なっちゃん

幼稚園の行事で、その月に生まれたお友達を祝う、お誕生日会があった。
折り紙で作ったバッチをつけ、その月に生まれた数人でみんなの前に立ち、おめでとうって言ってもらえるのは誇らしかった。
先生が作った、お誕生日カードを1番仲のいい友達に渡してもらい、クラスのみんなに拍手をしてもらえた。

私は7月生まれだった。年中組のときから、年長にあがり7月を迎えるまで、一度も仲の良い友達として、お誕生日カードを渡す側に回ったことが無かった。私は、口数も少なく、いつも先生と一緒に何かをしている方が多かった。当たり前といえば当たり前だったが、仲のいいお友達として自分の名前が呼ばれないことは、寂しかったし、誰かが呼んでくれるんじゃないか。と少しだけ期待をしてしまうのだった。

年長組にあがった私が、唯一友達と呼べたのはなっちゃんだった。帰る方向が一緒で、迎えに来れない母親の代わりに、なっちゃんとなっちゃんのお母さんと帰ることがあった。私はなっちゃんとはすぐに仲良くなれた。

なっちゃんは、私と違い明るくて、誰にでも優しくて、友達も沢山いた。お誕生日のカードだって、何回も渡しているのを見た。
幼稚園のクラスでは、なっちゃんの周りには友達がたくさんいて、私は一緒に遊ぶ事はなかった。帰り道だけは母親を通して近くの公園で少しだけ遊んだ。私の母となっちゃんのお母さんの少し前を、2人だけで手を繋いで歩く事がとても新鮮で、特別な事に思えた。

7月に入り、誕生日カードを渡す友達を決める日が来た。周りの女の子達は私が渡してあげようか?と私の周りを囲んだ。その中に、なっちゃんはいなかった。
私を囲む女の子の中の1人が、8月生まれだから、お互いに渡し合いっこしよ?と言った。
私は、曖昧に返事をして先生と2人で話した。
先生は誰に渡してもらおうか?とこっそり仲のいい友達の名前を聞いた。

私は悩んだかま8月生まれの女の子の名前を先生に言った。特別仲が良い訳ではなかったけど、1度も誰からも仲が良い友達として選ばれない事が嫌だった。呼ばれる子は何回でも呼ばれるのに、私は1度も呼ばれていない。それがとても恥ずかしい事のように感じた。私も誕生日のカードを誰かに渡したかった。選ばれた人になりたくて、渡し合いっこしよう。と言っていた、8月生まれの女の子の名前を先生に伝えたのだった。

カードを渡してもらう時がきた。8月生まれの女の子は、先生に名前を呼ばれると、とても嬉しそうにしていた。本来なら、私が仲が良いと言える友達はなっちゃんだったが、なっちゃんには、私じゃなくても沢山の友達がいた。なっちゃんの事が少し気がかりだったけど、なっちゃんは、私ではない7月生まれの子に名前を呼ばれ、カードを渡していた。こんな風に、選ばれる子は何回でもカードを渡せるのだ。
家に帰り、カードは誰からもらったの?と聞かれてもなんとなく後ろめたくて答えられなかった。

渡し合いっこしよう。
8月になれば、私も念願のお誕生日カードを渡す事が出来ると思っていた。
だけど、8月生まれの女の子が選んだのは私ではなく、本当に仲良くしている女の子だった。
そりゃそーだ。私は仲良くないもん。

カードを渡せる当てが外れた私は、幼稚園生活の中で誰にも仲が良いと思われなかった子です。と証明されたような気持ちになった。涙がでてくるのと同時に、こんなカードを渡したいが為に、私はなっちゃんの名前を呼ばなかったんだ。と後悔した。体育座りをする膝で顔を隠し、誰にも気づかれないように泣いた。

なっちゃんは何も気にする様子もなく、帰り道が一緒になれば、遊んでくれたし手を繋いで歩いてくれた。私は自分が選ばれたいが為に、なっちゃんを選ばなかった事をずっと気にしていた。

冬になり、なっちゃんが誕生日カードをもらう側に立っていた。冬生まれなのになっちゃんって名前なんだ。とぼんやりと考えていると、先生が私の名前を呼び前に来て下さい。と言った。何か注意をされるような事でもしてしまったのだろうか。ビクビクしながら立ち上がると、先生にお誕生日カードを渡された。お誕生日カードには、なっちゃんの名前が書かれていた。

あんなに渡したかったお誕生日カードだけど、私は、もうとっくに誰かにカードを渡す事などないと思っていた。私は、あの時、なっちゃんの名前を呼ばなかった。それなのに、なっちゃんは私の名前を呼んでくれた。私を1番の友達だと思ってくれた。私がカードを誰に渡してもらったかなど関係なく、私からお誕生日カードを受け取りたい。と思ってくれた。それが本当に嬉しかった。なっちゃんは、私がカードを誰からもらったかなんて、気にしていなかった。私は、幼稚園生活で誰にもカードを渡せないと思った時の何倍も、自分の事を恥ずかしく思った。

私は、みんながするように、お誕生日おめでとうございます。とカードを渡すと、ありがとうございます。となっちゃんが笑った。私は何度も、ありがとう。と言って、大泣きをした。大きな声でわぁんわぁん泣いて、クラスのお友達も、先生も、なっちゃんの事も驚かせた。

なっちゃんとは、別々の小学校にあがり、そのあと、遠くへ引っ越したと聞いた。卒園以来1度も会っていない。私は、幼稚園で同じクラスだった、8月生まれの女の子の名前も、他のお友達の名前も覚えていない。私が今でも覚えているのは、なっちゃん。という、前髪ごと1つに束ねた小さな女の子だけだった。


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