真・プロジェクトX⑧~獅子身中の虫~
道路封鎖が解かれ、それに伴って現場作業も再開されたのが11月28日の事だった。
翌月から現場をトップとしてまとめ上げなくてはならない井村にとって憂鬱の種は作業員の士気が一向に上がらない事にある。
後発の建築・電気・設備の各作業員は現場に入る前からこの現場が成功する見込みの無い仕事場である事を刷り込まれている。その為、各人の目は死に、仕事ぶりにも活気が無い。
これでは戦う前から負け戦である。
そしてその停滞した空気が最悪の形で表出した。
現場に居る全員が使う共用トイレの貯水タンク全てにイタズラ書きされているのが見つかったのである。
「我々だけの時はこんな事は9年間一度も無かった。犯人は建築部の人間に違いない!」
土木部の残党達は口々にそう言って井村達を責めた。
所長の高橋も激怒し、井村に犯人を見つけて連れて来い、と息巻いた。
だが、と井村は思った。
根本を考えれば、これは成功する見込みの全く無い現場に対して誇りや愛情が持てないが故のモラルハザードだと言える。
仮に今回のイタズラ書きの犯人を捜し出したところで、第二、第三の犯行が行われないなど誰が言えるのか?
井村はそれこそ寝ずに、まとめ役として自分はどうすべきなのか、皆にどんな話をすれば逆境に対して戦う集団になって貰えるのか、を考えていた。
そして結論の見いだせぬまま、12月1日を迎えたのである。
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