帰還

まさかの逆に乗ってたか…くそぉ!
私は珍しくイライラしていた。
携帯の充電がない、土地勘がない、終電がない。どうしたらいいかの判断力がない。
充電が切れたら終わる。この気持ちが私をパニックにさせた。

100歩譲って、逆に乗ってしまったのは仕方ない、でもなぜこんな見知らぬ土地に来るまで気づかなかったんだろう。

私はアイドル文学賞というトークイベントに出演していた。渋谷から半蔵門線に乗り自宅に帰ろうとしていた。その時、乗り換えアプリで調べたルートでは、早くて楽に帰れるルートのはずだった。なのに私は逆行きの電車に乗ってしまい、だいぶ遠くまで来てしまっていた。

電車に乗ってからしばらくして、途中の駅から、地元の駅に到着するまでに、どれくらいかかるか調べていた。まだ1時間30分くらいかかるのか。結構遠いいな。と思った。
この時に、自分が帰るはずの駅までの時間が近づくどころか遠のいていっている事に気づかなかった。なぜ気づけないのか、自分でもわからない。目的地までの時間が増えているのは明らかにおかしいと気づくべきだった。

私は、私という人間と一緒にいるのがとても面倒くさい。電車を間違える事なんて日常の一部に溶け込んでいる。いちいち怒っていたら身がもたない。財布を忘れてとりに帰ったのに携帯を忘れ、携帯をとりに帰ったのに、鞄を忘れる。ちゃんと全部鞄にはいっているか確認をして、よし!大丈夫だ!と置いてきてしまうのだ。普通に考えたら考えられないような忘れ方をする。見兼ねた周囲の人達がアドバイスをくれる事もあった。メモにとる。張り紙をする。手に書く。それでも私の忘れる能力に勝てるものはなかった。

私は、人より遠回りをする。同じ道を何度も行き来する為、その分の時間も想定して家を出る。余裕があると、目に入る看板やマンホールの絵柄に気を取られ、立ち止まってしまうこともあるので注意を払う。調子よく辿り着けると、1時間以上の時間を持て余してしまう事もあるが、店に入ったり必要なものを買っておく時間に使えばいい。

ここで気をつけなくてはならないのは、他の事をしていると時間が経つのを忘れてしまう事だ。早く家を出て1時間時間以上前についても、喫茶店で時間を潰していたら、人間観察に気をとられ遅れてしまいました。じゃ元も子もない。

思い返せば、小学生の時からそうだった。
ランドセルを忘れて学校にいく。ランドセルを忘れて家に帰る。靴のまま教室に行く。上履きのまま家に帰る。ふざけてるのか?と怒られたが大真面目だ。またやってしまった。って顔おすれば、クラスのみんなは笑ってくれた。

だけど、私はもう大人だ。とっくに大人だ。
笑って許されるほど甘くない。なんとかしたいと奮闘していた時期もあったが、それは私の心に大きな負担をかけた。出来ない自分が許せなくなり、頑張ったのに出来なかった。という結果が私を苦しめた。

私が私と生きていくにあたり、のんびり時間をかけてやればいい。と思うのが1番だった。努力が足りないと言われようが、注意力が足りないと言われようが、自分の心と平和に過ごすには、のんびり時間をかけるしかなかった。
こんなにいつも一緒にいるのだから、いちいち目くじらを立ててたんじゃ、やっていけないのだ。

終電を逃しても漫画喫茶に泊まればいい。いつもの私なら少し落ち込んでも心をすり減らす事はなかった。

だけど、今日ばかりは違った。次の日の午前中から、どうしても外せない用事があった。
ちゃんと家に帰り、万全の準備をしておきたかった。そう意気込んでいたのに、逆の電車に乗ってしまったのだ。今日だけはそんなミスを犯したくなかった。

どうしても帰りたかったけど、仕方がない。どんなに嘆こうが、どうにもならない。私は全てを受け止め泣いた。自然と涙が溢れた。心の中では地団駄を踏んで、嫌だ。嫌だ。とぐずりまくっていた。もう嫌だ。私は私に疲れていた。

とうとう携帯の充電が切れた。私は我に返った。明日の始発に賭けよう。始発で家に帰る自信はなかったが、私に残された最後のチャンスが始発だ。漫画喫茶にむかう足にもう迷いはない。幸い駅の近くに漫画喫茶はあった。私はラッキーだ。中に入るとそこは飲み放題だ。携帯の充電器まで貸してくれる。私はこの時代に産まれたことに感謝した。携帯が普及して居なかったら、この状況を伝えることすらできなかった。私は、コーンスープで疲れた心を癒し眠りについた。

隣の人のイビキやら、ガタガタっという物音で目を覚ます。時計を見ると六時を回っていた。ありがとう。隣の人。十分間に合う。
受付に充電器を返し、お礼を言って外に出た。
暑くもなく寒くもない気候だ。
電車に乗りいつものように、降りる予定だった駅を通り過ぎる。落ち着いて電車の乗り換え案内アプリを開く。

大丈夫。私には、まだゆとりがある。
山手線は、通り過ぎたとしても違うルートで帰れる。次こそ降りれればいい。

そして、私は無事、帰還を果たした。玄関の前でやったぞー!と両手をあげた。隣に住むおばあちゃんが、おはようございます。旅行ですか?と私に声をかける。私は物販道具の入ったガラガラを持ちながら、はい。今帰って来たところなんです。とにこやかに答えた。




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