見出し画像

カミーノになった私【旅のはじまり】 Day0

「スペインにあるエルカミーノデサンティアゴって知ってる?」

DAY0
2018年秋、二人の大学生はいつも通り地元のマクドナルドに居た。
毎日を淡々と過ごし気づけばもう就職活動が目の前まで迫ってきていた。
「もうすぐ社会人になるんかぁ。早かったなぁここまで。」
「リョウはいいじゃん。まだあと一年もあるんだし。うちなんてもう卒業だよ?ほんとに社会人になれるのかね。」
ふたりは同い年なのだが、私は2017年に大学を休学し留学していた為まだ大学にもう1年通わなければならなかった。一方レイカは大学生活も終盤を迎え、社会人になるまでの自由な時間を思う存分楽しんでいるといったとこだった。
「そういえばレイカは卒業旅行どっか行くん?」
大学卒業といえばみんなが次に思いつくことは卒業旅行だろう。ヨーロッパや東南アジアが人気どころだが、レイカはどこに行くのだろうか。何の気なしに聞いた質問が二人の冒険の始まりになるということは、この時の二人は想像もしていなかった。

私の質問に少しの沈黙をはさみ、レイカは言った。
「スペインにね、エルカミーノデサンティアゴっていう道があるんだ。スタート地はフランスのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーっていうとこで、ゴールはサンティアゴデコンポステーラなの。その道のりは約800kmで毎年沢山の人がその道を歩いているんだって。その道を歩きたいなってずっと思っていてさ。でも大学の友達でやりたいって子も居ないからさ。」
レイカは「リョウも知らないよね。」という顔でおり話を変えようとしていたが、私はその言葉を聞いて心臓がドクンと動いたのを感じていた。
「待って。それって巡礼の道?」
そう返した私の言葉にレイカはびっくりした顔をして目を大きく見開いていた。
「なんで知ってるの?!」
自分が何で知っているかはわからなかった。なぜだろうか。どこかで耳にしたことをその時の自分が覚えていたのだろう。
「わからん。でも知ってる。そして私もやりたいと思ってた。それだけは覚えてる。」
すごくシンプルな言葉にレイカは「やっぱりリョウは、いやうちらは変だわ。」
と言い嬉しそうに笑っていた。
二人は冒険が今ここから始まる予感がして心がソワソワしているのを感じた。
「で、どうするよ?いつ行く?」
行きたいという気持ちが互いに存在しているということを確認してからの二人は早く、そして大胆だった。二人は決めた。とりあえず1か月以内にスペイン行のチケットを買おう。そして必要なものを揃えよう。と、いうことは沢山のお金が必要だ。

その日からというもの、二人は大学に行っている時間以外は全てアルバイトに費やした。
いくら疲れていようと、不思議とそんな多忙な生活に嫌気がさした日は1日もなかった。
自分がどうしてもやりたいことが目の前で待ってくれていると思うと
朝早く暗いうちから働きに行くのも、寒さに指が悴むのも。全部が旅への楽しみの中へ吸い込まれていった。
あともう少しで旅行代が貯まる。チケットも余裕で買えそうだ。

二人は再びマクドナルドに集まった。
「まだチケット残ってるかな?」
大学生にとって1万の差は命取りになる。どうか少しでも安いチケットが残っていることを願いながら、チケットサイトをチェックした。
「残ってる!しかも残りあと2席らしいよ!」
二人はほかの誰かに買われていないかと焦り、慌てて購入した。
無事にチケットも手に入った。二人にとってそのチケットは旅がこれから始まるという証でもあった。
「あとは寝袋とかリュックだけやな!」
寒い夜空の下に二人の白い息が大きく舞った。
「あと3か月もあるんかぁ。」
チケットは手に入ったものの、旅の始まり自体はまだまだ先だ。長いなぁと一人でぼやいていると、レイカが明るい声で言った。
「そうだね。でも、すっごく楽しみ!!だって二人で旅行って2年ぶりじゃない?」
二人で初めて海外へ行ったのは20歳の時だった。
その頃レイカはメキシコへ留学していて、一方私はカナダに留学に来ていた。
二人ともが合わせたわけではなかったけれど、同じ時間に違う土地で生活していたのだ。
そんな二人はひょんなことからNYで再開することになったのだった。
ずっと夢見てきたNY。高校生の頃、受験勉強をしながら夜中まで語り明かした日もあった。

「いつかふたりでさぁ、海外で待ち合わせとかしてみたいよな!」
「それはかっこよすぎる!どこで待ち合わせする?」
「うーん...NYとか?」

その頃はただただ遠い夢物語だと思っていた。

NYなんて遠い遠い世界なんだろうな、そう漠然と思っていた。
そんな二人が2年後、夢物語の世界に現実として存在していた。
行きかう人々。
鳴り響くクラクション。
忙しいほどに変わるネオンの世界に
二人は、存在していた。

NYに居た時も二人は観光地には一切目もくれず、ただひたすらに街中を歩いていた。
結婚式に向かうであろう美しいドレスに身を包んだ女性が花屋で綺麗なブーケを選んでいたり、コーヒーを片手に忙しく歩くビジネスマンがいたり。
ストリートが変わるごとに人も雰囲気も変わり、二人はその世界に夢中になっていた。
歩くことでその土地をほんの少し知れたような気がする。
20歳の二人は大きなリンゴの中で目を輝かせながら歩いていた。

次はどんな人が、景色が待っているのだろう。
その日、二人はNYの思い出を懐かしみながら家路についた。

それからというもの3か月はあっという間に過ぎ去り、ついに出発の日がやってきた。

重たい荷物を背負い、家族にしばらくの別れを告げ家を出た。
外はまだ真っ暗だ。駅に行くまでのコンビニでジュースを買うことにした。
そこはいつもと同じ何の変化もないコンビニなのだが、その日は少しだけ違って見えた。
いつものコンビニが違って見えるはずがない。
自分の気持ちが違っているから、同じものが違く見えるんだ。なんだか不思議な気持ちだった。これから始まる旅に一切の不安はなかった。
でも期待も希望もなかった。
ただの大きな好奇心。
大きすぎる好奇心を持ったまま、始発の電車に乗り込んだ。


夜行バスに揺られ二人は東京駅に着いた。
駅を忙しく行き交うサラリーマンが大きなバックパックを背負う2人を不思議そうに眺めていた。彼らにとってはこの日の朝はいつもと変わらない朝かもしれない。しかし自分たちには冒険が始まる特別な朝だった。重いバックパックを背負っているだけで少し自分が強くなった気がした。
成田空港に着いた。飛行機の出発までもうすぐだ。東京の空は雨が降っている。スペインはどうなんだろう。まだ雪があるのかな。ぼんやりと考えていると、自分たちの飛行機の搭乗ゲートが開いた。出発を目前とすると少し、ほんの少しだけ不安が顔をひょっこり表した。
後ろを振り返るとニコニコと笑うレイカがいた。その笑顔を見ると少しの不安が知らぬ間に消えてった。さようなら日本。次会うときは少し違って見えるかもね。