リレー小説 note16 『未来ノート〜過去、未来〜』上
リレー小説企画(空音さん主催)参加作品。
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1
ただひたすら生い茂る草を刈り続けていた。
この度、大規模に行われることになった開墾には、若い者から年寄りまで、
村のほとんどの者が駆り出されていた。
去年村の選挙で選ばれた新しい村長は、食料増産を何よりの急務として村人に開墾を呼びかけた。
15歳になるリリも、学校が終わるとすぐに作業を手伝わされていた。
体力のないリリには大変な作業だったが、自分や家族のためだからと、疲れても休まずに草を刈り続けた。
リリはさっきからあるものが気になっていた。枯れ草の生い茂る先に見慣れないものがからまっているのだ。
本ではないだろうか。この小さな村で本はとても貴重なものだった。
リリは期待に胸を膨らませながら草を刈り続けた。枯れて硬くなった草は時にリリの柔らかい手を傷つける。
土が爪の間に詰まり、その手で汗を拭うとわずかに土が汗に混じり、その汗が目に流れ入るととても沁みる。
しかし、リリには気にならなかった。気になるのはただ視界の先にある本らしきものだ。
ようやく手の届く程まで刈り進むと、リリは手を延ばして本のようなものを手に取った。
思ったよりも軽い。リリは汚れた手を着ていたシャツで拭い、中をパラパラとめくった。
それは本ではなかったが、リリがとてもほしがっていたものだった。まっさらなノート。
リリはこんなに薄くて奇麗な紙をそれまで見たことがなかった。
中の紙は何も書かれておらず驚くほど奇麗だったが、なぜか表紙はぼろぼろだった。
こんな草叢にずっと在ったのだから当然といえば当然なのかもしれない。
表紙には何か書かれていた。しかしリリには読めなかった。
昔の字だろうか?今自分たちが使っている字は3つの言語が合わさってできたものだというから、
このノートはそれよりも昔のものなのかもしれない。
紙がこんなに薄くて奇麗なのも、きっと昔文明が栄えていたころに作られたものだからなのだろう。
つまり、このノートは文明が滅んだ150年前よりももっと前のノートなのだということになる。
150年前、核戦争で文明が滅んだ時、命からがらこの島に逃げ延びて来た7人の男女によってこの村は作られたという。
大陸の大部分は汚染されていて近づくことができず、150年経った今でも島の外の世界がどうなっているのか調査は進んでいなかった。
だから昔の文明のことは言い伝えで聞くだけだった。
リリは、この大発見をしばらく自分だけの秘密にすることにした。
誰かに言えば、このノートはあっという間に大人に取り上げられて、どこかに飾られるか研究室に持って行かれ、永遠にリリの手には戻らなくなるだろう。
リリは前から日記帳が欲しいと思っていたのだ。誰にも見せる必要も自慢する必要もない。ただ自分のためだけのノートが欲しかったのだ。
その夜、リリは早速日記を書いた。
”昔の人は日記を書いたという。私も書いてみようと思う。夕方、草刈りの途中でとてもすてきなノートを見つけた。このノートだ。草刈りを手伝って本当によかったと思う。”
2
翌日、不思議なことが起こった。学校の後、草刈りを手伝っていると、視界の先にまたしてもノートを見つけたのだ。リリはそれを手に取ってみた。昨日見つけたノートとまったく同じノートだった。
なんて運が良いのだろうか。リリは草刈りを手伝って本当によかったと思った。
幸福を一人で持ちすぎるのは良くないことだと学校で教わったことがある。この村ではすべてのものは分配されなければいけないのだ。
しかし、ノートは2冊しかないので、今日見つけたもう1冊は秘密を守れる誰かにあげようと思った。
そこでリリはもう1冊のノートを弟のククにあげることにした。ククは絵を書くのが好きで、いつも地面や砂浜に絵を書いていたからきっと喜ぶだろうと思った。
夜、両親が寝た後、リリとククは起き出して、リリは日記を、ククは絵を描いた。
ククは嬉しそうに何か描いていた。
リリは、ククが何を描いているのか覗いてみた。確かに何か描いていたように見えたが、ノートは真っ白なままだった。
リリは不思議に思いながらも「何を描いたの?」と聞いてみた。
するとククはうれしそうな顔でページの上の方を指した。
「ほら、ここにまん丸い月が2つあるでしょ?」
リリにはやはり見えなかったが話を合わせることにした。
「どうして月が2つあるの?」
「みんな月だと思ってるんだ。でも本当は隕石なの。」
「隕石?その隕石はどうなるの?」
とリリが聞くと、ククは「どーん!」と言ってページいっぱいに線を描いた。が、やはりリリには見えなかったので、
「どうなったの?」と聞いた。
「落ちたの。」
「どこに?」
と聞くと、ククは少し考えて
「学校!」
と答えた。
「学校に隕石が落ちるなんて嫌よ。もっと別の絵を描きなさいよ、鳥とか魚とか。」
「いいじゃん!僕のノートなんだから。」
それから2人は少し言い争いになったが、あまり騒いで両親が起きて来たらいけないと思ってリリは適当なところで引き下がった。
リリは1日の出来事を思い出して書き綴った。
