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世界の崩壊 「才能を発揮してはならない」 1

「できすぎてはいけないと、そう思ってしまうのです」

美奈子はためらいながらも、今まで誰にも言わなかった想いを、ようやく言葉にした。

こんなことを言って「大してできもしないくせに」と相手に思われたらどうしよう・・・。
そんな恥ずかしさと心配が、腰から肩のあたりまで一気にざーっと湧き上がってくる。

ああ、どうしよう。
やっぱり、言うんじゃなかったかも。
こんなおごった発言、口に出してはいけなかったんじゃないだろうか。

とても相手の反応なんて待っていられない気持ちになる。
なんとか誤魔化そうとあわてて口を開けた瞬間、相手はとても穏やかな声で聞き返してくれた。

「出来すぎると、誰かが傷つくから?」

「え、あ、はい! そうなんです!」

前言撤回しようとしていたのに、思わずうなずいてしまった。

この人は、私の気持ちをわかってくれる!

さっきまでの恥ずかしさは瞬時に消えて、今度は喜びが湧き上がる。

「いつも、勝ってしまうと、妹が傷つくんです。『姉さんばかり』って。友達が傷つくんです。『あなたといると、私は影になる』って。『自分のダメなところに目が向いてしまう』って。
そういう人たちが、なんの努力もしていなければスルーもできます。
でも、妹も友達も、ちゃんとやってる。
それでも、私の方が優秀だったり、できてしまったりするんです。
もちろん、全部じゃないですよ?
別のことでは、妹や友達が勝っているんです。
でも、その『別のこと』は世の中的には、あまり価値があるとされていなかったり、見過ごされていることだったりするんです。

そして、こんな風に考えることを彼女たちは偽善と呼びます。
『勝者の余裕みたいなところがムカつく』と言われたこともあります。

何かの場で、クイズ大会みたいになって・・・その問題の答えがぱっと思いつくから、思いつくままに答えてると、7問連続私が1番に回答して正解になってました。出題者の方は『おー、隠れた君の才能発見!』って喜んで下さってましたが、なんとなく空気が白けかけてるような気もして・・・8問目は答えがわかったけど、手をあげなかった。それで、別の人が正解をして、そんな感じで場が進んでました。
それを、妹が家に帰ってから『いやらしい』って。。。
だからといって、そのまま答え続けても同じことを言われたようにも思います。
妬み、というのかな。。。

だけど、めちゃくちゃ言いたいことがあって、それは、

私にもできないことはある

ってことです。
それを彼女たちはとても上手にやれたりする。
シンプルなフラットな事実なのに、彼女たちは私の嫌味だと受け取っている。

私は、別に妹や友達を打ち負かしたいわけじゃない。
好きなことを好きにやっていたり、つらいことでも、その先に待ってることを考えるとついついやってしまうだけ。

だけど、やりきった後、よっし!!!と思ったら、その横で妹が泣いているんです。

『姉さんばっかり、うまくいって、ずるい』って。。。

あれは・・・なんだか、つらいです。
天然の自分を否定された気持ちになります。

そして、申し訳ない気持ちにもなるのですよね。。。
もしかしたら、私は自己認識が歪んでいて、彼女たちの言う通り、要領がいいだけの、ずるい人間なんじゃないか、という気すらしてきます。

そして、できてはいけない、平均点でなければいけない、たまに負けないといけない、でも、わざと負けてもいけない、みたいな・・・なんというか・・・なんとも言えない感情がわいてくるんです」

その「なんとも言えない気持ち」をどうにか言葉にしようとして、美奈子はいったん言葉を区切った。

漠然と広がる自分の心と呼ばれるエリアの中を探してみるけれど、適切な言葉は見つからない。
ただ、たくさんの思考が渦を巻いている。

私がうまくいったことを、心からお祝いして欲しい。
私も、もちろん、彼女たちがうまくいくことを祝うし、望んでいるのに。
なぜ、彼女達は、私の成功を許さないのだろう。。。
私がもっとストイックで、自分に厳しくて、その成功を手にするのにふさわしい人間であれば、彼女たちは私がうまくいくことを許し、応援もしてくれるのだろうか?
私は不当に「勝ち」を得ているつまらない人間なのだろうか。

