大津ボウル「やりよった」事件
バッティングセンターをほうほうの体で脱出した我々は、次にその対面のボウリング場の自動ドアを潜ります。
受付と前払い料金の支払いを済ませ、H海君とM見君はシューズを借り、ボールを選ぶ事に。
「お前、何だよ!」
暴君・H海君の怒声が響きます。運動音痴で腕力、握力にも自信の無いM見君がお子ちゃま用のオレンジ色した軽いボールを手にしていたからなんですがね。
「男のくせに子供用のって恥ずかしくないのか!男なら最低でも黒ボールだろ!!」
……じゃあ“最高”なら何色のボールなんだ?ってツッコミはこの際ヤボってもんですよ。
階段を上がってホールに出ますと向かって右から1番レーン、2番、3番と続いて我々にあてがわれたのは16番レーン。
平日のまっ昼間だというのに空いてるレーンの方が圧倒的に少ない程に混雑しておりましてね。それも1番レーンからはドンッ!ゴロゴロ~ッガコーン!!なんてTV中継でしか聞けないような音が響いて参ります。見ると、がっつりユニフォームに身を固めた若い女性がたった一人で一心不乱に投げ込んでいらっしゃる。
プロ志望なんですかね?
さて、暴君によって重い黒ボールを押し付けられたM見君は両手で持っているだけでもその重みに負け、前傾姿勢でヨロヨロとしか歩けない。
私は腰痛持病があり主治医からは、
「今度パキッと音がしたらその時は……」
と言われているので(講談社KCコミック『巨人の星』16巻より)ボウリングはNGなので後方の観客席に陣取ります。
H海君の帰宅部らしからぬ華麗な投球は惜しくも7番、10番ピンが残るスプリット。返しの投球でも7番ピンが残ります。
さあ、“壊れかけのヒヨコ”のようなM見君の第1投!
入念に指先を乾かした後ボールを取り、ヘソ下辺りにボールを両手でセットし助走に入ります。
ボールの重みに全身で負けている彼は右にヨロヨロ~、左にヨロヨロ~、
「お前は“帰って来ないヨッパライ”か!」
そしておもむろに白いラインの所でピタリッと止まると、両手で静か~にそ~ッと、
「稚魚の放流か!」
押し出されたボールはゴ~ロゴ~ロ、ゴ~、ゴ……
ま、“溝”ですわな。
ここで黙っちゃいられないのがM見君の“パーソナル暴君”H海君。
「なんだその投げ方は!!」
即席のレッスンが始まる訳ですが……ありゃあ厳しいなんてモンじゃないね。単なる罵倒だもん……何しろ身の丈に合わない重いボールを投げようってんですから、教わった通りに出来よう筈がありません。
返しの一投!
教わった通りにボールをセットして助走。相変わらずの“酩酊した千鳥足”でヨロヨロ。ラインの1m手前辺りからテイクバックに入りますって~と、
ドーン!!
辺りに轟音が響きます。
最初、何が起きたのか分からなかったんですけどね。気が付いてみたらラインの50cm手前で悄然と佇むM見君と彼から1m後方にピタリと停止しているボウリングの球。更に後方のプレーヤー控え席で悶絶しながら爆笑しているH海君。
私ね、H海君の“暴君レッスン”が長引きそうだなと思ってよそ見してたんですよ。それであのドーン!!で我に返ったもんですから、何が起きたのか見逃しちまった。
ボールを拾い上げてスゴスゴと戻って来たM見君をH海君が押し戻します。「まだ投げてないから」と。
正式なルールは知りませんが、確かに彼は投げてない!ボールがラインを超えてませんからね。
気を取り直して返しの2投目。
“生まれたてで壊れかけの子鹿”みたいな足取りのじょそうからテイクバック!
玉ァ持ったまま右手を後方に振り上げますって~と、指先から玉かスッと抜けてそのまま、
ドーン!!
ピンじゃなくてH海君が控え席でひっくり返ってます。
この時、隣の15番レーンにはどっからど~見ても中学生と思しき男子3名がプレー中だったんですが、……まぁあれだけの轟音を真隣で聞かされてんですから嫌でも気付きますんね。自分らのプレーを止めてM見君の一挙手一頭足を見守ってますよ。
「見てみ、あのオッサン(失礼な!)、またやるで」
「いや、さすがに三連は無いて!」
「いやいや、やってくれる思うわ」
なんて陰口を聞いてか聞かずか、M見君はいつになく決意を込めた凛々しい表情で指先の滑りを止めております。
『滑りの問題じゃなく、握力が持たず球を持ちきれなかっただけ違うの!?』
さぁ、決意を込めた返しの3球目。
もはやお馴染みの泥水助走からのテイクバックに入る!
ッドーン!!
「やりよったーッ!」
ストライクですよ。倒れたのはピンじゃないけどね。
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