九死に一生①

 え~、元旦と云えども普段通りに仕事でありまして、出勤準備をしている所に地震の警報がスマホから流れて来ましてビックリしたんですが、被害が極力小さく少なく済んでくれる事を願うばかりでありますが。

 『九死に一生』と申しますと、私にも自覚しているだけで二度ほど経験しておりまして、今回はそのうちの一つをお話しようかと思っておるんですがね。

 当時勤めておりました会社が変わっておりまして、給料日が毎月第一土曜日の夜に手渡しだったんです。
 社長が八十歳前後のお爺ちゃんで一人で会社を切り盛りしておりまして、事務員さんの一人も雇い入れていないもんですから口座振替なんかも出来ない、それで手渡し。
 で、私は給料を受け取りますと言うとJR赤羽駅前にありました安ホテルに泊まる……それが毎月のルーティンでありましてね。

 その夜は、翌日日曜日に秋葉原へ買い物に行くつもりでありましたから何処のお店で何を買うか、寝ずに計画を練ったのを覚えております。
 翌朝。安ホテルのチェックアウトは午前十時なんですが、ホテルの近くにありますM屋さんで朝定食を食べる、これもまたルーティンに組み込まれていますから九時ちょっと過ぎにはホテルを後にします。
 朝食を済ませますと駅から電車に乗りまして一路秋葉原へ。
 ……ところがその日に限って駅舎へ入る直前で猛烈な便意に襲われまして。
 駅前交番の裏手に公衆トイレがあるのは分かっておりましたし、駅の中にも改札を潜ればトイレはある。分かってはおりますものの、何故かこの時に限って私、クルリと駅に背を向けますと言うとトイレを求めて赤羽駅前を彷徨い歩き始めるんです。
 何故そうしたかは今になっても分かりません。

 駅前に何軒もあるパチンコ屋さんにトイレがある訳ですけど開店時間にはちと早い。
 フラフラとジグザグ歩きをしながらトイレを貸してくれそうなお店を探しますが大抵のお店がパチンコ屋さん同様十時開店ですから思うように見つからない。気が付くともはや“駅前”とは呼べない辺りまで来てしまっていた。

 十時。
 そうなれば駅前エリアに戻ってトイレを借りれば良い筈なのですが、何故か意地になりましてそのまま歩き続けます。
 大きな通りを挟みましてブックオフさんの斜向かいにパチンコ屋さんがポツンとありまして「よし、ここにしよう」と心が決まります。
 入店するなりトイレに直行して事無きを得ますと、このまま店を出るのも気がひけるというので千円ほど打ってみるかとなった。
 千円分の玉が台に飲み込まれる寸前で大当たりが来ましたけどこれが“通常大当たり”。ここでやめても少ないながら儲けは出てますし、パチンコを打ったんだから“お客さん”でもある訳ですからお店に対する義理も立ってる。
 「でも、トイレ借りた上に千円でアッサリ勝ち逃げって、どうなんだ?」
 堅物な善人なんだか単なるバクチ好きなんだか分からない発想で出玉をせっせと台へと流し込む私。
 箱の中の玉が無くなる寸前で又もや“通常大当たり”が来て、以後その繰り返しが何ラリーも続きます。気が付けば午後三時を過ぎてまして。

 胸ポケットに忍ばせた携帯電話が何度も振動したのは気付いてたんです。
 私、携帯電話は常時マナーモードにしてますんで、今日はやたらとメールが来るな、とは思ってましてね。
 でも、出たり飲まれたりのパチンコを休み無く、五時間も続けたせいで疲れてしまってその場でメールチェックする気力も失せていた。今から秋葉原へ向かおうなんて気もすっかり無くなってましたし。

 埼京線で池袋に出まして、とあるショップに入ります。
 日曜日だというのに店内は閑散としてまして、店番のアルバイトが二人、背後のテレビを観ながら無駄口を叩いてましたわ。
 「俺、ツイてるわ。ホントはアキバにシフトが入ってたんだよね」
 「マジで?超ラッキーじゃん」
 二人が何を言ってるのか、その意味を知ったのは帰宅してすぐ、何気なくスイッチを入れたテレビの報道特番で、でした。
 画面には、私が秋葉原でお店巡りをするときに起点となっている見慣れた交差点が大写しになっていて『白昼の無差別殺人』なんて筆文字のテロップが大きくバーン!

 そうです。職を失った怒りを無関係な人々へぶつけんと、歩行者天国に車で乗り付けた男が理不尽な凶行に出た、あの事件です。
 メールを見返したり、テレビが伝えている情報からするなら、もし予定通りに秋葉原へ向かっていたとすると、凶行が行われたまさにあの場所、あのタイミングで、私は間違いなくあの交差点に立っていて、確実に凶刃の餌食となっていた筈なんです。

 便意はともかく、何故あの瞬間だけ、熟知している筈の赤羽駅内外のトイレ分布が記憶からスッポリ抜け落ちたのか?
 午前十時に何度も後戻りするタイミングがあって、その方があのタイミングでは明らかに“得”であるにもかかわらず『前進』以外の状況判断が出来なくなっていたのか?
 これらの現象のお陰で今の私があるのは確かですが、どうしてそれらが起こったのかは今以て謎、ではあります。

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