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10年、356ページ。かものはしの報告書をつくりつづけて。

今年6月に、かものはしプロジェクトの2019年度年次報告書ができた。これで10冊目。つまり10年間ずっとかものはしの年次報告書を作り続けてきました。同じNPOの年次報告書を10年間作り続けてきたデザイナーってほとんどいないのでは?とおもうけどどうなんでしょ。

10年間依頼し続け、作り続けさせてくれたかものはしに感謝。そしてときには厳し目だったかもしれない僕の意見を快く受け止めてくれたことにも感謝。

せっかくなので振り返ってみようと思ってずいぶん時間がかかってしまった。どういう視点で描くか迷ったけど、考えるといつまでもまとまらない気がしたので、思うままに振り返ってみようと思います。

なので、このnoteは「NPOの報告書の作り方」のようなすてきなコンテンツではなく、ただただ、いちデザイナーとして作ってきた10年間を振り返っているだけのnoteでだらだら長いです。しかも書き足したりとかしてるので流れがバラバラで読みにくいかもです。


はじまりは10年前

今でこそ年に4、5団体くらいの年次報告書を作らせてもらってるけれど、全ての始まりは、10年前。2010年か2011年くらいかな。

新卒で勤めていた広告会社をやめて、新婚旅行世界一周に旅立ち、1年ちょっとして帰国しサステナ(ソーシャルクリエーティブエージェンシーって言ってた)という会社でデザイナーとして働いていた。

その名の通りソーシャルな仕事ばっかりするデザイン会社で、そのとき動いていたおおきなブランディングの仕事のWEBのコーディングを、当時はIT事業部(コーディングとかの仕事で稼いでカンボジアを支援してた)があったかものはしに依頼していて、かものはしの担当窓口が平田さん(弊社サイカンパニー社長)だった。

そのWEBを依頼していた案件はまぁ色々と大変だったのだけどそれは置いておき、フリーでの仕事も受けていいという契約だということを平田さんに話したら、かものはしの年次報告書を作ってくれないか、と相談を受けて作ることになった。(制作費はめちゃくちゃ安かった)


2010年度(1年目)

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そんな流れで作ることになった1冊目の2010年度年次報告書。まずは報告をきちんと伝えるための写真が必要だなと思い探してみるものの、いい写真が全然ない。ということで、情熱大陸を見て知っていた(というかちょっとファンだった)フォトジャーナリストの安田菜津紀さんに写真提供など協力してもらえないか聞いてみようということになり、平田さんがTwitterのDMでコンタクトを取り、協力してもらえることに。

そして、大企業のブランディングとかをしているよーこさん(坂之上洋子さん)もかものはしのブランディングを手伝っており、一緒に作ることになって、あれよあれよとすごいチームができてしまった。

安田さんの写真とよーこさんのコピー「だまされて売られる子どもを守りたい」と「子どもが売られない世界をつくる」で表紙が完成した。

中面も安田さんの写真を使わせてもらいながら、よーこさんにアドバイスをもらい完成。32ページ。

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本木さん、村田さん、青木さんの代表3人。みんな若いなぁ。

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レイアウトやデザインは今見ると恥ずかしいところが多いけど、そう思えるだけ自分も成長したということ、、としておく。

これが、はじめてつくった年次報告書。安田さんとよーこさんのおかげではじめてつくったのにとても好評で、これをみた他団体の方から問い合わせが来て、つぎの仕事につながって行った。

かものはしの広報担当は平田さん、岩澤さん、工藤くん。なつかしい。みんな元気かな。平田さんが元気なのは知ってるけど。


2011年度(2年目)

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2010年度の報告書がかものはしの支援者さんにも好評だったようで、また作らせてもらうことになったのだけど、やっぱりお借りした写真ではなく、ちゃんとした写真が必要だ!撮りに行こう!ということになり安田さんと平田さんとカンボジアまで撮影に行くことに。(このころかものはしのWEBサイトのリニューアルもすることになりその撮影も含めて)ちなみに僕の渡航費は自腹でした、、、(いまから請求しようかな、、、)

