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カミーノになった私【5人のカミーノとオンタナス】DAY2

DAY2
初めてアルベルゲで迎える朝。固いベットと寝袋で寝ることに慣れていないせいか少し体が痛い。
隣のベットで寝ている他のぺリグリーノ達を起こさぬようゆっくりと音を立てずに起き上がる。体の筋肉が痛む。相棒はというとまだ寝息をたててすやすやと寝ている。とりあえず部屋から出るとするか。
 起き上がり、ベットから出ると音に気付いたの麗香がムクっと起きた。
「おはよう」眠気眼の目をこすりながら小さな声で麗香が言った。
「おはよう。昨日は寝れた?」
そう聞くと麗香はばっちり!と言わんばかりに親指をたてて笑っていた。いつも通り朝から元気な二人だ。とりあえず支度をして朝ごはんを食べよう。

下に降りるともうポルトガル人の彼が朝ごはんを食べ終わっていた。外は雪がちらついている。
ブエンカミーノと言い颯爽とバイクにまたがり去って行った後姿を眺めながら、二人は今日のルートと宿の相談を始めた。
「今日は山をいくつか超えるみたいだね。」
「と、なると距離はあんまり歩けへんかもしれんし20㎞くらいかな。」
雪が降る中で歩いた経験はない。しかし二人に不安はなかった。今日はどんな景色が広がっているのだろう。それを考えるだけでわくわくした。
朝食を終え、アルベルゲのオーナーにあいさつをし二人は外へ出た。雪は少し弱まったがまだまだ地面に残っている。とにかく歩き出そう。まだ先は長い。

歩き始めて1時間が経過した。二人のブーツは泥と雪で重みを増し、歩くのに思った以上に時間がかかっていた。しかし目の前に広がる広大な大自然が全てを忘れさせてくれた。

自分たち以外に誰もいないんじゃないか。そう思ってしまうくらいに自然の大きさだけが自分たちに語りかけてきた。太陽が顔を出したと思ったら急に吹雪に見舞われる。自分たちに一切の決定権がないということに二人は楽しささえ感じていた。
しばらく山道を歩いていると「私たちが休憩するのをまっていたんだね。」と言いたくなるほどに完璧な形をした石があり、少し歩き疲れた二人は休憩をとることにした。
リュックの横ポケットに忍ばせていたビスケットを二人仲良く食べながら、大きな青空を仰いでいた。

「だーれもおらんなぁ。」
「そうだね。鳥も人もいないね。」
「でも昨日のぺリグリーノ達はもう随分先へと行ってるやろうし、誰かしら後ろから追い越してきたりするかな?」
「かもね。」

そんなことを話していると自分たちだけしかこの世界に存在しないような、そんな気分になった。

今日は少し早いうちにアルベルゲに着けるよう頑張ろう。そう言ってまた二人は歩き出した。
果てしなく続く道に息も上がり、体温が上がっているのがよくわかる。見渡す限り雪のみの景色に心が躍り、止まっては雪をつかみ冷たさを楽しむ。そんなことを繰り返していると少し遠くにHontanasの文字が見えてきた。今日泊まる予定のアルベルゲがある町だ。
「麗香!見えたよ、もうすぐそこだ!」
二人の歩く足は速くなり、どんどんと目的地へと近づいた。

 小さな小さな町Hontanas。
人が住んでいる気配はなさそうであるが、いったいアルベルゲは開いているのだろうか...。

「この町、人いるか?」
「うーん、居なさそう。だってよくわからない小屋しかないよ?」

町...と言うよりも小さな集落と言った方がよさそうな。本当に人の気配が一切しない場所に着いた二人は少し不安を感じていた。なぜか?もし、この町にアルベルゲがなければ次のアルベルゲは15㎞先だということがわかっていたからだ。

