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いい子になりたい

かかとが浮く。上に引っ張られるように。



褒められるのが好きで、よいしょよいしょと持ち上げられるのが好きで、どこまでも膨らんでいく高揚感と共に、いつもかかとが浮いていた。

地に足が付いていない私は、本当はアンバランスであることを忘れて大袈裟なことをペラペラと喋っていた。

甘い毒のような香りのする「いい子ね」を欲して、架空の中で自分の身長を美しい城にしていった。


かかとはどんどん浮いていく。引っ張られて、膨らんで、気持ちよくなって、さらに貪欲になって。


そうしてギリギリの爪先立ちになった時、ようやく気づいた。「しんどい」と。


ぶるぶると震える足に耐えきれず、恐怖に駆られた私は自ら床に倒れ落ちていった。

何もかもなかったことにして。

写真の中の思い出も、ラインでのやりとりも、せっかく形成したコミュニティも、ようやく得た信頼も、倒れてゆく間に手放して。


こんな失敗を、私は何度繰り返してきたことだろう。



小さい頃から、私は「いい子になりたい病」だった。「いい子ね」と言われるためならなんでもするという、ひねくれた精神を持っていた。


どんな言葉を発せば、どんな佇まいでいれば、どれほどの成績を取っていれば、私は「いい子」と言ってもらえるだろう。


たったそれだけのことを過剰に意識し続けていた私は、教室の隅々にまで自分の神経を張り巡らせていて、無邪気とか可愛げのあるとか、そういう言葉からはほど遠い子だった。


あの時揺れていたスカートは、絶対に大人と私のためにあった。

偶然通りかかった風は、本当はもう少し遠いところを吹いていて、スカートを揺らしていたのは私自身だった。


私ではない私に馴染みすぎた私は、かかとを上げることを大人になってもやめられなかった。

いつだってギリギリまで「いい子」でいることを求め、そして、壊れるように倒れていった。


太い槍に刺されて、ようやく私はその悪循環から抜け出すことができた。しかし、そうして戻った先には、もう既に誰もいなくなっていた。



もう、いい子になんてなりたくない。

そんな気持ちが私を社会から遠ざけた。過剰対応してしまう私は、その度に自分が「いい子」になっていることを自覚し、泣きそうになっていた。


ありのままの呼吸を繰り返せる場所を求めていた。

たとえそこが薄暗い部屋の中でも、孤独な夜道でも、湿った朝靄の側でも、どこでもよかった。

地面に触れることを忘れたつるつるのかかとを土で汚したかった。石でぼろぼろにしたかった。血が滲むまで砂利道を歩きたかった。


ずっと分かっていた。それが生きることなのだと。

けれどやめられなかった。生きているふりを。



「いい子」はきっと今の私の中にもいる。褒められれば心が粟立つし、期待されればかかとが浮く。


かかとが浮いた私の書く文章はとても不安定な形をしていて、見た目は大きいのに、ちょっと触れればすぐに崩れてしまう。


だから私は、ずっとエッセイが苦手だった。

鼻から虚構である小説を求め続けた。


けれど、苦手だからこそ最近の私は戦っている。なるべくかかとを床につけて、息を吐きながら本当のことを書いている。

それはとても心がざわつく。もっといい自分を見せたくなる。

けれど、浮きそうになるかかとをこれでもかというくらいに床に押し付け、ぼろぼろの本音を並べていく。ああ、なんて格好悪いんだ。


ぺらぺらと語れるほど、私の日常はあっさりとしていない。精神の流れが泥水のようになって、激しい音を立てて底を流れている。


一行日記のような人生だったらよかった。けれど残念なことに、私の日記には腕がつっこめてしまう。二の腕までつっこんでも、指先が底に触れることなんてない。

そんな文章を綴ることは、もちろん容易いことではない。だからこれは「戦い」なのだ。

自分自身とにらめっこをしながら、あんた、もうちょい身長低いでしょう、いやいや違うぞ、と喧嘩になりながら。



「いい子」は可愛い。けれど自分ではない。

揺れる天秤を見つめ、うんうんと悩み悶えながらも私は自分の方に体重をかけていく。苛々としながら、そこだけにある美しさを地道に拾っていく。


それは確かに理想とはほど遠い。可愛くないどころかむしろ醜い。けれど、いくら叩いてもきっと割れない。なぜならそれは本当の自分だからだ。





大きく深呼吸をする。

うんうんと頷いて、息を吐きながら、私は今日もかかとを下ろしていく。



2019.7.7『いい子』Koji



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Koji ( コジ )

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大人のための絵本たち

イラストを使用したエッセイ&ショートショート集です。イラストに込めた意味をさまざまな形で綴っていきます。
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コメント14件

優まさるさん

そんな番組があったのですね!
いい子、悪い子、普通の子がそれぞれ本音を言うっていうのがまた面白いですね。私の場合は見栄っ張りから来ている「いい子」だったので、また少し違ってくるのですかね。
興味深いです。ありがとうございます😊
オノマサミさん

ありがとうございます☺️
きっと何事もバランスですよね。行き過ぎてしまうときっと苦しいんだと思います。
私も褒められればやっぱりかかとが浮きますし、今でも調子に乗ってしまいます。でもせめて、何か文章を書くときだけは素直でありたいと心がけていて。

悪いことじゃないと言って頂けると安心します。ありがとうございます✨
すごいなあ、なんでこんな文章書けるんだろう。きっと「ありのまま」だからかな
ちゃこさん

コメントありがとうございます✨
私もそっくりそのまま同じことをちゃこさんに思ってますよ(笑)
ありのままだからと私も思いたいですが、残念ながら違うと思います。「ありのまま」はまだまだ私にとって憧れです。完全にはなれないと思いますが、近づきたいとは思っています。もう既にお分りかもしれませんが、どうにもこうにも下手くそな人間なので🙄笑

ちゃこさんこそ、私はありのままだと思っていますよ。勝手にレッテルを貼ってしまうのは失礼かもしれませんが。
読んでくれてありがとうございます☺️
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