撮影の組み立てなどが大変だったけど、カンボジア現地をこの目で見ながら、撮影できたのはすごくよかった。はじめて行った工房も印象的だったし、本木さん、青木さんの現地での写真も撮ったりとてもいい経験ができた。

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現地の警察が撮影に協力してくれたりして、かものはしの現地での体制がすごいなと感心した

デザインでは昨年度良かったところは踏襲しつつ、課題感が伝わる写真や、活動がわかる写真を多く使うことができて、バージョンアップできたなと自分自身でも思えた。

このときからインドに活動地を広げ始めてるということを伝え始めた。ちなみにそのことを伝えているページで地図を使っているんだけど、これは家のリビングに貼ってあった地図を写真に撮ったもの。いまでも家に貼ってある。

28ページ。広報担当は平田さん。このときはもうサイができていて、サイとしての仕事でうけたんだと思う。代々木の事務所で作ってたのをなんとなく覚えてる。そして担当インターンに高橋くんがいた。さらにはプロボノライターの方も3名いていきなり結構なメンバー構成になっていった。


2012年度(3年目)

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報告書を作り始めるときは、毎年キックオフで昨年を振り返りつつ何をどう伝えるかを相談する。これまでの報告書は、パンフレット的な内容が濃く、おもに活動報告というよりは活動紹介の色の方が濃かった。それは意図的にそうしていたんだけど、少しづづ支援者さんも増えてくる中で、その役割よりももっと報告をしっかりしたほうがいいよね、という方向に舵を取り直すことにした。

また、社会起業家ブームてきなものがあり、学生スタートアップではじまったかものはしの印象が色濃く残っていたけど、そのイメージから脱却して、社会課題解決のプロフェッショナルということをちゃんと分かってもらえるようなブランディングにしていきたいね、という話もあった。

そこで、報告をしっかり読み込めるストーリで伝えることにして、ページ数も大幅に増やした。ストーリーは前回同様にライターの方に、それ以外にもしっかり報告するコンテンツは記者の方にプロボノでご協力いただいた。

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この年度から縦書きスタイルになった。なので表紙の開きも変わりました。

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ダンスムーブメントセラピーをする女性の後ろで微笑む村田さん

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報告書の評判も良く、こうやって協力してくれる人たちが増えてくれたのはとても嬉しい。

またこの年からか最初からだったかちょっと忘れてしまったのだけど、印刷会社さんが印刷協賛をしてくれて、そのおかげでページ数が増やせたり、撮影に予算が回せたりして、とても助かっています。いまでも!

3年目ともなるとかものはしさん、写真が大事だということをちゃんと理解してくれたようで、撮影の予算も組んでくれて、安田さんにインドに写真を撮りに行ってもらった。ほんとは同行したかったけど、我が家ではみきがたしか妊娠中だったために、同行はしなかった。安田さんならいい写真を撮ってきてくれること間違いなしだし。

40ページ。紙を少し薄くして、上質紙からマットコートに変え、少し雑誌ぽくなるように表紙に特集コンテンツのタイトルを入れたりした。

広報担当は、小畠さんだったような。小畠さん、いつからだっけ?小畠さんはかものはしに入職する際に僕が作った報告書やWEBをみてちゃんとしてる団体だなとおもって入ってくれたらしい。

NPOがWEBや報告書などブランディングにお金をかけることに批判もあるけれど、支援者集めだけでなく、こういう団体にとって大切な人材を集めるためにも、やはり大事だと僕は思います。過剰にお金をかける必要はないけれど、たしょうお金がかかってもしっかりと作ったブランディングは、時間をかけて問題解決のための大きな柱となっていきます。


2013年度(4年目)

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昨年度から引き続き、特集ストーリーをカンボジアとインドで1つずつ。だけどすこしコンパクトなページ数に。ゆえにこのときは1ページあたりの文字数がだいぶ多い。

カンボジアのコミュニティファクトリーが5周年ということでそれがメインコンテンツに。特集の始まりの見開きの集合写真は好きだなぁ。

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この年からインドで現地カメラマンにも写真の撮影をお願いするようになった。もう毎年報告書のために撮影をしてくれるようになったので、つくるほうからしたらすごく助かる。

