深夜2時。先輩の話は4周目に突入した。
「すごかったな~。あの時代は。みんな寝てなかったもん」
入った。
4周目だ。
腹立たしいとかではなく単純に疑問だ。
一晩で同じ相手に同じ話を4回するというのは、どういった心境なんだろう?
よっぽど伝えたい思いが強いのか、脳の回路がどこかでショートしてるのか。
小さめの円卓を挟んで向こう側に座っている先輩は
今にも椅子から転げ落ちそうな体勢で虚ろな目をしている。
僕は“上海風やきそば”なるものを食べながら店内をながめた。
客は僕と先輩意外誰もいない。
店内には冷房の音と女性が歌う中国の歌謡曲だけが響いている。
厨房ではアジア人シェフが大きな中華包丁でなにかを叩き切っている。
返り血?というか返り汁?みたいな緑色の液体を全身に浴びているが、全く気にしている様子はない。ただ黙々と包丁を振り下ろし続けている。
「いや、今の子には想像できないかもしれないけどさ、ほんとヤバかったんだよ、あの時代は。やばかったの。なんかやってやろう!って。ひっくり返してやろう!って。とにかく面白いことやろうぜ!って感じで毎晩遊んでた。バカだったな~。でもその頃の経験が無駄だったかと言うと、そうじゃないのよ」
その頃の人脈が活かされてるのね
「その頃の人脈が今の仕事に活かされてるんだよ、結局」
先輩の顔を見ているふりをして、その背後の壁に飾られてるボトルシップを眺めていた。
あれ?ボトルシップってどうやって作るんだっけ?
船を作ってボトルで覆うのか?ボトルがあって、その中で船を組み立てるのか?
どっちだっけ。この間テレビで観たのに。
「お前聞いてる?」
先輩がニヤニヤしながらこっちを見ている。
「そうっすね。僕らの世代ってあんまり遊ばないから、仕事の面でもそういうエネルギーみたいなとこは、爆発的な、足りてないかもです」
実際のところ聞いていなかったが、さすがに4周目なので当てずっぽうで返せた。
先輩は僕の言葉尻を盗むように既に話し始めていた。
「まあな。無理して遊べってわけじゃないのよ。でもさホニャララホニャララ」
まただ。ここから先人たちの名言や格言を並べ始める。
そうやって自分の理論を補強するのだ。
ただただ目の前の人種が不思議でしかない。
スーツを着て、仕事して、書店でつまらん新書を買い漁って、インスタントな情報だけ貪り食う。
それを十分にため込んだら、金曜日の夜、若者に吐き出し続ける。
その循環。
僕も歳を取ればこうなるのか?
にわかには信じがたいけれど、でもそうなってしまうのかもしれない。
すまん。未来の後輩たち。先に謝っとく。俺の与太話は聞き流してくれ。
なんだか罪悪感がこみ上げてきて、冷えたおしぼりで強く口を抑えた。
ふと、厨房に目を向けると、シェフは緑色の液体に埋もれて、姿が見えなくなっていた。
かろうじて緑の中から見え隠れする包丁の動きのおかげで
彼が今もなお何かを叩き切る作業を続けていることがわかる。
「なんだかさ、お前見てると昔の自分思い出すんだよ。似てるんだよな。だから頑張ってほしいんだよ、だから厳しいことも言ってく。俺はお前を育てたい!」
終わった。
はい、完成です。
~後輩のためを思ってる風、懐古趣味と自己陶酔のチャンプルー~
できあがりです。
忘年会、新年会、歓送迎会、親戚が集まる席、など
日本ではさまざまな宴会において見られる伝統的な料理です。
いつの間にか厨房からシェフが出てきて、僕らの円卓の前に立ち尽くしていた。
相変わらずドロドロの緑に覆われていたが、かろうじて表情が読み取れるくらいまでには液体も落ち始めていた。
両手で抱えた大きな鍋を円卓の中央に置く。
鍋のふたを取り上げると、中には大量の小ぶりなカニが入っていた。
シェフは一体さっきから何を切っていたのか?
カニではあるまい。だってありのままの姿で鍋に入れられてるだけだから。
いや、僕が知らないだけで、これはどこかしらを切り取られた姿なのか?
いや、どこだよ、これ以上カニに部位ある?
でも、あんだけ包丁振り回してたし、体は緑の液体まみれだし。
いや、カニから緑の液体出ないでしょ。大丈夫、これ?え?大丈夫?
シェフなんで何も言わないの?何も言わずずっと立ってるけど。怖い怖い。
先輩に目を向けると、うつろな目でカニにむしゃぶりついていた。
「うまい!」
うまいのかよ。
「食えよ」
食わねえよ。
シェフは無言のまま我々に背を向け、厨房に帰っていった。
店内には相変わらず冷房の音と歌謡曲が響いていた。
そして、先輩がカニを皿の上で扱うことで鳴るカチカチという音。
僕はもう一度おしぼりで口を強く抑えた。
深夜3時。さすがに眠くなってきた。
「でもさぁ、ほんとにあの時代はすごかったんだよ~」
そして話は5周目に突入した。
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