有欲が薄れ、シェアリングやシェアハウスが一般に広く受け入れられるようになったが、それは、固く強いつながりのなかに閉じ込められていたものが、人のつながりの変化に伴って社会のなかに放り込まれるようになったということではないかと思う。必要な機能を一つの組織が統括しシステムが運営されるというような、単純な図式の社会的共通資本ではなく、人々が少しずつ価値を提供し合い、相互に監理しあうような在り方が求められるのではないかとも思うのである。
 しかしそれは、建築空間を開放的にしたり、外部の人が入り込んでふるまえる空間をつくったりする、というような単純なことではないし、フリーマーケットのように、プラットフォームシステムを運営するための空間が与えられるだけのことではないように思われる。その背後には、人のつながりと仮想空間への人々の没入がある。
 人々は今後ますます、仮想世界に入り込むようになるだろう。我々はすでにSNSをはじめとする仮想空間に没入しており、ゲームに浸り、VR世界にSNSを移行しようとしている。仮想空間にあっては、単なる「場」は、仮想的に用意できてしまうし、そうした柔軟で、どこからでもアクセスできて、好きなようにカスタマイズできる「場」は、むしろ新たな社会的共通資本となるだろう。人のつながりを中心に据えて「空間」を社会的共通資本として考察すると、仮想空間の台頭は見逃せない事象であるし、物理的な空間の価値はますます今後下がっていくように思われる。
 仮想空間を建築としてみなすことが重要である一方で、物理的空間の豊かさも同時に問わなければならないし、「物理世界だからこそできる建築の役割」を明確に提示していくことが、今後建築家に求められる役割なのではないかと思う。

【参考文献】

『社会的共通資本』宇沢弘文
『Modern Monopolies』Alex Moazed & Nicholas L. Johnson
『HOW TO MAKE OUR POST-PRIVACY ECONOMY WORK FOR YOU』Andreas Weigend


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