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10 TOPICの丸と、それぞれのところの01とかの丸の傾きが逆なのと、傾きすぎなのが、今見るとよろしくないデザイン。自分でわかってるから言わないでね。

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このときに作った(たぶん)左下の図は、ずっと使われている。と思ったら、2012年度にこれの一つ前の型のがあった。

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村田さんいい笑顔。インドで。

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今年はこんなことを伝えたいから、どんな写真を撮ってもらおうか、とかそういうこともちゃんと考えてインドに伝えて撮ってきてもらう。

毎年作る上で、自分ルールとして、ひとりでも多くの人が読もうと思ってくれるように、一人でも多くの人が内容を理解してくれるように、ぜったいに1年前よりいいものを作る!という気持ちでやっていた。毎年1年前の自分と勝負しているような感じ。まぁ仕事としては当たり前なんだけど、デザインの最終責任は自分にあるので、そこだけは妥協しないようにしている。

28ページ。広報担当は小畠さん。報告ごとに担当者がちがうかものはしの内部をまとめつつ、「ちゃんとまとめてくれないとやりにくいです!」というちょっと偉そうにはばかるデザイナーにとても気を使って進行管理をしてくれて報告書チームの体制がだいぶ確立してきた頃だったように思います。


2014年度(5年目)

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インドでの活動が本格的になっているのだけど、ストーリーだけではやっていることが伝わりにくいかもね、ということで、ストーリーだけでなく、何をやっているかや、どんな流れで問題が起きてるのか、などを表や図でできるだけシンプルに伝えるページも作った。

表紙の女の子の表情がすごく好き。

カンボジアパートでは自立化に向けて動き出した話が少しずつ出てくるようになった。

あと、細かいけど、この年から、表紙での表記を、2014-2015のように2年表記にした。実際に配るのは2015年で2014だと古く感じられてしまうということと、年度でなく、年でみたら2年にまたがってるし、その方が中面で報告するプロジェクトなどと整合性がつきやすいから。

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本木さん、いい笑顔。

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この写真も好きな写真。

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わかりにくいとされるインドの活動をなんとかわかりやすく伝えようという努力。

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結構な文字数だなぁこの見開きでも。

毎年制作期間は2~3ヶ月くらいだけど、どんなことを伝えるか、どんな紙面構成にするか、というコンセプトや台割り、要素を決めるところにかなりの時間を費やし、デザインは1週間くらいで一気に全ページを作り、そこから1週間で修正などをして入稿!というような後半追い上げ型で作っている。(望んでいるわけではないのだけど)

紙面構成も要素の整理までという感じなので、そこからレイアウトやコピーの調整などもデザインしながらどんどん作って行くようなイメージ。表紙案は毎年複数案作るけど、それ以外はデザインに対するかものはしからのフィードバックは毎年ほとんどなく、そこは信頼して任せてもらえてることが、とてもやりやすく感じる。

34ページ。広報担当は小畠さん。


2015年度(6年目)

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44ページ。過去最多更新。

インドでの活動を報告書でも伝え続けているけど、まだカンボジアのイメージが強く、また、新たにサポーター会員になってくれた人も増えてきたので、そういう人たちでも読み進めやすいように、文字ばっかりにならないように写真絵本のような形で、5見開き10ページを使って、これまでとこれからのかものはしのストーリーを紹介。ここ、けっこうコピーも書いたの覚えてる。

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恵比寿駅の屋上でスタッフやサポーターさんと撮った写真

その代わり、カンボジアもインドも特集ストーリーという扱いは無くし、対談やプロジェクトレポートで活動の詳細を伝えた。

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印刷では思ったより暗く沈んで出てきて、調整もっとすればよかった!と思ったハイライトページ

また、目次兼ハイライトというページを作り、1見開きで、1年間どんな活動をしたかがわかるページも作った。

ページ数の多い一冊で、サポーター会員になりたての人向けのコンテンツと、ずっと支援してくれている人向けのコンテンツを意識して分けるようになったのもこのころからかも。

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ブッティのすてきな写真とすてきなコラム。

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カンボジアパートでは、独立を決断したこととsusuがデビューしたことがけっこう大きいニュースだった。

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左下の辻さんと野溝さんの写真が好き。

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日本人スタッフの写真のみんなのステキな笑顔はカメラマン生駒(!)が引き出しています。(2014年度からとってた!)

