7/24 ~ 7/31 バーでオリジナル小説の構想を語ってるガキを見て不愉快に感じた話

最近、寝る前に必ず30分程度読書をするように心掛けているのだが、仕事で12時間くらい働いた後に読書だけして寝るというのもなんだか精神衛生に良くない気がしたので、地元のバーに行ってそこで本を読むことにした。

路上に出ている案内の通りに進むと、何の変哲もないアパートのような建物の2階にたどり着く。
一見すると、普通の住宅用アパートと何ら変わりない廊下。とてもじゃないがバーがあるような雰囲気ではなく、そもそも店舗が入っているのかどうかも怪しいほどの集合住宅臭にそのフロアは満たされていた。

看板を読み違えたか、と来た道を引き返すと、1棟怪しい部屋を発見。
アパートによくあるようなクリーム色の鉄扉、そののぞき窓の所に1枚、カラスの羽根が張り付けてある部屋が目に留まった。

住宅であれば鍵がかかっているであろうとの目算の元、一か八か扉を開くと、目に飛び込んできたのは大きなカウンターと、所狭しと並べられた色とりどりな酒瓶。
生活感という言葉をそのまま建物にしたような廊下からは一転、格式をたたえたバーにたどり着いた。

カウンターには若い男が一人座っていた。
どうやら常連客な上、少し酔っているようで、大きな声でバーテンダーに管を巻いている。


着席して、とりあえず無難そうなジントニックを頼んで読書を開始、大して興味のないアジャイル開発の教本に目を落とす。

当然、興味がない本を勉強のために無理矢理読んでいるので、ちょっとの物音や他人の会話が気になる。
バーで鳴る音と言えば、グラスの音か、当たり障りのない店内の有線放送か、客の会話くらいしかない。
グラスの音も、店内有線も聞いていて面白くないので、必然常連とバーのマスターとの会話に耳を傾けることになる。

結局おれは、情シスの分際で使いもしないアジャイル開発の知識を学ぶことより、その2人の会話を聞くことを選んだ。

そしておれは、その選択が間違いだったと、ほんの5分後に思い知ることとなった。


若い常連客は何やら小説の話をしているようだった。

『ミコというキャラクターはこういう思想の持ち主で・・・』
『物語の中盤では二重殺人が起きて・・・』
『明治大学出身の主人公は兄に強いコンプレックスを抱いていて・・・』

など、その小説の設定や起こる出来事、登場人物の心情について、バーのマスターに語っているようだった。
バーのマスターも「その後そのキャラクターどうなるんですか?」なんて気の利いた相槌を打っていたので、何か二人で共通の好きな小説があるのだろう、と思っていた。

ところが、常連客のその相槌に対する回答で、バーの空気が一気に不穏になった。
『そこはまだ構想を練っているんすけど、最終的には死ぬことになると思います』




え、これオリジナル小説の話なの・・・・?

俄然きな臭くなった展開に耐えかねて、ジントニックを一息で飲み干す。
まさか大人二人がオリジナル小説の構想について語っている空間に迷い込むとは思わず、唐突に訪れたピンチに戦慄する。

しかもなんか二重殺人とかキャラの名前とかめちゃくちゃ決まってた。
経験上、こういうオリジナル・オリジナル小説の類は、キャラの設定や名前が具体的に決まっていればいるほどキツい。世の男子はこのことを、誰にも教わらずとも、なぜか中学生の時分に皆学んでいく。

バーのマスターも良くない。
『まだ途中の展開は決まってないんですけど、どういうラストシーンにしようかはずっと決めてるんですよ』
『この設定はまだ世の中でやられてないと思うんですよね~』
なんて嘯く常連客に対して貼り付けたような笑顔で「それ出版したら絶対売れると思いますけどね」なんてとんでもないことを平気で言っている。
常連客の方もまんざらではない様子で、『僕もこれちゃんと仕上げられたら絶対売れると思います』なんて無茶苦茶を吐いている。要するに、そのバーに正気の人間は一人もいなかった。

結局その架空の小説談義は90分くらい続いた。
おれはいつの間にか興味がないはずのアジャイル開発の教本をここ数年で一番くらいの集中力で読んでいた。
家の中では1頁読むだけでついついスマホを触ってしまうのに、バーにいる間いつの間にか半分くらい読了していた。

バーテンは相変わらず笑顔で常連のオリジナル小説の話を聞いている。90分立て続けにオリジナル小説の構想を笑顔で聞いていられる人間はそういない。きっと心が壊れているのだろう。

バーのマスターも酒を使った客商売である以上、本質的にはキャバクラと一緒で、男の持っている「認められたい」という後ろ暗い欲求を満たす仕事なのだと思った。来世でも、バーテンダーにはなるまい

きっとこれはカルチャーの風俗だ。
バーのカウンターで酒を飲むのに憧れたワナビに「オシャレポルノ」を提供してあげるカルチャー風俗。
チンチンが出ていないだけの完全なるヌキがそこにはある。


ただ、良いこともあった。
まずは初心を思い出せたこと。そういえば自分も大学生の頃は、自分が何にだってなれると思っていたし、自分の頭の中には夢みたいなアイデアがたくさん詰まっているのだと思った。

大人になっていくにつれて、アイデアというのは形にする営みが最も苦しくて、難しく、尊くて偉大であることを学んだ。アイデアを形にすることへの挫折は数々あったが、それらの挫折が、「アイデアを持つ」こと自体を億劫にさせていたこともまた、否めない。

バーテンダーに心をシゴかれている若い常連客を見て、
自分も、もう少し自分のアイデアや能力に、自信を持ってあげたいと、思わされる夜だった。




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