祖父と『虚数の情緒』

祖父は東大を4回落ちて、私大に進みました。

口癖は、「学歴なんていらん」 で、灘に合格した時も、「灘の何が偉いんや」 と返してくるような人でした。

そんな祖父が中学1年生の時に、「これをやる」とくれたのが『虚数の情緒』でした。

1000ページにも及ぶ数学の本で、虚数???の私には荷が重く、愛想笑いで受け取り、本棚の飾りとなりました。

数年後に再会した時、見るからに痩せこけた祖父。体調が優れないことは一目瞭然でした。息苦しそうに前屈みで弁当を食べている時に、「最近数学は何を学んだんだ」と問われました。 お世辞にも成績が良かったとは言えなかった当時の私は、たまたま直前の授業を思い出し、その場で箸の袋の裏に、円周率が3.05より大きいことを記しました。殴り書きの拙い物です。 その数ヶ月後祖父は亡くなりました。

亡くなった後、祖母から 「友人への孫自慢がつきなかった」 「箸袋の数式を大事に飾っていた」 ことを聞きました。 心から私の味方であったのだろうと思います。

ふと、自宅で目に入った『虚数の情緒』。手に取ると変わらず重く、ほんのり埃を被っていました。 ページを恐る恐るめくると、冒頭から、「学ぶ」ということについて説かれます。 『さあ諸君、勉強を始めよう勉強を。数学に限らず、凡そ勉強なんてものは、何だって辛くて厳しい修行である。』 そして、 『数学を学ぶにはまず言葉を学べ』 と続く。 決して数学に留まらない。科学、歴史、言語を交えながら、『数学』というものを熱量高く語りかけてくる。

祖父はどんな思いでこの本を私に渡したのでしょう。私に「学ぶ」ということを示した本です。 なお、読了には数度挫折すること間違いなしです。

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