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Destiny8のライブをすべきという提案書


初めに


ゲーム音楽というカテゴリーがある。
音楽ジャンルが多数存在している中、ゲームミュージックというものが"音楽的に"どういったものを指しているのかという質問があるのだとしたら、それは大して重要なものではないだろう。
何故ならテレビゲームに流れている曲がクラシック調であろうがカオティック・ハードコアだろうが全てひっくるめてゲーム音楽というカテゴライズになっているからだ。
この自在な音楽はゲームと付随することにより、ジャンルの好き嫌いや言語の壁をすり抜け、ゲームをプレイするユーザーはエンディングを観るために否が応でも寄り添う。
だからこそこの日本が育てたゲーム音楽は国境を容易く越え、クラシックコンサートや動画配信等様々な形で世界各地で愛されているのではなかろうか。

そのようなゲーム音楽が世界的に受け入れられている現状で、伊藤賢治先生が描いた所謂「イトケンサウンド」をバンドサウンドで体現したDestiny8のライブの実現を願って微力ながらここに提案をしていきたい。

ライブ体験

昨今の音楽コンサートではライブ配信という形で会場に来られないファンに向けて有料で現場の雰囲気を伝えるやり方が一般的になっている。
コロナ禍という未曾有の危機で広まったこの手法は、チケットが買えなかったファンであったり、中々来日出来ないミュージシャンのライブを観る等、我々音楽ファンの選択肢を広めてくれたと思われる。

Destiny8は2020年11月28日のロマサガRSの2周年放送が初お披露目、2022年12月13日に有観客でのライブとなったものの招待された一部のユーザーのみが観れる限定的なものであり、それは2023年の11月27日のライブでも同様にRSユーザーを対象にした抽選によって参加出来たということから、実際に現地で彼らのライブ体験出来た人数は限りなく少ないと言えるであろう。
このライブの様子は無料でネット公開され、その熱量を我々は垣間見ることが出来たものの、フルパッケージのショウではなく、あくまでもソーシャルゲーム『ロマンシング・サガリユニバース』の生放送においてのイベントの一環として捉えるべきであると思われる。

前述の通り、配信ライブの利点として多数の人数に気楽に観れる環境であること、チケットの売切や遠征等の従来の問題の解消が目指せたように見えたが、現実としてはあくまでも補佐的な役割に落ち着いているように見える。実際に多くのファンはお目当ての公演の現地チケットを購入し、交通費をかけてまで鑑賞しようとする。
だからこそ「何故観客は気楽に観れる環境があるにも関わらず、現地に赴いてコンサートを観ようとするのか?」という問いに目を向けてみよう。

推しのミュージシャンを生で観たい、コール&レスポンスで盛り上がりたい、フェスで美味しいものを食べながら音楽を共有したい等々それぞれが各々の楽しみを求めて現地に向かう。
それとは別に、バンド形式のミュージシャンのライブでは、ディストーションが利いたギターの音がアンプを伝わって音圧となり自分の身体にあたかも襲いかかって来るような感覚や、リズム隊の地鳴りのようなツーバスやうねるようなベースのラインも楽器からダイレクトに文字通り体感させられ、きらびやかなメロディがコーラスとなって交差するキーボードに心を打たれる様な体験は現地のライブ体験でしか得られない非日常の空間に酔いしれることが出来る。

Destiny8の演奏について専門知識を持たない拙い感想で申し訳ないが少々触れておこう。
初お披露目の生配信を聴いて感じたのは「上手い」の一言に尽きた。
海外のテクニカルなバンドのライブに触れてきた身でとしては、それらのバンドと遜色ないレベルと断言しよう。
特に土台のリズム隊の異常な程の安定感には目を引かれた。テクニックも勿論だがどっしり構えた屋台骨が支えている音楽を聴くのは心地が良い。
ツインギターの二人もリード、リズムどちらも変幻自在にこなし時にはハモり、メロディアスに奏で、かつ時にはブルータルなリフを刻む。
ブレインの二人は方やショルダーキーボードで動き回り、方やボーカル不在のなか中心にいるフロントマンとして、きらびやかな高速フレーズを弾きまたはどこか懐かしいメロウな雰囲気も醸し出す。

