父の妄念

 私の父というのは“仕事人間”を超えた“仕事中毒”な人でしてね。仕事以外に趣味というのが何も無い人。
 田舎の零細企業な鉄鋼メーカーに勤めていて、工場で建物の骨組みである鉄骨を作り、納品し、そして現場で据え付けるまでを行う仕事をしておりました。
 60歳を過ぎて大怪我をしてしまい仕事が出来なくなって、そうするとそれまで50年近く無茶苦茶な仕事環境、スケジュールで働いてきたツケが一気に出てしまい、それが健康を蝕んで晩年はずっと病院暮らしだったようです。

 母から聞いた話では、医師から臨終を宣告されてなお、いくら人の手で目を閉じさせられても、父は目を見開き続けていた、といいます。
 更には、病院でも葬儀会場でも、父の居る部屋のドアが開いて人が出入りする度に、父はそちらを向くんだそうです。首を動かしてね。
 ……まぁ、あくまで“伝聞”ですから、真偽の程は定かではありませんが。
 ただ、プロである葬儀会社の方にとって遺体が目を閉じないなんて事はそう珍しい事でも無いらしく、
 「それ用の接着剤がありますから、気になるようならそれを使いますか?(=強制的に目を閉じさせましょうか?)」
と母に聞いてきたそうですが、あまりにも父がドアの方を向いたりしますし、病院で担当医から「よほど会いたい人がいらっしゃるんですね」と言われたのが引っ掛かって、それを断ったんだそうです。

 さて、仕事の関係もあって月末になってしまいましたが、父の新盆の墓参へと帰郷を果たしたんですが。
 北海道ではお盆が明けると、それは夏から秋へ季節が移った事を意味します。
 でも、私が墓参をしようとするその日は真夏のように暑い日でありましてね。

 父が、というより父方代々の墓というのがちょっとした山の中腹にある墓所にありまして、周りは見渡す限り農地です。
 過疎地の、「コンビニって何?」というくらい何も無い、電柱もロクに立っていないような地域なので、夜の外出なんて車でも無ければ考えられないような地域。
 所々に家は建っていますが、車で通り過ぎる最中に人一人見かける事が無いような所です。
 実家のある市街地から車で20分ほどでその地域に入って行くのですが、その境界を跨いだ瞬間から景色が一変する、そう表現しても大袈裟では無いほど隔絶された世界です。
 道は広くなく、ぎりぎり交互通行が許容できる程度で、大丈夫かと不安になるほど信号もありません。
 いくら平日の昼間とは言え、天気も良いのに道行く人はおろか農作業をしている人ですら見かけない静かな場所。

 ところが、前方に墓所のある山がうっすら見え始めた頃、

 ズザーッ!!

 突然の大雨です。ワイパーをフルパワーで動かしても役に立たないほどの。
 でも、後部座席から振り返ると、さっき通り過ぎた後方の路面は乾き切っているんです。
 つまり、今我々が走っている、その部分だけが大雨に見舞われている、という事になります。
 そしてこれはいよいよ山へと入っていく、この地域にとって最初で最後の信号のある交差点の手前でも、同様の事が起きていました。
 交差点に差し掛かった所で雨はピタリと止み……というよりそこからの路面も乾き切っていて、元より雨なんか降っていない風情なんです。
 急な大雨に見舞われてからこの交差点に至るまでのおよそ500メートル。その区間だけが土砂降りの大雨で、それ以外は快晴って、そんな極端な事ってあるでしょうか?

 さて、駐車場らしき……一般的な駐車場の体はなしていませんで、ただスペースがあるというだけです……場所で車を降りたんですが、私と母が車を降りた途端にそれまで雲一つ無かった空があっという間に黒い雲で覆われてしまいます。
 先程の局地的過ぎる大雨といい、この空模様の急変といい、何か一抹の不気味さを感じざるを得ませんが、だからと言って墓参りを中止する法はありません。

 墓に着き、花を手向け、線香に火を点けようとしたその時、今度は何者かがその火を吹き消そうとでもするかのような突風が吹き、既に着火していた線香が散り散り小間切れとなって飛んでいきます。
 墓地を線香の火で火事にする訳にはいきませんから、母と二人、大慌てで拾い集めて線香立てに戻すのですが、火を点けようとするそのタイミングだけピンポイントで突風が吹き付けてくるのです。

 父の墓の脇に低い土饅頭がありまして、線香を拾い集める際にうっかり踏んでしまったんですが、
 「踏むんじゃない!そこはお爺ちゃんご寝てる所!!」
と母にキレられましてね。
 父の父、即ち私にとっての祖父のお墓は元々土饅頭に卒塔婆を立てただけのものだったのですが…
 「何で親父の墓に一緒にしたらんかったんや?!可哀想やろ?卒塔婆も無くなって、ただの“小ぶりなピッチャーズマウンド”やんけ!!」

 母によると、父の墓を建てる際に合祀の話は持ちかけたそうですが、父の姉・弟が反対で、それなら祖父の墓も建てましょうとも妥協案を提示したのですが、それもゴニョゴニョ言うばかりではっきりせん、と。
 で、強行突破も視野に専門家に調べて貰うとこの土饅頭には遺骨はおろか僅かな祖父の痕跡すらも残っていない、との結論。
 まぁ、亡くなってから80年は経ってますんでね。そら、土にも還ってますわな。
 それで、合祀するにしても、宗教学的に“合祀するに足るものが無ければ不可能”と。

 何とか墓参を終えて車に戻る頃には突風どころか空を覆っていた黒雲までもが吹き飛んで、元の快晴にもどりましたが、やはり帰り道、あの500メートルのエリアだけは土砂降りの大雨で、それ以外は雨が降った痕跡すらも無い、という有り様でしてね。


 

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