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成仁病院シリーズ

今から約10年前に、東京都足立区にある成仁病院で働いていた悪夢の日々について。

入職3日目に作業療法士の加藤隆寛(北里大学卒・2年間の浪人生)から、うちはナース判断で患者さんを拘束出来ますよと笑顔で言われた。

日本国憲法では、医師の判断ですが。

中途採用の医師は精神科未経験の、元保健所勤務医とか元皮膚科医とかばっかりだった。

彼らはまともな精神科医としての研修を詰まないままに、外来で一人で診察をさせられていた。

元皮膚科医が、3ヶ月も経たないうちに消えた。

元保健所勤務医は、あっという間に当直やら救急外来に回されていた。

勿論、精神保健指定医の資格はない。

これで、24条通報の患者の診察や刑法39条の患者の診察や留置前診察をさせられていた。

ちなみにこの元保健所勤務医のプリセプターは、何故かやり手のナースだった。

このプリセプターナースに元保健所勤務医が、当直に付き添ってと泣きついていたが、このプリセプターナースも不思議な辞め方をしていた。

デイケアスタッフは作業療法士しかいなかった。

日本国憲法では、精神科医・看護師・精神保健福祉士・心理職だったのは1000年前だったかな。

デイケアプログラムも、監査用のプログラムを作成し保険点数をネコババしていた。

二階病棟のトイレが詰まり、水漏れした汚水が一階のデイケアに滴り落ちていたが、配管工事の手配はせず。

デイケアフロアーの一角に、滅菌の衛生材料があったよ。

いまだにデイケアフロアーの天井には、あらゆる大腸菌がうようよしているだろうね。

DV被害者の女性患者の面会に加害者の夫が来て、病棟スタッフが合わせてしまい大炎上。

慰謝料は踏み倒し。

紙オムツを紙パンツと呼び、入院患者全員に使用させていた。

これを毎日交換したことにして入院費用に計上したため、退院時に外来で血祭りになっていた。

作業療法士の加藤隆寛が、同じく作業療法士の今井光(昭和大学卒)と竹之下依子(北里大学卒)と越後久美子(青森県出身)に、病棟作業療法は水増し請求しろと口頭で指示を出していた。