広報担当は小畠さんと後藤さん(デビュー)だったかな。後藤さんに最初のころ怖かったといわれました。ごめんなさい。


2016年度(7年目)

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48ページ。また過去最多ページになってしまった。これだけのページ数でも台割りから最初のデザインラフまで1週間くらいで作ってる、、、。自分で自分を褒めたい。しかも、台割りから構成をさらに練り直したり、コピーも加筆修正したりしつつ、、。

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ハイライトはわかりやすいよねということで継続。色ちゃんと調整しました。

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冒頭のアリーシャのストーリー。台割りでは2見開きくらいの特集ストーリーだったけど、原稿を読んで、すごくグッとくる話でインド事業としての成果もでていて、なんとか多くのサポーターさんに読んでもらいたいなと思い、前年度にもやった写真絵本のような扱いをこのストーリーでもすることに。インド人カメラマンがすごくいい写真をいっぱい撮ってくれたので、1見開きごとにいい写真と、読みやすい量の文字数で、目を引きながら読みやすいように工夫した。

また、インドで活動して5年だったので、その中心だった本木さんと清水さんのストーリーものせた。本木さんのストーリーの「インドでの人身売買の歴史が変わるかもしれない。その変化のど真ん中に私たちはいる。」っていうのがすごい言葉だなと思った。

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そしてこの頃から(前からだけど)清水さんのレポートがさらに凄みを増してくる。それをどうデザインするか。

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カンボジアパート。亀ちゃんと女性たちの信頼が伝わるこの笑顔の写真、すてき

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susuはブランドなんだよ、ということが伝わるように、思い切ってイメージを変えて作ったページ。このとき裕恵さんの顔を初めて写真で知る。

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サポーターさんの声を集めたページと数字で見るかものはしのページ。どちらも後藤さんが作りたいと言ったページ。担当者のそういう意思はできるだけ応えて、より良い形で伝わるように話し合ってアイデアをプラスして、手書きのメッセージや、イラストで伝えるページになった。イラストはサイの多才(ダジャレ)なデザイナー岡田さん。

つくりたいという思いが強すぎると、作ることが目的となってしまうことが多いので、なんでそのページを作りたいのか。だれに何を伝えて、どう感じて欲しいページなの?ということを常に頭の片隅に置きながら、方向をただして、構成を作っていきます。そのページを作ることが目的ではなく、伝えることが目的。

担当は後藤さん。このころから、コアに関わるメンバーは減ってきて、広報担当者と二人三脚でつくるようなメンバー構成になってきた。(もちろん原稿はかものはしのいろんな人が書いたりしてるんだけど)

え、まだ、2016年度?ちょーながい、しぬ。


2017年度(8年目)

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もうこれ以上のものは作れないと思ったくらい色々詰まった年次報告書。カンボジア事業が自立したので、それを伝えるために、久しぶりにカンボジアまで撮影に行った。そのタイミングでかものはしのスタッフもほとんどが研修などでカンボジアに行くというので、かものはしの現地を岡田さん山口さんにも見せてあげたかったし、もうサイも全員で行っちゃおうとサイ初の社員旅行でカンボジアに!そしてみんな家族を連れてくるという大所帯!それにプラスして現地ではフォトジャーナリストの安田さんも加わってなんかもうすごい。

みんなは工房見学や観光などしてるなか、自分は撮影と打ち合わせの日々!

じつはカンボジアからサポーターのみなさん16年間ありがとうというメッセージを込めた「okun(オークン)」(カンボジアの言葉で「ありがとう」)という別の冊子も作っていて、それの撮影も兼ねていたので大変だった。(「okun」について書いたnoteはこちら https://note.com/koheiikoma/n/nd5164aca8daa )

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報告書では現地の工房で働くみんなと、かものはしの日本のスタッフみんなで撮った写真から始まる。この写真すごくいよね。安田さんがクメール語でみんなを和ませてくれるからシャイなカンボジア人たちもいい笑顔。

