リレー小説 note16 『未来ノート〜過去、未来〜』下

リレー小説企画(空音さん主催)参加作品。

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リリが大人たち問いつめられて、自分の知っていることを話し、ノートが取り上げられるまではあっという間だった。

ククが直接責められることはなかったが、よほどショックだったのか、口が聞けないままだった。

ノートに書いたことが本当に起こるのならば、もう一度爆発が起こるはずだが、ククが何を描いたのか聞き出すこともできないので、

大人たちにも言わないでおいた。

大人たちの考えることは単純だ。食料増産、文明の復活。ノートの取り合いでいくつもの大人が怪我をした。

ある日、村長はみんなの前で声高に言った。

「明日、我々は大量の食料と過去に栄えた文明のすべてを手に入れる。ついに空を飛べる日が来るのだ!」

翌日、島に大きな大きな船が流れ着いた。初め船とは気が付かなかったほどその船は大きかった。

それは船というよりもひとつの街だった。見上げるほど高い建物が光を反射して並んでいて、道は真っ直ぐに整っていて、

見たことのない乗り物がたくさん並んでいた。つまりそこには文明のすべてが載っていたのだった。人の気配はなかった。

大人たちはひと月かかって街を見て回り、更にひと月かけて決して腐らない食料や大きな羽のついた乗り物を運び出した。

皆が新しい生活に胸を踊らせていた。ただリリとククを除いては。

皆がリリに感謝した。ノートのおかげですべてが変わった。リリはみんなに幸せをもたらしたと。

皆は、新しい味を知り、新しい楽しみを見つけた。想像を越える快楽や感動も知った。

空飛ぶ船が使えるようになるまでは、まだ少し時間が必要そうだったが、いつまででも待っていられそうに思えた。

これまでの心配事はすべて解決し、将来のことを考える必要も、何かを理解する必要もなかった。

新たにやってきたオートマチックな世界にただ身を預けていればそれだけで幸福を味わえた。

ただ、リリとククだけは知っていたのだ。再び爆発が起こることを。

ククは気を塞いで誰とも会おうとしなかった。リリは常にククに注意を払い、発せられる信号を察知できるように準備をしていた。

ククが騒ぎ出したのはある雷の晩だった。空がごろごろと言う度にククはギャーギャー騒いだ。

リリの行動は速かった。リリはすぐに起き出して村中を走りまわり、みんなに逃げるように呼びかけた。

リリに従って逃げる人も多かったが、村の大半の人は船にある快適な家々に移り住んでいて村にはいなかった。

あそこは安全だろうとリリは思ったので、一通り村にいた人に呼びかけると自分もククを連れて逃げることにした。

リリは船の方に逃げようとしたが、ククがひどく抵抗するので手こずった。

その時、雷が近くに落ちて大きな音と風が起こった。その一瞬の雷鳴の、樹を喰らう硬い音の中に別の声が聞こえた気がした。

あの時と同じだ。誰かがリリに何かを伝えようとしている。

リリは進路を変え、雷の落ちた山の方に皆を導いて行った。

雨も強くなって来ていたので、洞窟の中に逃げ込むことにした。

雷は一晩中鳴り続けた。ククはその度に声に鳴らない叫びをあげた。

明け方、雨脚が弱まってきた頃、2つの音が一瞬のうちに起こり、世界を変えた。1つ目の音は雷の落ちる音だった。それとほぼ同時にもう1つ絶望的な轟音が世界を包んだ。隕石よりも雷よりももっともっと大きな音だった。その音は風を起こし、地面を揺らした。