だから入院費が尋常ではないくらい高騰していた。

退院時に外来で患者や家族が、ありえないと血祭りになっていた。

生活保護の患者の入院費と、他の精神科病院の入院費を比較すればわかること。

成仁病院の片山理事長の方針で、病院食のタンパク質はお豆腐のみで卵やお肉やお魚や豆類は一切無しだった。

だから、入院患者の激ヤセが凄かった。

約8年前に首相官邸に通報したら、病院のホームページに管理栄養士を10人雇いましたと掲載されていた。

そういう問題じゃねーよ。

金井理子理事が、何故か成仁病院が加入している健康保険のトップになっていた。

作業療法士らが、病棟作業療法の記録を監査前に一年分纏めて書いていた。

筆跡を見れば、加藤と今井と竹之下のものだとわかるはず。

外来のレセプトのパソコンの前に、日本語すらまともに話せない外国人が座ってポチッとしていた。

保険点数は、みんな同じではないが。

事務長は、大沢親分だった。

ちなみに大沢親分は介護職の経験が一切無いが、何故かケアマネジャーの資格を取っていた。

精神科デイケアがデイナイトケアになった頃から、松沢病院から刑法39条の触法精神障害者らがデイナイトケアに続々と送り込まれてきた。

ちなみにここの精神科デイナイトケアには、触法精神障害者のためのプログラムは一切無かったが。

不思議だったのは、触法精神障害者の一部だけ松沢病院のスタッフらと成仁病院のスタッフらとで定期的に会議があった。

がしかし、ほとんどの触法精神障害者には会議が無くてデイナイトケアにご飯を食べに来ているだけだったな。

多分どこかから触法精神障害者一人に付きいくらかのお手当がもらえていたんだろうね。

私は精神科デイナイトケアの看護師だっが、加藤や主任の竹之下から触法精神障害者が来ますと言う話を一切聞かされてはいなかったよ。

触法精神障害者から、前に付き合っていた男を包丁で刺したと聞いて愕然とした。

触法精神障害者の主治医は、何故かサイマで保険点数を荒稼ぎしていた、慶應義塾卒の黒川達也医師のみだった。

黒川達也が殆ど話を聞いてくれないと、触法精神障害者らが愚痴をこぼしていたな。

しばし前に成仁病院のホームページに、サイマ治療件数日本一と書いてあった。

冷静に考えると、成仁病院だけにサイマ治療が必要な精神障害者が集中するということは天文学的数字だよね。

このからくりは、ベーシックナースの小杉師長と山崎ナースらに職質してよ。

誰にでもサイマ治療していた噂があった。

東大の神童の網野医師が指定医を取り、直ぐに開業した。

すると大沢親分がスタッフ全員に、欲しい薬は事務員が処方箋に書くから健康保険証を持って来いと指示。

みせかけだけ、網野医師のクリニックに受診したことにされていた。

網野医師の前はカワサキメンタルクリニックがこの犯罪を加担していたらしいが、処方箋に精神科の薬以外の名前があり、監査で御用になったもよう。

ちなみに、片山理事長も東大卒のインテリヤクザ。

成仁病院の閉鎖病棟には、売店が無かった。

何B(注 なんべーと呼ぶ)と言う雑用係の作業療法士や臨床検査技師らがナナコカードを作らせて、患者のお買い物代行をしていた。

がしかし、残金が合わないとかカードの紛失が多くて、スタッフ全員メールで誰か知らないかと呼びかけることが退院日のルーチンだった。

ナナコカードを鍵が付いている金庫で保管していたか否かは、加藤、今井、竹之下、越後に聞いてよね。

警察通報なしで、患者らが泣き寝入りさせられていた。

お風呂も毎日ではなかったが、シャンプーリンスボディソープなども、多めに使用したことにしていたから、退院時に毎日風呂に入っていないから、こんなにもシャンプーリンスボディソープを使ってはいないと患者らがブチギレると、キチガイの被害妄想扱いで逃げる事務員ら。