そこからカンボジアでの16年間を写真とトピックで振り返り、報告書最初の頃からかものはしを見てきてくれている安田さんにもレポートを書いてもらった。

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最初は年表とストーリーで2見開きくらいだね。と言っていたんだけど(たしか)、写真とトピックと数字でわかりやすくしたほうがいいかも!と作りながら思いついて、がらっと構成を変えた。それなのに、めっちゃいいっすね!これでいきましょう!と即決してくれるかものはし。

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安田さんのレポート。ありがたい。

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写真を撮りながら見てきたカンボジア、かものはしのことをレポートしてもらった。

こちらで読めます&写真もっと見れます。
https://www.kamonohashi-project.net/blog/5174/

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かものはしをつくった三人をカンボジアで撮ったのはちょっと感慨深いなぁ。工房に向かう途中の道で安田さんに撮ってもらった。ここ雰囲気いいんでここで撮りましょうって。さすが。

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そしてそのカンボジアの特集に負けない清水さんのインドのレポートもまたすごくいい。清水さんのレポートは毎年現地での感情がそのまま伝わってくるので、それに負けないように、というか、飲み込まれないようにしながら、そして読み手をどれだけ引きつけつつ、読んでいるときに邪魔しないような読みやすいデザインにするかを毎年すごく考える。

広報担当は後藤さん。そして後藤さん、撮影の立会いでカンボジアに入り、そのままカンボジア事業部あらためsalasusuに転職?移籍?し撮影が終わっても帰国することなくカンボジア在住に。

44ページ(+48=92ページ)


2018年度(9年目)

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2017年度に撮影して、2冊作り切ったので、もうこれ以上つくれないと思ったのに、また気がついたら作っていた。毎年作り終わる頃にはけっこう燃え尽きて、扁桃腺が腫れて寝込むということが多かった、、、。(おわるまえになったこともあって迷惑かけたこともあったような、、、)

毎年、もうこれ以上のものは作れないし、もう来年はやらない。と言っていた。でも1年経つとことしもやってやろう!とおもう不思議。アニュアルレポート中毒なのかもしれない。

ここまでくると、クライアントとしては、ちょっと雰囲気変えたいし他の人に頼んでみようかとかなりがちだと思うし、そう思われてもしょうがないな、とすら思うんだけど、それでも頼んでくれるかものはしさんにはほんと感謝。

近年二人三脚でやっていた後藤さんはカンボジアに行ってしまったので、どうなることやら、、と思っていたら小畠さん率いる新体制として草薙・樋山ペアが誕生した。でも、だれがやるやらないでちょっと揉めてたようで、なんとなくやらされてる感の草薙・樋山ペア。

しかし終わってみれば、とちゅうコンセプトがブレかける、などもありながら、なんとかハンドルを元に戻し、三人四脚でなんとか走り抜けれたし、僕はこうしたい、私はこうした方がいいと思う、など二人ともサポーターさんに伝えたい気持ちはきっちりあふれていて、思ったよりも(ごめん!)やりやすかった。

やりやすかった、とかちょっと偉そうだけど、ただ作ることが目的となってしまっている担当者もそれなりにいたりする中で、ちゃんと意思があったので、それならこう汲み取ってこうしてみようというアイデアが出せた。担当者の意思がないとアイデアは出せないし、最終的に形になったときにそれはそれはなかなか伝わりにくいものになってたりしちゃう。

ブレそうになったコンセプトは、「急激に増えてきた新規のサポーター会員さんに、かものはしの想いが伝わるように」で、村田さんの立ち上げからの想いとインドのサバイバーに出会ったストーリーから始まる構成にした。

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そこからインドでの活動の概要がつかめるページや、清水さんのレポートという流れだ。

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「数字で見るかものはし」は樋山さんが作りたいと言ったページ。どう着地させるかけっこう練ったページでもある。

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salasusuも報告として載せています。右側のオレンジ色のバッグの写真は草薙くんと樋山さんと3人で頑張って撮りました。

草薙くんがこだわったの、どこだったっけなぁ。ごめんわすれちゃった。

ということで広報担当は草薙・樋山ペア。32ページ。終わってから三人のでランチ食べに行ってお礼のプレゼントでアメもらえたことは今でも忘れません。アメ。


2019年度(10年目)

