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#3-② 長短どちらも


文体の舵をとれ
練習問題3
問2

半から1ページの語りを、700文字に達するまで一文で執筆すること。

テーマ案 病院のベッド等での重要シーン



 この数字はなんですか、こちらは、その数字はと母が繰り返すので、防護服の看護師は目線を少しだけ私の方へ動かし、困ったようなさみしいような目をしてーー目しか見えないのだ、眉は帽子の中で、口元はあたりまえに頑丈そうなマスクのなかにしまわれているのだからーーまた数字の説明をくりかえしている、母や私が知っているのはテレビでよくやっているようなSPO2が92や93切ると苦しいとかそんなところで、ところが父のまわりの数値にはそのあたりに近いと思われる値はなく、100という数値に母がいったん喜んだが、それはそれ以上の酸素を与えられないという限界まで上に上げきってしまったものだと100から受けるイメージとは真反対の絶望であることもさっき知ったばかり、面会時間には15分という制約もあるのにこれが父に会える最後なのに、母はその事を少しも飲み込もうとせず父に向き合わない、そのことをわからせるにはもっとなにか決定的なことを、医師からはさっき言われたけれど、看護師からもとも思うが、父にはまだうっすらと意識があり浮き足立っている母を見るとはなしに見ている、もしくは優しく見守っている、これが見納めであろうと母の落ち着かないさまをーー家のなかでもいつもそうで、落ち着いたためしなどなかったーー目に焼き付けているようでもあり、こういう夫婦のあり方なのかもしれないと気を取り直して、自分には伝えたいことや話しておいてほしいことがあるのか考えてみるけれど浮かばず、ただそばで突っ立っていることしかできなくて、看護師が息子さんですよ来てくれてよかったですねえ、お顔がそっくりなんですねなどと大きな声でいうと父の目が少し細くなり、あと5分しかない今になってもああ自分は太いチューブにつながれた父を目の前にしても、やっぱり向き合うことを怖いと感じてしまうのかと愕然とする。


フィクションです。
実在の人物の描写を含みません。
(倫理的に明記)

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