AC長野パルセイロ
プロになって初めての夏の移籍。
夏の移籍は期間が定められているため、話を頂いてから冬の移籍ほど時間がなく、
決断するにも決断してからもバタバタな日々でした。
″いろんな事″があって、その中での長野からのオファーは本当に有り難かった。
移籍を決断し、とにかくバタバタしていました。
最初は体だけ長野に行き、
ホテルとクラブが持ってる賃貸で2週間過ごしました。
長野の家は移籍を決め、まだ東京にいる時にネットで決め、引っ越しも色々連絡したけど結局知り合いがやってくれることになり、
ヴェルディの後輩、まさ(飯田)、亮(西谷)、マジで役に立たなかった久弥(佐藤)が来てくれて、
久弥以外には本当に助けられた。笑
朝から荷物を入れて、そのまま長野に行き、
長野で輝(安東)とゆうま(船橋)に手伝ってもらい
これも本当に助けられて、なんとか引っ越し完了。
また1週間後に東京の家の退去のため東京に行き、
1ヶ月で3往復。笑
なかなかハードに過ごしていました。
チームの方は
バス(宮阪)、やす(西村)、まあや(佐古)を知っていたので、事前に話は聞いていたし、
チームに合流して、みんなの人柄や雰囲気に助けられ
馴染むにも苦労はしなかったです。
プレーの特徴を理解するには時間が必要だったけど、、
まぁその辺は感覚とコミュニケーションでなんとか。
そしてゆうきさんの存在はやっぱり大きくて
ゆうきさんの人間力にはかなり救われました。
単純にコミュニケーション能力が高く、チームとして求める事、個人としては求める事が明確で
自分のやるべき事に迷いなくプレーできていました。
選手への想いや考え方は今までの監督にはなく、
勉強になる事は本当にたくさんあっただけに
監督交代は悔しくて、本当に申し訳なかった。
ただチームって生き物で、新しく進まないといけない。
そこの責任は投げやりにしたくなかったし、サッカーできる喜びを思い出させてくれたからチームだからこそ、
少なからず昇格も不可能な数字ではなかったし、
切り替えてやるしかなかった。
そして新しく就任したのがリキさん。
全然被ってないけど高校の先輩で、以前京都でリキさんはコーチだったけど一緒に仕事させてもらった人。
正直背筋が伸びた。
それは高校の先輩だからではなく、悪いものは悪い!とはっきりする人だと知っているから。
案の定自分の中で少し体が重い感覚があった時は試合に使われなかったし、感覚が良くなっても、出てる選手達も悪くない時はなかなか出場できなかった。
ただ黙々とやるしかなかった。
そんな時僕が感じたのはバズ(宮阪)の存在。
年は同い年でポジションも同じ、
単純に僕の移籍は良く思わないはず。
だけど事前に連絡した時も真摯に連絡を取ってくれたし、
普段の練習の取り組み、バズの人柄は単純に僕のメンタルの支えになってました。
ジョギングしながら話したり、2人になった時に話すと、内に秘めてる物はあるし、でもそれを良くも悪くも見せず振る舞う姿勢は尊敬の一言。
チームは昇格はできず、一時残留争いをしないといけなくなるかもしれない順位まで行ってしまい
夏に自分が移籍して、その価値を示せなかった事が申し訳ない。
ただ本当に個人的な話になってしまうんですが、
さっきも書きましたが、改めて試合に出てサッカーをする喜びを感じしてもらい、
勝った時のあの喜びや負けた時の憂鬱感。
そんな一喜一憂する日常をまたもらえて長野には本当に感謝です。
長野のおかげでサッカー選手でプレーするという、簡単で簡単ではない現役を続けてられています。
シーズンが終わり嫌な時期(契約の時期)になって来ました。
長野は寒いので気をつけて。
僕より慣れているか。笑
寒いので僕は長野を出ます。笑
本当に1年間(僕は半年ですが)応援ありがとうございました。
1年が年々早く(年のせい)、特に今年はバッタバタな1年でした。
少しサッカーの日常は休みになりますが、
レディースがあるのでしっかり応援しながら
良い年末年始をお迎えください。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
koken
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