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長期間の非正規滞在は最も有利な事情とした20年前の東京地裁判決

2023年10月31日にこんな判決があったとの記事に接しました。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/287177

記事によれば「判決は、家族との関係について『(クマールさんが)不法残留してきた状態のもとで構築された関係であって保護の必要性は低い』と指摘した。」とのことです。

在留特別許可をめぐる裁判で国が常する主張ですが、本当でしょうか?

20年前の判決では

2003年9月19日、東京地裁判決(民事3部 藤山雅行裁判長)は、次のとおり判示しました(判例時報1836号46頁)。

適法な在留資格を持たない外国人が長期間平穏かつ公然と我が国に在留し、その間に素行に問題なくすでに善良な一市民として生活の基盤を築いていることが、当該外国人に在留特別許可を与える方向に考慮すべき第一の事由であることは、本件処分時までに黙示的にせよ実務上確立した基準であったと認められるのであり、本件処分は、これを無視したばかりか、むしろ逆の結論を導く事由として考慮しているのであって、そのような取扱いを正当化する特段の事情も見当たらず、しかも、それが原告らに最も有利な事由と考えられるのであるから、当然考慮すべき事由を考慮しなかったことにより、その判断が左右されたものと認めざるを得ない。

030919判決37頁

ぜひ、判決原文を読んで頂きたいのですが、この結論を導くために、昭和56年法改正時の国会における当時の入国管理局長答弁や出入国管理基本計画などを精査しています。今回の10月31日東京地裁判決は未読ですが、ここまで深い考察をしたのでしょうか。国の主張の言いなりではないのでしょうか。

以下のフレーズも好きです。血が通った判決です。

在留資格を有しないことによる多くの不利益の中、自己や家族の生活の維持に努めながら、帰国しなければという思いと本邦での生活に完全にとけ込みながら成長していく子供の成長等の狭間で長期間にわたり自らの状態等に悩みながら生活していた原告夫及び妻の心中は察するにあまりあるものであり、当人らとしても違法状態を認識しながらもいずれの方法も採り得なかったというのが正直なところであると思われる。

030919判決43頁

深化した2003年10月17日判決

この判決の約1か月後、韓国人一家の原告3人について、退去強制令書発付処分を取り消す判決が、同じ東京地裁民事3部によって出されました(判例秘書登載)。

基本的な論理構造は9月19日判決と同じですが、以下のフレーズは9月判決にはなかったものです。深化しています。

適式な手続きを経ないで他国に入国することは、現在の主権国家を中心とする国際秩序を前提とする限り、違法なものといわざるを得ないが、より良き生活を求めて他国に移住しようとすることは、人間として自然の情に基づくものであり、他国に移ったのちに先住者と平和裡に共存をし得るものならば、そのような行為は何ら人倫に反するものではないというべきである。

031017判決43頁

マクリーン事件判決も一蹴


そして、すっかり忘れていたのですが、こんなフレーズもありました。

そして、主任審査官が本件各処分に当たり、いかなる事項を重視すべきであり、いかなる事項を重視すべきでないかについては、本来法の趣旨に基づいて決すべきものであるが、外国人に有利に考慮すべき事項について、実務上、明示的又は黙示的に基準が設けられ、それに基づく運用がされているときは、平等原則の要請からして、特段の事情がない限り、その基準を無視することは許されないのであり、当該基準において当然考慮すべきものとされている事情を考慮せずにされた処分については、特段の事情がない限り、本来重視すべき事項を不当に軽視したものと評価せざるを得ない。この点については、裁量権の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として、当不当の問題が生ずるにすぎないとの考え方があり、過去の裁判例にもこれを一般論として説示するものが少なくないが(例えば、最高裁大法廷判決昭和53年10月4日民集32巻7号1231頁)、このような考え方は、行政裁量一般を規制する平等原則を無視するものであって採用できない。

030919判決34頁 031017判決34頁

さらっと書いているのですが、ここで「このような考え方は…採用できない。」として例示している昭和53年10月4日最高裁大法廷判決というのは、未だに呪縛となっているマクリーン事件判決のことなのです!!

冒頭にあげた事件の原告、控訴はされるのでしょうが、控訴審ではこの20年前の判決のような血の通った判決がされることを期待します。

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