真・プロジェクトX⑤~雌伏~


 井村徹が現場をまとめ上げるにあたっての第一歩は『見る』である。
 建設現場は寄り合い所帯なので各業種の各下請け業者から様々なタイプの人間が集う。とりわけ親方衆各人のタイプを見極めなければまとめ上げる方針も定まらない。
 親方というのはあくまで俗語であって法律上の名称は職長であり、さらに厳めしい表現になると『現場代理人(社長の代行として現場に於ける自社の業務を取り仕切る人)』となる。
 各下請け業者の職長会との向き合い方は基本的に“お付き合い程度に”である。元請けである帝都建設から職長に対する特別な手当てが支払われいる訳では無いし、過去に於いて職長会が現場の成功に著しく寄与した事例も無ければ帝都が職長会を重要視している形跡も無い。
 ただ労働法規に於いて各下請け業者に職長の専任が義務付けられ、それぞれの現場に於いて必ず職長会を結成しなければならないと定められているから、に過ぎないのだ。

 井村自身、これまで現場をまとめ上げようなどと意気込んだ事は一度も無い。
 ただ、社員のみならず下請け業者の評価すら完全ポイント制をとる帝都建設に於いて、下請け業者が自社の評価を上げようとすればまずは携わった現場の成功が“一丁目一番地”となるのは自明である。
 現場が失敗しているのにそれに携わった業者が100点満点の評価されるなどあろう筈が無い。
 だとするなら、まずは下請け業者が結束して現場を成功させる事が点数評価の基礎点ではないか。
 井村はそう考えて、これまで現場をこなしてきたのである。

 井村は20歳の時、全くの未経験でこの世界に入り、ロクな修行も経ぬままに親方にされて今日に至っている。
 ただ師匠とも言える親方に付き……その親方からは何一つ教わった記憶は無いが……古くからの職長仲間である他業種の親方衆から、
 「アンタ、○○さんの最後の弟子なんだから頑張んなさいよ。頼んだよ」
と何かと面倒をみて貰い、時には作業のやり方を教わったりもし、自社の上司、先輩よりも余程世話になった事が身に染みている。
 だからかも知れないが、井村には愛社精神というものが「無い」と言えるほど希薄で、現場への執着だけで動いている、と言っても良い。

 土木部の連中からの度重なる挑発も平静でいられた訳では無い。ただ電気工事、設備工事を含めた建築部職長会の面々を見定める事がその時は最優先事項だった事と、相手本丸である土木部の高橋所長とどう付き合うかをじっくりと観察していたのである。

 だが、そんな観察期間もそろそろ切り上げねばならない時期に来ていた。
 11月一杯をもって土木部の大半が作業を終えて撤退する事が決まったからである。

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