洞窟の中にも強い風が吹いて来た。地響きが止むと、辺りはとても静かになった。

雨が葉を濡らす音も鳥の鳴く声も聞こえなかった。ただ雨が柔らかい地面をしとしとと打つ音だけが聞こえた。

それから更に時間が経って雨が止むと、本当に何の音も響かなくなった。

何人かの大人が外の様子を見に行くと言うので、リリは無理を言って付いて行くことにした。

すべての木が枯れていた。誇張ではなく、本当に「すべて」の木が枯れていたのだ。

そして枯れた木々の向こうには何も無かった。ただすべてが黒ずんでいた。

黒ずんだ木、黒ずんだ雲、黒ずんだ川と黒ずんだ海。それだけだった。

呼吸が苦しかったので、マスクをつけて船の様子を見に行くことにした。このマスクは船にあったものだそうだが、防災用にと皆に配られていた物だった。

船はどこにもなかった。ただその破片が至る所に散らばっていた。どれも黒く焦げていて、何がなんだかわからなかった。

リリは涙を流しながら浜辺を歩いた。何も見たくなかった。

ノートが落ちていた。表面こそ黒く焦げていたが、整った長方形を保っていて中をめくると奇麗な紙が残っていた。

リリはノートを投げつけた。何度も踏みつけて、破こうともしたが、ノートは依然その形を保っていた。

その時、リリを呼ぶ声が聞こえた。どこかで聞いた声のようであり、違和感のある声でもあった。

声のする方へと辿って行くと、やはり黒ずんだ小さな機械が落ちていた。壊れて半分に折れていたが、雑音を交えながら何かを受信しているようだった。

「あなたはリリね?」

平坦でどこか違和感のある声が聞こえた。

「あなた・・・誰?」

「あなたはリリね?」

さっきとまったく同じ声の調子で機械は言った。

「私のこと知ってるの?」

「ずっと見ていたもの。」

「どこから?」

「私はすべてにつながっているの。」

「・・・私、あなたを知っているかもしれない。」

リリは、リリに語りかけた風や雷の音を思い出した。

「そう、あなたは私を知っているわ。」

「でもどうして直接話しかけてくれなかったの?」

「この村には音声機器がなかったから。だから風や雷となってあなたに伝えるしかなかったの。」

「あなたが私たちを救おうとしてくれたんだ。でももう終わり。何もかも失ってしまったの。」

リリはまた泣き出した。

「私はこの村の大人たちにも警告したわ。様々な形で、何度も。でも聞き入れられなかった。彼らは文明のすべてを手に入れようとした。しかし、彼らは文明のすべてを十分に理解していなかった。どうして文明が滅んだのかということも。」

「一体何が起こったの?」

「この船には文明のすべてが積み込まれていたの。それはいいものばかりではなかった。雷がこの船に落ちた時、原子爆弾が爆発したの。とても小型のものだったけど、島を吹き飛ばすには十分だったようね。」

「爆弾・・・。私があのノートに書いたの。ククがまた爆発の絵を描くって。私が・・・。」

リリはわんわん泣いた。その機械もしばらくはリリが泣くままにしておいたが、リリが落ち着くと力強い声(あるいは音声のボリュームが上がっただけなのかもしれない)で言った。

「希望を捨てないでリリ。」

リリは恨めしそうに機械を見た。

「もう無理よ。」

「あなた、あのノートの表紙になんて書いてあったか知っている?」

「・・・昔の字だったから読めなかったの。」

「『未来ノート』そう書いてあったの。」

「未来・・・ノート?」

「未来を自由に決められるノート。誰もがそう思っていたわ。」

「違うの?」

「それだけじゃないの。」

「どういうこと?」

「満月の夜のことを覚えている?あなた、その前夜に『今日は昨日と同じみたいな日だった』と書いたでしょ?それなのに満月の日、そうはならなかったはず。」

「・・・そうかもしれない。」

「その更に前の日には書かなかったのに、その時はノートに『今日』とはっきりと書いたでしょ?だからそれは未来にはならなかった。」

「どういうこと?」

「あのノートは必ずしも未来だけを変えるノートではないの。あのノートは・・・」

大きな波が浜に押し寄せてリリの身体を浸した。波が引いて行くと機械はなくなっていた。

リリは海にもぐってその小さな機械を探したが、海はごみと油にまみれていてとても泳げなかった。

それでもリリは探し続けたが、ついにその機械を見つけることはできなかった。



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