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ここでやっと今年6月に作った話。今回がいちばん作るまでに時間を要した。コロナ禍になって、みんなリモートで作れるのか。そもそも、この状況下で作る意味はあるのか。(もちろんNPOだから報告書はつくらいないとなんだけどこれまでのようにしっかりと作るかという意味で)

紙媒体では作らないでWEBにしようかと迷ったりしたが、それよりも前に、緊急レポートのWEBを作ることになった。連日テレビでインドもコロナが流行っているという情報が流れ、サポーターさんに状況を伝えないと、という判断からだ。

いろいろ方向性を議論し、WEB化しようか、と話をする中で、樋山さんが「こんな状況下だからこそ、サポーターさんにきちんと紙で伝えたい」と言い、みんなやっぱりそうだよね、となって作ることになった。そこからは早かった。

ただ新しい写真もとれない状況なので、これまでのかものはしの写真をほぼ全て見直し、使える写真を洗い出して、あーでもないこーでもないと組み変えながら作った。

これは写真が撮れなかった今年だけでなく、毎年やっているかもしれない。できるだけ、写真と文字だけで伝わるように作っているから、写真選びにものすごく時間をかける。文字と写真以外の装飾はほぼ邪魔になってしまうと思っているので、できるだけシンプルにわかりやすくするために、要素などを取りはらい、どんな順番で読んでもらいたいかを整理する。

そして、2015年あたりから(もうちょっと前からかも)表紙に入れるコピーや、ストーリーの見出し、本文の調整、などのコピーもすこしづつやるようになっており、今年もまた然りだった。できるだけ伝わりやすく写真を選んでデザインしても、見出しや本文が微妙だったらしょうがないので、どうしたらもっと伝わるか考えていたら、いつのまにかコピーを調整したり書くようになってた。もちろんそこからかものはしのフィードバックを受けてなんどかキャッチボールをして調整したりもする。

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村田さんのレポートは清水さんのレポートとはまた違った強さや優しさがぎゅっと詰まってる。村田さんじゃないと出てこない言葉とか。

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初期に比べると本文の文字サイズも120%くらい大きくなっていると思う。

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そして清水さんのレポート。原稿が先に読めるというのは作り手の特権かもしれない。

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少しづつ動き始めた日本事業についても。

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新たに始まったかものはしダイアログのページも。

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salasusuのページは後藤さんが。カンボジアにいても報告書には参加。

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ALLかものはしから皆さんへのお礼。インドチームからも。好きなページ。

28ページ。担当は樋山さん(とあとだれだっけ、、、くさ、、、くさな、、だれだっけな)


10年間のまとめ

32+28+40+28+32+44+48+44+32+28=356ページ。一年平均約36ページ。18見開き。積み上げるとすごい。

自分の役割としては、デザイナー/アートディレクターとしてでだけでなく、コンセプト、企画構成や流れ、コピー、編集などけっこうな範囲の部分を担っていたかなと思う。もちろんかものはしの担当者やディレクター陣と相談しながらではあるけれど。そういうところまで信頼して相談してもらえたこと、そしてこちらのアイデアやデザインを信じて作らせてくれたことが、そういう部分も担えるようになっていたところだと思う。

デザイン面では過去のものを振り返ると恥ずかしくなるようなデザインだったりもするのだけど、そう思えるということは、自分自身も成長したんだろうなと思うし、それは必ず一年前のものより良いものを作ろうという気持ちでやっていたものの積み重ねなのかなと思う。同じものを10年作り続けるというのはそういうこと。

