真・プロジェクトX②~内憂外患~

 中に入り実際に稼働してみると、現場の中も外も地下鉄の開業に間に合わせるにあたって障害ばかりである事が分かった。
 まず“外”で言うなら、元より過密な小滝橋通りに現場がある為、必要な時以外は作業区域を広げられず普段は一般的な乗用車1台分の幅に押し込められている。
 しかも必要な時は広げられると言っても『必要最低限』という大前提が付く。広げられた場合の横幅は4tトラックの横幅+αといった所か。
 その上、地上部分には突風など“不測の事態”による一般車輌や歩行者への危険回避を目的に、資機材及び工事材料一切の仮置きが禁止となっていた。
 そして最も大きい点は、この現場全体を管轄するのが地元警察署ではなく、“桜田門”即ち警視庁本庁であり、オービスや街中の防犯カメラを利用して常に監視の目にさらされた状態で仕事を進めなくてはならない、という事である。

 しかし、井村の頭を最も悩ませたのは“内”の方であった。
 帝都建設には土木部と建築部があるのだが、旧財閥系グループ企業であったり、創業者一族による経営体制の世襲が強固な同業他社とは違い『優秀な社員から次代の経営者を選ぶ』を旨とする社風もあって、社員間の出世争いが苛烈を極める。
 優秀な社員の判断基準は簡単に言えば“ポイント制”であり、こなした現場の数に加え個々の現場そのものの結果評価と社員各人の就労ぶり評価を数値化し、そのトータルポイントの積み重ねが出世の成否を決める事になる。
 これを仮に10年のスパンで考えると、概ね1年間で一つの現場を終える建築部に対し、ダムやトンネル、そして今回のような地下鉄工事など一つの現場を完了させるのに5年10年は当たり前の土木部は出世争いポイント上でまるで不利なのである。 
 それが伝統という積み重ねとなり、建築部は何かと目の敵にされがちとなる。
 工事打ち合わせ会議でも悪いことは全て「建築のせいだ」とされ、譲歩させられる事はあっても便宜を図って貰える事すら皆無な状態である。
 更に決定的な問題は、土木部所長の高橋と建築部所長の磯部が入社年次同期で旧知の間柄でありながら犬猿の仲だという事であった。
 土木部の現場では作業着に長靴が必須なのだが、磯部は「俺には関係ない」とばかりに短靴で現場を闊歩したらしく、それを所長である高橋自らが見咎めたものだからその場で罵り合いに発展したのだと言う。
 「お互いに60過ぎた、ある程度地位のあるオッサンが何やってんだ!?」
 その話を聞いた時、井村は文字通り頭を抱えたものである。
 「まぁ、ここでいちいち対立していても前には進めん。暫くは歯を食いしばって耐えて、連中と上手くやっていくしかないよな」
 井村は建築部側の先発隊を務める仲間たちとそう頷きあうしかなかった。
 ただ、この時の井村には、いずれ自分に代わってこの現場に入るであろう上の会社のベテラン親方にスムーズにバトンを引き継ぐ為の地均し的な意味合いが100%を占めた考え方である。

 9月。地下鉄工事に参入する建築部の一次下請け業者の労務担当者が一同に集められて会議が行われた。
 第1回である為多分に顔合わせ色の強い低調な会議だったようで、作業員休憩所に顔を見せた星野工業の労務部長・吉崎幸三の表情は渋かった。
 そんな上の会社の担当者に、井村はかねてからの疑問をぶつけた。

 「で、この現場の本当の親方はいつからお入りになるんです?」
 吉崎は心底驚いた、という顔をして言った。
 「何言ってんの?ここは最初からアンタの現場だよ!」

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