旅館の絵
高校の時に私、放送部でして三年生の時には部長だったんですがね。
御存知の方は御存知と思いますが放送部にも大会がありまして全国規模で一番大きなのがNHK主催のもので、個人部門はアナウンスと朗読、そして団体……つまり学校単位の種目が三十分程度の番組を作る、というものでしてね。
何しろ四十年前の事ですから参加校が一番多いのかラジオ番組の部門で、一部のお金持ちの学校は当時普及し始めていたビデオカメラを使っての映像部門。
北海道地図の真ん中辺、片田舎の公立高校の私らは当然ラジオ番組でエントリー、となる訳です。
北海道の場合、ブロック大会……地区大会と言った方が分かり易いと思いますが、そういう呼称だったんです……の上位三校に入りますと全道大会……他府県ですと県大会とか都大会、府大会にあたりますかね……に進み、そこを勝ち抜くと全国大会となる訳ですが、私の学校はこれまで一度もブロック大会を通過した事がありませんで、歴代先輩方の成績を見ても「惜しい!」とすら思えなかったほどの惨憺たる成績。
私、一年の秋から過去十年分の全参加校の作品を聴き直しましてブロック大会通過に向けた傾向と対策をひたすら研究したんであります。
そして見事に三年生の時にブロック大会を三位で通過しまして、顧問と後輩一名と共に全道大会へと乗り込んだ訳です。
その年の会場は帯広市でありまして大会は二日間。距離もありましたんで旅館で一泊する事になったんであります。
ただね、旅館の記憶が、これからお話しするただ一点を除いて、殆ど無いんです。
早朝から顧問のマイカーで学校を出発し、北海道地図を見て頂くと距離が半端ない上に当時は高速道路なんて有りませんでしたから、開会式ギリギリに三人ともボロボロになりながら滑り込む有り様でしたし、運良く二日目の、上位十校で争われる“本戦”に進出する事が出来たもんですから「ウチの部、始まって以来の快挙だ!」というんで顧問のテンションが爆上がりしてしまいまして夜は外食となりましてね。
旅館には風呂入って寝るだけ、だったんです。
ところが真夜中過ぎになりましてもどうも寝付けない。
まぁ、「繊細ぶるなや!」と突っ込まれそうですが、私、枕が変わると眠れないタチでして、それに大会で望外な好成績を挙げた興奮もあったとは思います。
でもね、眠れない理由はそれだけじゃ無いんです。
隣の部屋が煩い。
こんな時間なのに話し声、笑い声が途切れる事無くガンガン響いている。声の感じからするとどうやら家族連れなんかじゃない。四、五人のオバチャン達。
安宿のせいか壁も薄いし、とてもじゃないけど寝てられない、というんで顧問が「ちょっと文句言ってくるわ」と立ち上がり部屋を出た。
壁越しに、顧問が隣の部屋の引き戸をやや乱暴にガラガラーッと開けるのが聞こえましたけど、「ちょっと静かにしてくれませんか」という声は聞こえず、また、今度は静かにゆっくりガラガラと引き戸を閉める音がして、呆然とした顧問が戻って来た。
「どうしました?」
「隣な……空き部屋だった」
「え?いやだって今も聞こえてますよ。オバチャン達の声」
「うん、聞こえる。聞こえるんだけどな、隣には誰も居ないんだよ」
じゃあこの声はどこから?
隣の先の部屋か、といいましても隣は“角部屋”ですからそこより向こうに部屋なんか無いんです。
じゃあ廊下を挟んだ向かい側の部屋か、といいましてもさっき顧問が部屋を出た時、向かい側はどこもシーンとしていた。
「せ、先輩!」
それまで一言も発しなかった後輩が大声を上げます。
「びっくりした!お前、急に大声を出すんじゃないよ」
「あ、あれ……じゃないスか」
「あれって?」
と言って後輩が指さす方向を辿りますと、うるさい声が聞こえている側の壁の天井近くに絵が飾ってあります。
どなたの作品かは知りませんが、五人の決して上品とは見えないご婦人がにこやかに笑っている絵。
「お前ね……絵だよ。絵から声は出んだろう」
とツッコんではみたものの、まさかな?とは思う訳です。
何せ隣が空き部屋で角部屋、向かい側は静まり返っている、そうなるとこの絵が唯一の“心当たり”にならざるを得ない。
「まさかとは思うがな」
顧問がそう言っておもむろに立ち上がってその絵を外し、裏を見た。
「御札なんか貼られて無いしな」
と首を傾げた。
「先輩!」
「だから、急にデカい声を出すなって!!布団並べて寝てるんだから、この距離だよ。叫ばなくても聞こえるッちゅ~の」
顔を強張らせて震えながら指を指してる後輩。「うん?」と振り返ってみますと、絵が懸かっていた跡の壁面に御札がバババ~ッとやたらめったら何枚も!
壁に空いた穴を隠すため、のものではありませんわね?
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