信(のぶ)ちゃんの酒癖

 お酒を吞むと人……慣用句的にはこういう言い方をしますけど今風に言うと“キャラ”ですわな……が変わる、なんて方がいらっしゃる。
 泣き上戸ですとか、まぁ“酒乱”なんてのが代表格ですけれど、中でもタチが悪いのはやたらと他人の言動や態度にネチネチと難癖をつけまくる“絡み酒”という奴。

 二十代から三十代前半まで東京都内の『ド』がつく下町に住んでおりまして、その頃、仕事が休みの前日に必ず顔を出していたスナックがあったんです。
 スナック……まぁ確かに店の内装やら佇まいはそんな感じでしたが料金設定やらママさん、チーママの接客態度なんかはどちらかと言うと居酒屋のそれで、色っぽさなんかはカケラもありませんでしたけれど。
 ま、そんな気安さが気に入って通い詰めましてついにはママさんから「喬生、アタシはお前の“東京の母”だ!」なんて言われて本来有料なカラオケも私だけタダでしたし、毎年大晦日の閉店後には一緒に初詣に行ったり、というくらいの仲になっていたんであります。

 で、この店の常連客の中にママさんの長年の親友でもある『信ちゃん』という女性が居りまして。
 髪はくるくるパーマで容貌はお世辞にも美人とは言えません、唯一の取り柄は色白である事。『色の白いは七難隠す』なんて事を昔の人は言いましたが、ありゃぁ嘘だな、と彼女を見て確信したぐらいのもので。
 体型なんか“中年太りにTKO負け”って位のビア樽ですからね。
 で、彼女もまた「喬生、私はお前の“東京の母”だ!」なんて言い出しまして。
 「俺は港港に母親が居る“マザコンのマドロス”か!?」

 この信ちゃん、普段は控え目で生真面目な女性だそうなんですが一度(ひとたび)酒が入りますと言うと……まぁ無差別ではなく対象者は選びますけれど……ネチネチと絡み出す悪い癖が顔を出します。
 まぁ前段でも申しましたように彼女は私の“東京の母”だそうですから、当然の如く私も絡み酒のターゲットに入っておりましてね。
 
 その日は特に絡みが酷かった。
 確かにそれまで彼女の身の上には不幸が重なっておりまして、最愛の御主人を亡くされたり、その御主人の連れ子さんとの仲も芳しくはなく、仕事先の人間関係もギクシャクとして。
 ママさんも「可哀想な人なのよ」だから我慢してあげてね、と。
 それにしてもその夜は度が過ぎておりました。
 私が彼女の意に沿わない事を言うと「お前は冷たい」、同調してあげると「お前は本当に分かってるのか?」……これはいつものこと、なんでありますがその夜はそれに加えて私の腕をチク、チク、チク~ッとツネって来ましてね。
 夏場でしたから私も半袖で腕を露出しておりましたし、彼女はもはや泥酔状態でしたから力の加減が出来ていない。
 ツネられた所は青黒く変色しております。それが何箇所も何箇所も……
 「さすがにこれ非道くないか?」
 彼女が御手洗で席を立つ間にそういう話になりまして、ママさんも「さすがに(それは非道いわよ)ねぇ」と。
 信ちゃん、席に戻って参りますと再び私の腕をチクリチクリとツネりながらトロ~ンとした目でこう言った。

 「喬生、私、Mなの🖤」
 ……男たる者、いくら酔っぱらい相手と言えども、女性からの“告白”には誤魔化したりはぐらかしたりせず、真っ向から受け止めてやらねばなりません。
 私、スクッと立ち上がりますって~と、こう返します。

 「Mぅ?嘘言うたらアカン。どっからど~見ても、お前は“LL”じゃ!!」


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