悪魔のフレーズ

 我々には、何事も解決できる最強のフレーズがある。どんな失敗も、このフレーズを使えば瞬く間に浄化され、むしろ己の糧として必要だった事のように思える。
 大寝坊をかましてバイトをクビになった時も、気になっている子がいたのに酔っ払って大暴れした時も、どうにも間に合わずクソを漏らした時も、散々このフレーズに助けられた。即効性も持続性もある、メンタルの万能薬なのである。

 「まあ俺、芸人だしな」

 就職していた頃には利用できなかった、職業“芸人“のみに与えられたこの文言。如何なる愚行も喜劇へと昇華できる魔法が、我々には備わっているのだ。(まだプロの芸人としては日が浅いが、大学でお笑いサークルに属していて心は一端の芸人だったので、当時からこの魔法を幾度となく発動していた。)

 しかし、このところ中々打倒できない宿敵が台頭しだした。即効性はあるものの、持続性が打ち消された。そいつは幾度倒しても蘇り、まるでゾンビのように僕の脳裏に顔を出しては噛みつく。
 終点まで寝過ごしタクシーで帰らねばならなくなった。バイトのシフトが想像以上に少なかった。トイレだけ利用しようとしたパチンコ店で、気づけば台の前に着席していた。
 要するに「お金」に関する事柄には、魔法のフレーズが上手く作用しない。むしろ即効性があるせいで、一時的な余裕が生まれ、後々の後悔へと起因する。

 特にパチンコは、相当な揺り戻しがある。一度も当たりを引けず、「こんなに不運な事ある?」と空になった財布を見て、「まあ、俺芸人だしな、おもろいおもろい」とその悲劇を美化にする。コンビニのATMで下ろしたなけなしの一万円も秒で消失し、家へと帰宅する道中、突然銃弾に撃ち抜かれるが如く、「芸人だから何?」と我に返るのだ。
 学生芸人の頃は、お金に関してもそこまで大きなダメージにはならなかった。口座が底をついても、魔法のフレーズが都度僕を救ってくれた。
 しかし、近頃は僕を救うどころか、今にも崖から突き落とさんばかりである。芸人だから、手を出すべきではないお金でギャンブルをしたらおもろい。悪魔のフレーズとして、僕を煽る。

 突如魔法のフレーズが悪魔のフレーズへと変化した原因は、明らかだった。「就職」の後ろ盾が無くなったからである。
 学生の頃は借金がいくらかさんでも、就職してその給料で返せばいいと考えられた。Kという友人(何かにつけては出てくるな)と朝からパチンコ店に並び、13時間の激闘の末タコ負けしても、「えぐいて!やばいて!」と笑い飛ばしながら焼肉を食らった。

 工場を歩き回るアルバイトには嫌気がさしているので、ギャンブルの頻度は割と減少したものの、やはり折に触れては玉を打ってしまう。節制した生活を心掛けていても、柔らかな風のように「俺、芸人だしな」と僕を撫で付け、気づけば竜巻の渦中へと追いやられている。

 今すぐにでも打開策を編み出さねばならないが、とりあえずは悪魔に囁かれても、この記事を見返す事が特効薬になるのを祈るばかりである。

 現在確変通算4スルー中。そんな事ある?まあでも俺芸人だしな…。




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