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『犬ヶ島』の職人芸的ストーリーテリング

『Isle of Dogs』★★★★。(4ツ星満点中、4ツ星。)

これ以上ないほど「アンダーソン節」に満ちたストップモーション・アニメーション最新作は、同監督のファンでなくとも必見。その上で、物語の人種的な偏りに過剰反応する声があることは心に留め置くべき賛否混在の一本。結果的に看過しても良いのだけれど。


ウェス・アンダーソン監督の最新作『犬ヶ島』は、英語圏のプレス回りで二分した評価を受けている。Rotten Tomatoesを筆頭に、批評家および観客の評判は上々。いずれも5月後半の時点で89%に88%と文句なしの平均点だ。

一方、アメリカ国内では、多様性の側面から思わぬ波紋も生じた。曰く「アジアを舞台にしておきながら、プロット上の主要キャラクターが白人に席巻されている。」主要キャストの、物語上の人種的偏りを問題視する層が一定数いるのだ。このことを声を大にして発言しているのが、ほぼことごとく非アジア人か、あるいはアジア系アメリカ人だということが興味深い現象ではある。

世界興行で$60M弱を叩き出しているという意味では、ビジネス的には安泰。今後の伸びはアワード頼みというところだが、賞レースは本作をどう受け入れるか? 評価の断絶がプラスに働くとは考えにくいが、果たして。


[物語]

日本列島、20年後の未来。人類の友である犬たちの爆発的な繁殖をきっかけに、巨大都市・メガ崎市では犬特有の病が蔓延。事態を重くみたコバヤシ市長は、人類への感染を未然に防ぐため犬たちを完全に隔離することを宣言した。飼い主たちから引き離された犬たちは、「ゴミ島」のゴミを漁りながら暮らす日々を送っている。そんなある日、ひとりの少年が飛行機で島に不時着。生き別れた飼い犬「スポッツ」を探す少年の旅が始まる。


[答え合わせ]

ウェス・アンダーソンの独特な世界観は、アニメーション描写で最大化されるのかもしれない。

『ファンタスティック・ミスター・フォックス』もそうだった。実写では表現し得ないキャラクター特有の細やかな動きが、魅力溢れる物語をさらに特徴的なものにしていた。『グランド・ブダペスト・ホテル』を含む実写の名作にも、ミニチュアを利用したコミカルなショットがたびたび飛び出す。

『犬ヶ島』は、そんな「アンダーソンらしさ」にさらなる円熟味が加わったことを見せつける。傑作だ。

神はディテールに宿る。日本を舞台にし、そしてストップモーション・アニメーションを表現方法として選んだ本作の勝利は、この一点突破の強みを味わうだけで十分とさえ思えてしまうことだ。神社の小物、神棚の作り、和太鼓を叩く童の仕草やふんどしの衣装。武士の時代へ遡るプロローグ内の浮世絵スタイル、やがて登場する日本語の対訳。そして「おことわり」の文面を含むフォント選択に至るまでが、昭和日本の延長にあると思しき架空の都市に好感を与える。盤石なセットアップだ。

もちろん、その後展開していく物語は定型的だ。親子や兄弟間で問題を抱えた主要キャラクターが、手の込んだ計画を練る。予想外の事件が立て続けに起こり、望みが失われたかと思われたとき...という起承転結。ほぼジャンルとして確立した、相変わらずのアンダーソン的アークであることに相違はないだろう。だが、これはむしろ異なる筋書きを期待する方が難しい。良くも悪くも、ウェス・アンダーソンだからこその期待値を下回ることも、的外れになることも、ない。

その上で、アンダーソン独自のアンニュイなトーン、フレーミング、台詞回し、キャラクター設計、そしてアレクサンドル・デスプラットの音楽が光る。平面的で左右対称性を徹底的に押し通すショット選択と、縦横のパンに溢れたカメラワークが、いずれもウェス・アンダーソン印の物語を適切に支える。コマを落として、キャラクターが不自然なほど早回しに動くパフォーマンスも健在。とにもかくにも、各カットがいちいち気持ちいい。

同監督お決まりの筋書きだからこそ、技術面での職人芸の数々が独特なストーリテリングを実現しているわけだ。

ただ、日本人なら声の出演の選出に文句のひとつも言うべきではある。

魅力溢れるキャスト陣から抜け落ちるようして、「コバヤシ市長」および「アタリ・コバヤシ」の棒読み加減に愕然とすることは間違いない。それもまた「味」であることも、特に市長役の選出にはアンダーソン個人の人間関係が起点になっていることも、理解できる。しかし、とびきり上手なアドリブを挟んできた手術室の執刀医という端役の声を渡辺謙があてたことをクレジットで知ってしまうと、「ヘタウマ・キャスティング」では済まされない機会損失を感じてもいい。市長役には、特にこのことを強調せざるを得ないだろう。

邦画界のトップレベルの俳優たちが脇役という脇役で登場している構図を見て、それをアメリカ人の一部が指摘する「多様性の欠如」とからめたい者がいても、間違いではない。といっても、少なくとも日本人の目から見て、「ハリウッド映画」としての『犬ヶ島』のキャストの大半が英語で会話していることほど自然な話もない。決して無視すべき問題ではないことは強調する一方、「アジア人」と「アジア系アメリカ人」が意識する「多様性」は決して同義でないことも再確認しなければならない。とりあえず、この点に気づくきっかけを与えてくれている映画だと思えばいい。

まとめれば、ストップモーション・アニメーションの質感と突飛な物語をよくブレンドした、魅力満載な一本だ。「ウィムジカル」という言葉以上にぴったりな形容詞もない、アンダーソン的「特産品」として薦められる映画。


[クレジット]

監督:ウェス・アンダーソン
プロデュース:ウェス・アンダーソン、スコット・ルーディン、スティーヴン・レールズ、ジェレミー・ドーソン
脚本:ウェス・アンダーソン
原作:ウェス・アンダーソン、ロマン・コッポラ、ジェイソン・シュワルツマン、野村訓市
撮影:トリスタン・オリヴァー
編集:ラルフ・フォスター、エドワード・バーシュ
音楽:アレクサンドル・デスプラット
出演:ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、グレタ・ガーウィグ、渡辺謙、フランシス・マクドーマンド、ハーヴェイ・カイテル
製作:インディアン・ペイントブラシ、アメリカン・エンプリカル・ピクチャーズ
配給(米):フォックス・サーチライト
配給(日):20世紀フォックス映画
配給(他):N/A
尺:101分
北米公開:2018年3月23日
日本公開:2018年5月25日
鑑賞日:2018年3月25日11:00〜
劇場:Pacific Theaters Glendale 18 w/Y

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