それにかものはしはほとんどデザインのフィードバックがないので、そこに甘えて適当にしないように、自分で自分に鞭打っていたと思う。

その機会を与え続けてくれたかものはしにはあらためて感謝。

そして、報告書づくりを通じて、支援者が増え問題解決が一歩一歩進んでいくことを目の当たりにすると、そのほんの一役をこなせていたのかなと少しは思うことができる。

デザインは直接的ではないにせよ、「世界を変える」ことの後押しできるんだなと、実感できて、作り手としてもとても嬉しく思う。


クライアントとしての「かものはし」の成長

成長とかって言うと偉そうだけど、ずっと一緒に作ることで、かものはしがわにももちろんノウハウが溜まって、原稿は年々良くなっていくし、構成や台割もたたきはきちんと作ってくれるようになったし、素材の集め方もすごく丁寧で、ほんとにやりやすい流れや体制を作ってくれるようになった。それは担当者が変わってもちゃんと(いや、ぎりぎり?)引き継がれたたりするので、10年のうちの8年間ずっと担当者や、その上のマネジャーとして関わってくれた小畠さんの存在が大きいからかなと改めて思いました。近年は報告書に関しては直接のやり取りは減ったけど、こちらが作業しやすい段取りや気遣いを担当者とやってくれてたんだろうなと。(どれだけこちらが気を使わせているのか、というところでもあるかもしれないけど、、、)

まちがいなく、一番やりやすいクライアントさん。まぁ、そりゃ10年やってるし、そうじゃなきゃ続かないよね、お互い。たぶん。


おまけ。つくる流れ。

これまでにも何度か書いたけど、年次報告書作ってますっていうと、デザインだけやってると思われがちだけど、そんなことはなく、前年度の振り返りから始まり、企画構成、コピー、編集などもけっこう一緒に考える。だいたい2〜3ヶ月続く(なが!)年次報告書づくりの中でデザインするのは本当に最後の1〜2週間(みじか!)。

ざっくりこんな感じ

(1)今年度のコンセプト、方針、ターゲット決め
(2)それに合ったトピックの洗い出し
(3)台割りに落とし込む。だいたいページ数が決まる。
(4)台割りをベースに全体の構成と流れを調整
(5)詳細内容、文字数などを決める
(6)原稿、写真などの素材集め
(7)台割りと素材をもとにレイアウト(デザイン)
(8)デザイン確認
(9)修正
(10)校了

(1)〜(6)までが全体の8割くらいで、(7)〜(10)が2割くらいの時間のかけ方のイメージ。(年々、デザイン期間が短くなっているような気がするのはきのせいですかね?かものはしさん)

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台割はこんなかんじ。

あとは、コピーでいうと、表紙や特集記事のキャッチとかだけでなく、細かいところではキャプションにまで気遣ってます。初期の頃はあがってくる原稿で写真のキャプションが、ほとんど「〜な様子」「〜の様子」「〜な様子」ばっかりだったりして、それは見てわかるんだからもっと何を伝えたいか書こうよって、けっこう言っていた。

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たとえば、このボランティアデイの写真のキャプションが「ボランティアデイに参加するボランティアさんの様子」だったら、いや、そうだけども!ってなるでしょ?もちろん、そういうのもあっていいんだけど、そればっかりじゃ、、、ってなるじゃやない。

デザインだけじゃないでしょ?

最後に

報告書を作るにあたって、かものはしの各年の担当者の小畠さん・後藤さん・樋山さん・草なぎくん・担当インターン、忙しい活動の日々をぬって原稿を書いてくれた、村田さん・本木さん・青木さん・清水さん、あとサイのみんなありがとう。デザイナーとしてかたちにしていくのはぼくの役目でしたが、みなさんの協力があってこそでした。

またプロボノライターの方々(たぶん僕の知らないところで結構な方々が関わっていたはず)、印刷会社の方々、アンケートにお答えいただいたかものはしのサポーターの皆さんもありがとうございます。アンケートは次年度のものを作るときにとても参考になりましたし、印刷会社の方々の協力がなければ、毎年ここまで労力をかけたものが作れなかったと思います。

11年目はどうなるのか。引き続き紙で作るのか、WEBになっていくのか。そもそもまた作らせてもらえるのか。今はまだ何も決まってないけれど、またその機会がいただけるのであれば、この10年間よりも、より良いものを作っていきたいと思っています。「子どもが売られない世界をつくる」ために僕ができるのはそこだけだし。

おわります。はーつかれた。ここまで読んでくれた人、ありがとー!

10年分の年次報告書はこちらで全ページPDFで公開してます。興味あったら見て見てください。

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2013年度の報告書を熟読する1歳半くらいの娘ちゃん。







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