退院日は東野ナースが支配していた。

医師に〇〇さんは明日に退院させるから退院処方よろしくねが、東野ナースのお仕事。

ちなみにこのベッドコントロールは、入院が少なかったら空床にならない様に調節している保健師がいた。

このベッドコントロール保健師は、成仁グループの老人施設のベッドコントロールも担っていたよ。

高橋医師が外来で一儲けを企み、具合が悪くない患者も週一診察に設定したら忙しくなりすぎて外来がパンクした。

自分が悪いのに、事務の若手の受付に八つ当たりしていたよ。

黒川達也医師は、電気マンと患者から呼ばれる、サイマ治療の猛者。

患者と家族にきちんと説明しないままにサイマ治療を導入していたので、外来が炎上していた。

それでベーシックナースがパワーポイントでサイマ治療の説明書をようやく作り、患者家族に見せていた。

サイマ治療は、麻酔科医無しだった。

サイマ食と言う、サイマ後に出てくる牛乳とクリームパンとアンパンがあった。

サイマ治療は、月曜日と水曜日と金曜日にあった。

13〜17時の間に入院患者と外来患者に電気を流していて、時間が足りなくて麻酔から半覚醒で外来患者は病棟のベッドから追い返されていたよ。

証拠はカルテの麻酔の量とサイマ患者の人数でカウントすると、半覚醒がわかるシステムのだよ。

ベーシックナースの小杉と山崎らに証拠を取ればわかる。

入院費には、レビ視聴代も取られていたがテレビカードが無くて、時価。

ある日、山崎ナースが患者にテレビが見られないと言われた。

山崎ナースがチェックしたら、コンセントが抜かれていたとのこと。

これが成仁流の詐欺商法。

患者は精神障がい者だから、法的な証言能力がないのを計算済み。

病棟には床頭台がなくて、患者の荷物はトランクに詰められていた。

監査日は、地下の倉庫に放り投げ。

ベッド移動が激しいのとトランクに名前を書いていなかったので、退院日に服や靴が無いと言うことはザラだった。

退院日に野本奈美子ナースがデイケアに電話してきて、いらない洋服はないかと聞いてきた。

バザーの売れ残りの古着を患者に着せて退院させていた。

ちなみに、バザーの売れ残りの古着はデイケア患者の寄付。

外来の事務員らは、レセプト時期には毎日午前様。

レセプトいじって悪徳請求していた模様。

そして、終電も終わっていたがタクシー代は自腹にさせられていた、哀れな事務員ら。

スタッフらの遅刻早退欠勤をチェックしていたスタッフが、遅刻早退欠勤届けをためている人が多いから早めに届けを出せメールがめっちゃ多かった。

これは、サビ残の嵐だったから。

足立区労基署も長年に渡り揉み消していたから、足立区で見ないふりされていた。

病欠したら、届けに受診先の病院の領収書の添付を義務付けられていた。

がしかし、これを添付しても翌月のお給料から一日につき一万円も天引きされていた。

お給料明細書には、天引きのことが記載されてはいなかった。

親族の忌引も死亡診断書のコピーを義務付けられていたが、やはり一日につき一万円天引きされた。

成仁病院のお給料明細書は、何十円何円単位の数字が書かれてはいなかった。

千円以下は0になっていた不思議なお給料明細書だった。

これは、国税庁にチクリ済み。

作業療法士の加藤が成仁病院には打ち出の小槌があると豪語して、病院のカードで毎晩飲み歩くアルコール依存症だった。

さて、打ち出の小槌ってどこにあったのかしら。

病棟のプライマリーナースらは、毎月会議をしていた。

急性期の病院だったため、受け持ち患者を3ヶ月以上入院させていたら、袋叩きにされる恐ろしい会議だったとのこと。

みんな3ヶ月で一律回復、するわけねーだろ!