”歴史の授業で昔栄えた文明について習った。飛行機という空を飛ぶ船の構造を簡単に習った。構造がわかっても、私たちがそれを開発できるまであと100年はかかるだろうと先生は言っていた。もし大陸を探検できたらそれはもっと早く叶うかもしれないけど、大陸へ行って生きて帰ってくるのは無理だとも言っていた。放課後、草刈りを手伝っていたら、またノートを見つけた。ククにあげたらとても喜んでいた。でも、ククが爆発の絵を描くものだから少し喧嘩になった。明日仲直りをしよう。”
3
翌日、歴史の授業を皆は唖然としながら聞いていた。先生がまた飛行機についての授業をしたのである。生徒の誰かが、「そこは昨日やりましたよ。」と言ったが、先生は特に気に留める様子もなく、飛行機の話を続けた。確かにもう歳の寄った先生ではあったが、そんなおとぼけをかましたのは初めてのことだったから皆驚いていた。
放課後、リリはまた草刈りを手伝っていた。そしてまたノートを見つけた。幸運も3日続くと気味悪く感じられた。リリは新しく見つけたノートをどうしようかと思いあぐねていた。すると、それを見咎めたククがそのノートを欲しがるのだった。昨日あげたばかりだからと断ろうとしたら、ククがまたへそを曲げそうになったので、リリは面倒になる前に、ノートを仲直りの印にとククにあげることにした。
夜になって日記に書くことを考えていると、ククがとなりでノートにぐるぐると何か描き込んでいた。
「何を描いているの?」とリリが聞くと、ククはニヤニヤ笑うだけで何も答えない。
「また爆発する絵を描いてるんじゃないでしょうね?」
リリが少し怒って言うと、ククはニヤニヤしながら
「爆発じゃないよ、今度は大爆発だもん。」と屁理屈をこねるのだった。2人はまたしても喧嘩になった。
ククが泣き出しそうになったのでリリは引き下がったが、その時、リリは奇妙なことに気がついた。
”今日は昨日と同じみたいな日だった。歴史の先生は昨日と同じ話をし、昨日と同じようにノートを見つけて、ククにあげたらまた喧嘩になった。偶然なのだろうか。あまり考えないようにしたい。ところで、明日は満月だ。満月の日にはお母さんがおいしいものを作ってくれる。楽しみだ。”
4
翌日、リリはまた同じような日になるのではないかと少し不安に思っていたが、そうはならなかった。歴史の先生は新しい話をしてくれたし、草刈りをしていてもノートを見つけることはなかった。
家に帰ると、料理のいい匂いがしてきて、リリは良い気分になった。
父が帰って来た。張り切って料理をする母親を見ると、不思議そうに言った。
「どうかしたの?」
「だって今日は満月じゃない。」
母は平然と言った。すると父は笑って
「バカだなあ。満月は明日じゃないか。」と言った。
すると母は急に顔を赤くして慌て出した。
その時になってリリも初めて気がついたのだが、満月は翌日だった。1日間違えていたのだ。母と2人して間違えるなんて少し恥ずかしい気持ちになった。
ともあれ、1日早く御馳走にありつけることとなり、みんなで母をからかいながらも楽しく食事をした。
しかし、食事をしているとにわかに外が騒がしくなってきた。
外に出てみると皆が空を見上げていた。皆何も言わない。犬も子供も皆ただ空を見上げていた。
リリも同じように空を見上げた。
月が奇麗な円を描いて輝いていた。
「あれ・・・満月は明日のはずじゃあ・・・。」
突然、隣にいたククがしりもちをついて転んだ。見ると、ガタガタと身体を震わせていた。
「どうしたの?」と聞くとククは何か言おうとしているが言葉にならずただ口をがたつかせている。
リリは再び空に目を戻した。次第に皆も異変に気がついて来た。
月の隣にもうひとつ小さな円が輝いているのだ。初めは極小さな光の粒だったが、風船が膨らむように次第に大きくなっていった。
「月が増えたー!」
子供たちが嬉しそうに駆け回っている。大人たちはただぽかんと空を見上げている。
リリも同じだ。ただぽかんとするしかなかった。今日は満月ではないはずなのに、空には満月が浮かんでいる。それも2つも。
とても理解できる状況ではなかった。しかし、リリはこの事態を知っているような気がしていた。
繰り返された1日。御馳走。満月・・・が、2つ・・・怯えるクク・・・ノート?
その時、風がビュンと吹いてリリの髪を揺らした。ほんの一瞬だったがとても強い風だった。
そのビュンという風の音の中にリリは何か別の声を聞いた気がした。誰かがリリに何か伝えようとしている。
リリは走り出した。駆け回る子供や唖然と空を見上げる大人たちを押しのけ、夢中で走った。
学校でも残っていた職員たちが校庭から空を見上げていた。
リリが着くと、職員たちはリリに一瞥くれたがまたすぐ空に吸い込まれるように視線を注いだ。
リリはヘトヘトで声が出なかったが、それでも力を振り絞って叫んだ。
「逃げて!隕石が落ちてくる!」
「へ?」職員たちは驚くほど間抜けな声で答えた。
「逃げて!逃げて!逃げて!逃げて!」
リリはとにかく叫んだ。職員たちはよく飲み込めていなかったが、リリに気圧されてとにかく逃げることにした。
その直後、大きな光が空を包んだ。風船みたいに膨れ上がった2つ目の月は空で砕けていくつもの光となって散った。
次の瞬間、大きな風が起こると皆は思わず地面に伏せた。聞いたこともないような大きな音が響いた。
顔をあげると学校は無くなっていた。
リレー小説 note16 『未来ノート〜過去、未来〜』下 へ続く
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