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主観だらけの情報に壊されないように

100%の客観はなく、
ニュースさえも、バイアスがかかった情報が流れる。

歪んだ情報、増えすぎた情報の海で、溺れる必要などない。
僕らはいつからこんなにも自分を信じられなくなったんだろう?

知らない誰かからの評価や承認など、どんな意味があるのだろう?
共感してくれる人がいるのは、嬉しいことかもしれないけれど、
共感してくれる人がいなくても、自分の思いは自分で守りたい。

正誤と他人に委ねるのは生きるのを放棄しているよう。
正義や正しさやあり方は、人の数だけあって、
時にそれが客観的には正しくなくても、その人の生き方となる。

もちろん他者を気づ付ける行為は法律で罰せられるべきだけど、
誰かのの言葉に乗っかって憂さ晴らしするような暴力が増えた今、
乗っかることの罪の重さ
浴びる側になったときの痛み
そんな想像力さえ失ったんだ、と悲しくなる。

いっそなくなってしまえばいいのに、と思うコメント欄。
誰もが週刊誌になった今、自分を守るのは自分。
自分を信じるのは自分。
自分の頭で考えることを放棄しないで。
善悪を見失った、罰せられない罪びとが無限に増えることを止めることはできない。


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