【随想】この間見た話

骨折した足の指の診察を病院の廊下で待っていたときのことである。形成外科はリウマチ科と隣り合わせであり、また平日の昼だったこともあって、病院の廊下は年端の寄った人々でごった返していた。

待っている間というのはなにしろ退屈なものだから、そこでは誰もが観察者となってお互いを見張り合って何か滑稽なものがないかと目を光らせている。二人連れの中年のご婦人方もまた、いきなり癇癪を起こした老人とそれに驚き立ち尽くしてしまった子どもたちを見て、何やら噂し合っていた。

と、その時である。中年の婦人の一人が、気管に唾を飲み込んでしまったとかで、急にむせ始めたのである。もう一人の婦人が慌てて「お茶があるよ」と自分のペットボトルのお茶を差し出したのだが、他人のお茶をそうがぶがぶと飲むわけにもいかず、かといってちびっと飲んだくらいでは咳は止まらない。しかし、せっかく他人が自分のお茶を差し出してくれたのに、それで治らなければどうもばつが悪い。むせた婦人は懸命に咳を堪えるが、思わずコホンと漏れてしまう。我慢すればするほど、咳は勢いを増して大きな音を立ててしまうのである。仕方なく、もう一口だけお茶を飲む。しかし、やはり治らない。結局、むせた婦人はその後もしばらく咳が出るのを必死に堪え続け、もう一人の婦人もそれに気付かないでもないようだったがそれ以上どうしてあげることもできず、そのまま二人は黙ってしまった。             了

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高山康平

eiga を撮ります。文章も書きます。現在は何者でもありません。ただの街の片隅に吹き溜まった風。もくじ https://note.mu/koheitakayama/n/nf9b06849314e
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