身寄りのない退院後に受け入れ先のない患者には障害年金と生活保護をとりあえずつけて、デイケア通いにさせるのが成仁流。

足立区は生活保護に理解があるからね。

退院後にデイケア通いが決まっていた閉鎖病棟に入院中の患者を、東野ナースが日中にデイケアに連れてきていた。

デイケアの出入り口はジドウドアで、スタッフが目を離した空きに脱走したよ。

警察には届けずに、スタッフ捜査隊が踊る大捜査線。

アリオに居たのを竹之下主任が発見して連行した。

脱走の常連だったと加藤から聞いた。

成仁病院の常識には、いまだに理解に苦しむ私。

ホロコーストだったよ。

せいじん医院の介護施設の看護師は、施設で寝ているだけでお給料貰えたとのこと。

介護施設では、認知症を書類上重めに書いて歩ける元気な高齢者を介護保険で囲い込みしていたと、作業療法士&ケアマネジャーの加藤くんが笑っていたよ。

榊原医師の往診に作業療法士の加藤くんがナースのコスプレをして、お注射ちっくん&保護室へ連れ去りをしたかもよ。

薬剤師トップが加藤くんに、僕にも注射の仕方を教えてよと笑顔で語り合っていたな。

訪問看護部門では、小野寺ナースらが短時間の訪問看護を毎日して、保険点数を荒稼ぎしていたよ。

小野寺の記録と訪問時間をチェックすればわかるよ。

外国人スタッフらを休日出勤させる際は、彼女らのこどものかおりちゃんらを精神科デイケアで面倒を見させていた。

加藤の指示で、大人の精神障害者らとかおりちゃんらを一緒に面倒を見させられていたよ。

祝日にも精神科デイケアをオープンしていたから出来たこと。

ちなみに池袋の榎本クリニックでは、精神科デイケアを毎日(土日祝も含む)オープンして、監査で叩かれてたよ。

せいじんでは、外来の患者全員とデイケアの患者全員を採血漬けにして荒稼ぎしていた。

事務員の石川ちゃんが、本来ならば医師が指示者の欄に名前を書かないとイケないのに、何故か石川ちゃんの名前が書いてあったよ。

高橋医師が、患者全員に採血後にスピッツを冷凍保管しないとイケない特殊な高額な採血指示を出して、片山理事長を喜ばせていたな。

片山理事長の方針は、アンチベンゾだった。

入院患者と外来患者のベンゾ抜き治療で、患者が壊れてた。

金井理子理事が選挙前に、正職員全員に奥事務で一万円をキャッシュで渡していた。

その見返りに白い紙にフルネームを書かされていた。

どこに正職員らの名前を使ったかは金井理子に聞いてちょんまげ。

精神科デイケアの送迎を1年目の免許取り立ての竹之下依子がしていた。

事故を起こしたが足立警察と成仁は癒着していたので、事故は揉み消されていた。

事故の翌日も竹之下依子が認知症の患者の送迎をしていたよ。

うちは認知症デイケアではなかったけどね。

近藤やよいちゃんからせいじんのデイケアにお仕事を任されて、加藤指示で今井&越後がやらされていた。

せいじんの精神科デイケアに未成年のシゾ&GIDの患者が入って来た。

39条のグループの一員になって行った。

GIDの治療をしたくて、はりまメンタルクリニックへ行っていると聞いた。

そこの精神科医が、ホルモン剤治療とメジャーの相性が良くないから、ゆっくり治療をしていこうと言ったらしい。

早く男性になりたくて男性ホルモン剤二本で五千円の怪しい医師に出会った模様。

せいじんでも処方薬を無くしたから、再度処方して欲しいと言う訴えが増えていた。

主治医の榊原医師と約束していたが、再三にわたりお薬を無くしたからと騒いでいて出禁にされた。

ホルモン剤欲しさに薬売りをしていたんだろうね。

ショックを受けた患者は、救急車に死ぬほど電話をして大迷惑をかけてきた。

救急隊員が耐えられなくなり、せいじんの田中師長のピッチに直接電話をして泣きついてきた。

救急隊員と田中師長の癒着は、お約束。

すると田中師長の鶴の一声で、この患者をまたせいじんで診ることになったよ。

せいじんは、救急隊員からの患者受け入れを断らない関東随一の神病院だったからね。

そういえば、榊原医師も不思議な消え方をしていたな。

せいじんの三階病棟は、魔境。

何故か外科医のおじさんがいたよ。

そして、野本奈美子ナースと回診をしていた。

査察隊ズームイン!

せいじんの六階は、幹部しか入れない魔境だった。

刑法39条患者の会議室があった。

せいじん被害者の会を、国が作らないとイケないね。

宇都宮病院事件よりも、議員や厚生労働省職員、警察や救急隊員らが複雑に絡んでいるね。

せいじん病院の地下には、採血の機械があった。

その機械の操作は臨床検査技師ではなく看護師の宮田が操作していた。

宮田が不在時の時のために、病棟の無資格者のスタッフらに操作方法をレクチャーしていたよ。

ある日の準夜帯で、竹之下がデイケアのスタッフルームに飛び込んできた。

病棟の患者の急変で、緊急の採血の指示が出たが、採血機械の操作方法がわかるかと私に聞いてきた。

私は採血担当のナースで、採血機械の担当ではないと伝えたら、どこかへ走って行った。

竹之下は採血機械の操作方法を宮田から教わってはいなかったらしい。

患者、おそらく死んでるぞ。

余談。

ベーシックナースがこの採血機械の血液データがおかしいことに気づいて、バイク便で三菱生化BCLにスピッツを送った。

結果。

検査結果が、全く異なっていたとのこと。

でも、せいじん病院はこの機械を捨てずに定期的なメンテナンスを入れることにしたが、まともな会社のまともな製品だったのかは闇の中。

血液データの結果で薬や点滴などの治療が全く変わるのだが、一体何人殺したのかな。

一連のせいじんエピソードを、約10年前に首相官邸ホームページから通報済み。

せいじん病院のホームページもかなり変わったし、外来医も変わったよ。

私が退職した翌月から、外来の担当医制を止めると片山理事長が宣っていたけれども、違法行為だよね。

せいじん病院で一体何があったのかを、国はきちんと公表すべし。

国家賠償請求訴訟で、日本が潰れるね。

ちらんけど。

成仁病院への苦情と入院費の返還請求は、足立区医師会まで通報してね。

足立区役所はこちら↓

トゥビーコンティニュー。

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