「これ、電話しろってこと?」

そこにはアルベルゲらしき建物があるものの、ドアには張り紙があった。
「そこには泊まりたい者、ここに電話すべし。」と乱雑なスペイン語で電話番号が書かれていた。

「とりあえず電話してみる?」

何事もまずはやってみないとわからない。そう思いその電話番号にかけた。が、なぜだ。電話にでないじゃないか...。何度かかけてみるもやはり出てくれない。

二人はゆっくりと荷物をおろし近くのベンチに腰かけた。
言葉が口から出てこない。
でも不思議だ。二人は一切焦っていなかった。昨日の経験で少し成長したのだろうか。
「どうにかなるよ。」
そんな気がしていたからだ。

「さぁ、どうするか。」
「とりあえず目の前のホテルかな?あれ。聞くだけ聞こう。」

目の前にあったホテルのような家のような、よくわからない建物にベルがあったため鳴らしてみると中から中年の女性が現れた。自分たちが泊まれる場所を探しているというと、
「ここはホテルなの。アルベルゲではないから60€かかるけど。」と言うではないか。
60€だと日本円にして約7000円。普通の旅行で泊まることを考えると決して高くはないのだが。どうしてもアルベルゲと比較してしまう。一泊に60€も払える余裕は今の二人にはない。
「そうか、でも60€は払えないや。ありがとう。」と伝えると、彼女は私たちの状況を察したの向かいのアルベルゲのオーナーに電話をしてくれると言った。
すぐに話を通してくれてアルベルゲを開けてくれると言っているから少し待ちなさいと教えてくれた。
その優しさの回あって無事に二人はアルベルゲに泊まれることになったのだった。

また、人の優しさに救われた。

やっと寝床を確保できたよ。と二人で喜んでいると後ろから一人のおじいさんがアルベルゲはやっているのか、と言いながら入ってきた。自分たちのリュックとは比べ物にならない小ささのリュックを背負い、手を寒そうにこすり合わせていた。同じぺリグリーノみたいだ。

「とにかく部屋に案内するわね。」

オーナーに案内されるがまま別棟の寝床へと向かった。

荷物をおろし、寝袋をベットに敷くことで自分の場所が確保された。急いでシャワーを浴び、疲れた体を癒す。
寝床に戻るとおじいさんは本を読んでいた。
せっかく出会ったのも何かの縁だ。そう思い、話しかけることにした。

「こんにちは。あなたはどこから来たの?」

そう聞くと彼はスペインのマドリッドだと教えてくれた。

彼の名はフリオ。スペイン人で今回は初めての挑戦ではないらしい。
聞くとブルゴスから歩いてきたと言う。40㎞を優に超える道のりを歩いて疲れを一切見せないフリオに20代である二人は驚きを隠せなかった。

「ブルゴスから?!それ、私たちが2日間かけて歩いた距離だよ!」

そう言うとフリオは微笑みながら

「僕のリュックは小さいからね。」

と、言った。中に何が入っているか尋ねると本とリンゴとタオルのみだった。

「これさえあればこの旅を続けられるさ。」

フリオは自分に何が本当に必要か、わかっているんだ。あれやこれやと日本から運んできた自分たちのリュックは沢山の’モノ’で一杯になっていた。でも本当に必要なのだろうか。
ただ不安だったから、沢山のモノを詰め込んできたのではないだろうか。

本当に必要なものって案外少ないのかも。

生活をする中でも一緒だ。沢山の靴が必要なのか?沢山の食べ物が必要なのか?
本当に大切なことは「足るを知る」ことなんじゃないだろうか。

フリオの何気ない一言に自分はまた沢山のことを考えていた。

単純な言葉ほど大切で意味を持っている。

大好きな詩人の言葉をふと思い出した。
考えるのをやめにしよう。今、自分は何か大切なことに気付いた。それで十分だ。

すこし時間を空けてもう二人、ぺリグリーノがこの宿に到着した。
一人はイタリア人のアンドレア、もう一人はスペイン人のトニーン。

彼らも加わり食事の場がすこし賑やかになった。どこから来たのか、どの道を歩いているのか。そんなことを語り合っていると夜はすぐに明けてしまいそうだった。


今まで同じ地球に居たのにお互いのことなんて存在していることすら知らなかった。
そんな5人が今日、たまたま同じ道を歩き、同じ宿に泊まり、同じテーブルを囲む。

偶然は本当に偶然なのだろうか。

そんなことを思いながら眠りについた夜だった。