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よろづよの世界一列見晴らせど 胸の分かりた者はない (よろづよ八首)

あらゆる時代の全ての人間の心を見てみても、神の心を分かった者はいない。
こんなことを、1人の女性が話したとなると、誇大妄想としか思えない。
なぜなら、目の前の人の心の内でさえ、人間には知りようがないのですから。
だから、この言葉の意味をそのまま受け取るならば、これは、神のような巨大な視点から話される大宣言か、嘘八百のどちらか、なのです。

全ての人間の中には、お釈迦様やキリストも含まれる。
と、言えば、これは他宗教の否定ともとれる。
けれど、そんな意味は、毛頭ないのです。
これは、このお歌に触れる「私」にだけ意味があるお話なのです。
よろづよの世界一列を見晴らすことが出来る能力を持つ存在を、このひとことから、私が感じたなら、もう他人は関係ないのです。
お釈迦様やキリスト様のような偉大な方でも、神様の目から見れば、神様の御心を分からないのであれば、愚かな私には、神の心など絶対に知りえないのだ。
けれど、その絶対に知り得ない神様の御心を、神様が自らの言葉で今話している!
一体、何を言おうとしているのだ?、と、これから語られる話の内容に、惹きつけられるのです。


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