 
暗いところへずるずるずる〜〜っと落ちていく気がした。
でも、同時に「純粋に夢中になったことで結果が出て何がいけないの?!」という怒りも出てくる。

私の罪は、この怒りをぶちまけないことだろうか。
「あなた方はぐうたらなのだ」と言ってやりたいと思ったこともある。
私の成功を妬み、泣いたり、ずるいと言ったりしている暇があれば、自分のやりたいことにもっと夢中になればいい。
その結果を誰かが評価しないとしても、夢中になったその時間がすでに報酬ではないか?
その報酬がないならば、誰かに認められることを目的に頑張ったからじゃないか?
誰かに認められたいと願う前に、人を認めればいいじゃないか。
やりたいことがある私が運が良くて幸せ者だというのなら、それは、そうかもしれない。
だとしても、あなた方が怒る相手は、私じゃない!
運を操っている者に怒ってくれ!!!
私が、何を悩み、どう乗り越えて結果を出しているか、そういうところも見てくれ!!
 毎日、何を積み重ねているかも、見てくれ!!
あなた方は結局、怒りを向けやすい相手に八つ当たりしているだけじゃないか?!
 
そう言いたいのに、言わない。
そこが「におう」のではないか。
それを言われた彼女らのショックを考慮するのは、愛情か?
それとも、勝者の、おごりか?

その思考を遮るように、穏やかな声の問いかけが聞こえた。

「例えば、最近はどんなことで勝ってはいけないって思ったの?」

「最近?」

心の暗い奥底へ潜っていくような感覚は瞬時に、記憶の中のサーチに変わる。
美奈子の頭の中で、すぐにふたつの出来事がヒットした。

・欲しかったバッグを買わなかったこと。
(妹も欲しがっていたから、自分は遠慮しようと思ったこと)
・コンペティションに応募しなかったこと
(同僚が応募すると言っていたから。この同僚は「いつも、美奈子がいると私がかすんでしまう!どこにでも出てこないでよ!」と先月、泣き崩れた)

「本当は欲しかったバッグだったし、チャレンジしたいコンペだったけど、私は、妹や周りの人が傷つくのを見るのが嫌だと思ってしまいました。
って、きれいな言い方をしたけど、そのせいで、自分が彼女たちに嫌われるのが嫌なんだろうな、と思います」

「それで、今のそう言った状況をどうしたいのかな? 私に会いに来たのはなぜ?」

純粋に美奈子のためにできることをしたくて、そう聞いてくれているのが伝わってきた。美奈子は正直にすべて話しても大丈夫だという感覚の中にいた。

「うーん、どうしたいのかしら。。。
誰も、傷つけたくない、というのは確かにあるんです。
それなのに、私がいることで、誰かが傷つくのを見てると、自分が害悪のように感じます。だから、引っ込むのですけど・・・それでは、自分が生き生きと生きてる実感がないし、怒りも湧いてくるんです」

「逆の立場だったら、どう?」

「え、逆?」

「あなたが、いつも負けているわけだね。どんなに努力しても、頑張っても、相手は軽々とあなたに勝利する」

「ああ、それも経験あるんですよ。
それって、すごく、きついです。自分に価値がないような気がしちゃいます。バランスよく勝負がつけばいけど、いつも負けっぱなしは、なんというか、暗い感情が生まれるんですよね。
欠けている気がするんです。
持っていない、という感じがするんです。
だから、妹の気持ちも友達の気持ちもわかるつもりです。
それで・・・下がってしまうんです。
こういうしんどい世界から抜けたいんだと思います。
負けないし、勝たない。それなら、誰も傷つかない」

これが、ずいぶん前に美奈子の出した答えだ。
その答えの正しさをずっと信じて生きてきた。
今、この瞬間も。

そのはずなのに、

「本当に?」

相手の問いかけは、とても短く、そこに何の意図も持たずに、美奈子の中にぽんと入ってきた。
美奈子をどうにかしたいという意図をほんのわずかも持たない、無邪気な来客だ。
でも、その客の軽やかなワンステップは、美奈子の世界の土台をゆるがすような揺れを起こした気がして、美奈子は一瞬、何も考えられなくなった。

美奈子の世界の時間が、止まった。
 

つづく



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