なぜ、AV監督 & AV男優に障害者の身長109cmのにしくんはなれたのか?人脈と世渡り、ポジティブと行動力の秘密。

0 はじめに

「なぜAVの世界へ行ったの?」

「どうしてAV業界に入れたの?」

「どうやって業界未経験でしかも障害者でありながら、いきなりAV監督もAV男優も出来たの?」

とよく聞かれるし、答えてきた。ブログにも書いた。

ざっくりと。

そう。ざっくりとしか伝えてこなかった。全て話すと長いし、そんな軽々しく話せない内容もあったから。

しかし、どこかで一度全てをまとめたい。ボリュームある真の全貌は需要があるだろうと感じていた。

純粋にAVの世界に興味がある人は多いようだ。また、新しい業界にポンと進出出来たルート作りの話としても価値がある自信がある。人脈、世渡り、ポジティブ、行動力の秘密にも絡む。

性について話すことすらタブー視されている障害者が、いきなりAV業界に行った。しかも業界未経験の23歳が急にAV監督とAV男優両立。しかも本来は女優さんのシステムである専属契約として。

その詳細。

そうなったキッカケ。

そこに行き着くまでの他の仕事。

など書いていくと高校時代まで遡りとてつもなく長くなる。

ガンと難病のことに始まり、なぜポジティブで行動的になったのか。サラリーマン時代と、全日本クンニ選手権について。そして、大好きな女性がAV女優になっていて…障害者と性のタブーに踏み込むことにした。SOD創業者の高橋がなりさんに会うまでと、どう高橋がなりさんを説得したのか。

さらには、初体験の話、クンニのコツ、初対面の人と仲良くなるテクニックなど裏話も。それらは、ブログで軽々しく書ける内容ではなかった。だから、noteにまとめて書くことにした。

ぼくは元々ネガティブだった。

ものすごく人見知りだった。

そんなぼくがどうして今こうなったのか。

・AV業界に興味がある人

・障害や仕事や恋愛など何か生きる上での障壁に悩んでいる人

・フリーランス、経営者、芸能、等で仕事したい人

の勇気や力になり楽しんでもらえれるように。そして、前を向いて稼げる人間になるように。

目次

0 はじめに

1 出生と少年時代|ポジティブと行動力の秘密

 1.1 出生と小児ガンと難病

 1.2 ママに教わったポジティブな考え方

 1.3 ギャルサーに解放された自信

 1.4 東大学生団体に名付けられた必殺技

 【裏話】元々ネガティブなぼくがポジティブになった方法

 【裏話】元々インドアなぼくが行動力を身につけた方法

2 ニートと会社員|普通である苦痛と異様への憧れ

 2.1 高校時代の出会いと考え

 2.2 高卒実家暮らしニート

 2.3 師匠「にしくん」名付け親との出会い

 2.4 職業訓練とホームレスと歌舞伎町の家

 2.5 上場する大企業のサラリーマン時代

3 フリーランス|失う事による成長

 3.1 同級生が新入社員になるならぼくは逆にニートになる

 3.2 退職間際のスキルと準備状態

 3.3 フリーランスエンジニア|どうにかなる

  【裏話】昼シャンの楽しみ

4 自称芸能活動からAVへ|人脈と世渡り

 4.1 イベントタレントとネット番組タレント

 4.2 コスプレゴーゴーダンサー

 4.3 全日本クンニ選手権

  【裏話】クンニのコツ

 4.4 絶対イカないデンマ

 4.5 スポンサー型アダルトYouTuber

  【裏話】初体験

 4.6 歌舞伎町ホスト

 4.7 AV男優に興味ないか?

  【裏話】世渡りと成長に人脈はいらない

  【裏話】付き合う人の見分け方

  【裏話】初対面の人と仲良くなるコツ

 4.8 好きな人がAV女優になっていた

 4.9 高橋がなりと対面

  【裏話】AV業界に参入する方法

 4.10 なぜ障害者なのにAVが出来たのか

 4.11 親に反発する方が親子関係が良くなる

 4.12 お前の真似はどうしても出来ない

おわりに

(全45542文字)

1 出生と少年時代|ポジティブと行動力の秘密

にしくんは、なぜ?どのように?AV監督兼AV男優になったのか。

その裏には間違いなく、圧倒的にポジティブな思考と行動力によるものがある。障害があったらむしろ欠けていそうなポジティブさと行動力がなぜこんなにもあるのか。それには大きく3つの人との関わりがあった。それは幼少期まで遡る。

1.1 出生と小児ガンと難病

1993年4月23日。東京都でぼくは生まれた。

3歳。それはぼくの最も古い記憶。ぼくの一番古い記憶は、3歳の日のとある朝、身体が動かなくなって目覚めた時。母はパニックになり慌てふためき、父は冷静であろうとしている。ピーポーピーポーという音がして運ばれた。

ぼくは顔も身体も左半分が動かなくなっていた。完全麻痺していた。

原因は横紋筋肉腫が脳に出来ていた。小児ガン。左半分完全麻痺するほどの進行(まだ3歳なので病状に気付きにくいのと、成長が活発なので進行も非常に早い)と3歳なので脳が小さい。覚悟を告げられた上で執刀。頭を半分に割ってとりあえず腫瘍を摘出には成功した。

手術後、ナースにお願いして枕をたくさん使って身体を支えて久々に座ることが出来るようになった。ぼくは、座っているところを見せて両親を驚かせたかった。来た。久々に座った我が子を見て、驚きと嬉しさで笑いながら泣いていた両親の目は今でも忘れない。

外科手術を終えても治療は続く。杏林病院から、日本最高峰のガン専門病院、国立がんセンターへ転院。そして、抗ガン剤自家骨髄移植放射線治療などを行い約1年で治った。

治ったとは言っても、ガンは安心出来ない。再発というものがある。しかし、どうにか2年間再発がなかった。子供はガンも成長が早いので、2年再発がなければほぼ完治。安心した時に異様に気付く。

あれ、あまり身長が伸びてない?走るのが苦手?骨がおかしい?

難病のムコ多糖症モルキオ病(ライソゾーム病の一種)がこうして見つかる。それで小さいのか!と思った読者がいるかもしれない。しかし、この難病は背が伸びないなんてのはおまけ程度。

個人差はあるけれど、進行すると骨が変形して歩けなくなる、角膜混濁により目が見えなくなる、耳も聞こえなくなる、呼吸困難になり人工呼吸器生活、やがて寝たきりになる。寿命は大人になれるかどうか…

という日本に30人程しかいない難病。

治す方法はない。

ところが、もしかしたら進行を食い止めるかもしれない方法があると提案された。

それは、他家骨髄移植。前例はほぼない。他家骨髄移植は他人の血を入れて自らの血を殺す手術なので、リスクが高い。ドナーを見つけなきゃいけないという難易度の高さもある。

けれど、小児ガンを乗り越えたなら大丈夫っしょ!と挑戦することにした。

結果は、ドナーはすぐ見つかっちゃうし、異例の大成功。

後にムコ多糖症モルキオ病に骨髄移植は効果が非常に薄くリスクが高すぎると発表されるのだけど…ぼくの場合は進行はなぜか完全に止まった。7歳の頃から悪化しなくなった。

そうして、二度の奇跡で生き続けることになる。

※ 今だけ限定。AV業界2年記念のため1200円で販売します。(通常価格1800円予定)

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なぜ、AV監督 & AV男優に障害者の身長109cmのにしくんはなれたのか?人脈と世渡り、ポジティブと行動力の秘密。

にしくん / KoHey Nishi

1,200円

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