笑ってはいけないバッティングセンター

 高校時代の修学旅行。北海道の片田舎にある公立高校だったもんですから行き先は京都・奈良。
 その日は“グループ研究”……悪名高き北教組に毒されてますから「修学旅行なんだから学習するのが目的の旅だ!」というんでこんな馬鹿な企画が罷り通っていたんですな……の日でありまして、私は根暗なイケメンのH海君と顔の輪郭がナスビで松の木の葉っぱみたいな髪のM見君との三人組で研究テーマを琵琶湖に定めまして一日を過ごす事にしたんであります。
 ……まぁ、ハナっからやる気なんざありませんで、琵琶湖の畔にある郷土資料館でパンフレットだのビラだのを片っ端から集めまして研究は終了!早めに昼食を済ませましたところで時刻は正午を少し過ぎたあたり。
 今から宿に帰ったんじゃ引率の教師どもに何を言われるか分かりませんから「三時くらいまでは時間を潰そうぜ!」となった。

 何か時間を潰せる場所でもないかと琵琶湖の外周を彷徨ってますと『大津ボウル』って大看板が目に入ったんですな。
 看板を兼ねたアーチを潜りますと右手にバッティングセンターがあり正面にはゴルフの打ちっ放し、右手にボウリング場の建物があります。
 バッティングセンターにH海君がいたく食い付きまして「是非やりたい!」と。
 私は、どうせ三時間も時間潰さないといけないし、というんで良いかなと思ったんでありますがM見君が「ボ、ボクは外で待ってるから」と全く乗り気じゃない。
 実はM見君、普通のランニングをさせても“欽ちゃん走り”になるような運動音痴でありまして、大津ボウルに入る事すら乗り気では無かったんです。
 「いいから行くぞ!」
 苛立たしげにH海君が愚図るM見君の首根っこを掴んでバッティングセンターの中へと引き摺り込み込んだんです。
 H海君は学校でも殆ど喋らない内気で根暗なイケメンなんですが、幼馴染みでもあるM見君に対してだけは暴君と化す、そんな二面性が怖かったりするんですが。

 実は野球好きなんだ、と唐突にカミングアウトしてきたH海君が130キロ、私が隣の100キロのマシンで打ち始めても、M見君は完全傍観者を決め込んでネットの外に居りました。
 まぁ、いくら好きだと言うて野球部でもなく完全帰宅部なH海君と典型的文化系の私ですんで快音を響かせる、なんてのは夢のまた夢でバットに当てるのが精一杯なんですがね。
 1ゲーム終わった辺りでH海君が「お前もやるんだよ!」とM見君を恫喝します。
 M見君が渋々選択しましたのが70キロのマシンでありまして。
 往生際悪くブチブチ愚図るM見君に業を煮やしたH海君が勝手にコインを投入して強制スタート!

 「何だよ、ボクのペースでやらせてくれてもいいじゃん」
 バットを引き摺りながらバッターボックスへ向かうM見君にマシンの冷徹な第1球!
 ちょうどホームベース上に到達していた彼の左の尻ッペタにボールがドーン!
 「い……た……」
 ゆっくりうずくまるM見君目がけて冷徹なマシンが第2球!
 「危ない、伏せろ!」
 これは間一髪でしたよ。
 「早く構えないとまたボールが来ちまうぞ!!」
 慌てて右打席で構えるM見君。
 構えを崩さず身じろぎもせず3球目を見送った、と思いきや、ボールがキャッチャー代わりのネットに吸い込まれた刹那にM見君のバットが空を切る。
 「くっそ~」
 「惜しくねぇよ!……ッてか嘘だろ?真剣にやってソレか!?」
 驚愕しながらネットの内側へと乱入した私は、4球目を見(けん)させてボールが来るタイミングを覚えさせ、
 「いいか?ボールをよく見て“ここだ!”って所で思いっ切りひっ叩け!」
とアドバイスを送ります。
 そしてマシンが……というかマシンの所にパラパラ漫画状に描かれたピッチャーが……5球目のモーションに入った刹那、私は驚愕したのです。
 「そ、その構えは!?」
 M見君は私の「ボールをよく見て」を忠実過ぎるほど忠実に守らんが為、バット担いだまま深く前傾姿勢をとったのです。その姿は左と右の違いこそあれ、読売巨人軍歴代最強助っ人外国人と名高いウォーレン・クロマティそっくり!
 動じる事無く投じられる第5球!
 ボールをよく見る、見る、縫い目(軟球だけど)の数でも数えてるのかと思うほどのガン見で見る、見る、見……

 ポッコーン!!

 乾いた音ともにボールは一直線にピッチャー(の絵)へ!
 「打った……っけ?」
 「いいや、バットを振ってない……と思うけど」
  その時!
 『お前はバッタもんのクロマティ・フィギュアか!?』ばりのM見君が、
 「い……て……」
と小さく呻いてからゆっくりと崩れ落ちたんであります。
 再びホームベース上にうずくまるM見君へ容赦の無い第6球目が!

 ボクッ

 ボールは左側頭部を直撃した後三塁側のベンチ(無いけど)へまっしぐら! 
 もはや額をさすればいいのか側頭部を押さえればいいのかワチャワチャし始めるM見君.
   「アカン!!」
 冷徹に7球目のモーションに入ったピッチャー(の絵)を見て、私は襟首を掴んでM見君を外へと引き摺り出したんであります。

 ……H海君?
 爆笑し過ぎてひっくり返ってましたわ。
 5球目から……

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