会場の大小に合わせられるステージパフォーマンスにも注目したい。
各メンバーはサポートメンバーとして人気声優や大規模なイベントに出演している経験もある一方で、小さなライブハウスでそれぞれの追究する音を目指す求道者の面もある。
インストゥルメンタル、ボーカルがいないバンドは淡々と演奏に集中しているイメージがあるが、彼らはステージ上でダイナミックな動きで観客を煽るエンターテイナーとしての側面も持つ。

以上においてDestiny8の単独ライブを願う理由の一つとしてライブ体験を挙げさせてもらった。

伝承法

ロマンシング・サガ2には伝承法という、ある程度イベントをこなしたり、メインキャラが死亡すると年代が飛び、意思や能力を受け継いで再開する独特のシステムが採用されている。

伝承法

音楽の歴史はまさに伝承法として紡ぎられた。
人類が音を鳴らすようになったのはいつからだろうか?木の棒で等間隔のリズムを刻んだ時だろうか?それとも動物の鳴き声を模倣して鳴いた時だろうか?
少なくともその原初的な体験が現代に繋がる音楽の原点なのかもしれない。
道端で当時の王政の偉大さを謡う吟遊詩人、理論を形成したクラシックの偉人たち、労働者階級が作り上げたブルーズ、旋律がリズムと出会い、その後多様なジャンルが産まれてきた。

伊藤賢治先生はAmazonプライムの番組『サガ THE ドキュメンタリー 30周年記念プレゼンツ ~伊藤賢治 ワールド~』において、Destiny8のメンバーに自身の音楽を継いでほしいという趣旨の発言をしている。
また、2021年8月27日に掲載されている音楽ナタリーさんのインタビューもここに載せておこう。

各メンバーはそれぞれサガシリーズのファンであることが見て取れ、伊藤賢治先生の作った曲に対する敬愛を感じられるだろう。
ゲーム音楽の作曲者本人が組み込まれた現存のバンドというのは果たしてどのくらいあるのだろうか?
植松伸夫先生がTHE BLACK MAGES、セガの作曲チームが作ったS.S.T.BAND等はバンド活動をやっていたが今では活動していない。
同条件で近しいのはDestiny8のメンバーが在籍していた日本ファルコムのjdk BANDやセガの瀬上純先生とジョニー・ジョエリのユニットCrush40もあるが後者はプロジェクトと言っていいかもしれない。
他にもイベントなどで一時的なプロジェクトはあるだろうが、継続的な形で存在しているのはかなり限られていると言えるだろう。
故にDestiny8は世界的に見てもかなり稀有なバンドであり、作曲者のマインドに幼い頃から影響を受けた、いわば伝承法の定点にあると解釈出来るかもしれない。

また、各メンバーが影響を受けたのはサガサウンドだけではない。
彼等の出した三枚のアルバムを聴けば、聴き慣れたサウンドやフレーズが頻出する。
プログレッシブメタルのようなテクニカルな掛け合いやハードロックの古典、他にもスパニッシュなアコースティックや浮遊感のあるキーボード等、あらゆる音楽を貪欲に吸収し糧としたゆえに表現出来るようになり、過去からの遺産を受け継いだ音が弾き出されるのである。
更に特筆すべき点は彼らを育んできた音楽を実直にさらけ出す姿勢である。過去の音楽から影響を受けたことが無いというミュージシャンはおそらくいないだろう。しかしながらいつからか嬉々として自分が影響を受けたミュージシャンを語る様子は媒体から身を潜ませてしまったように思える。
影響を受けたギタリストは?という質問があればそのギタリストが弾いてるアルバムを買い、更にそのギタリストが影響を受けた過去の偉人に触れる。これが時代の遡りであり、ここを意識すれば世代間でまたは洋邦で分断するような対立構造はそもそも生じない。
Destiny8のメンバーはその影響をさらけ出す。
それはこれから続く歴史において、瞬間的な動画の再生回数や動員数、売上といった数字よりも価値があるものなのではなかろうか。

数々の音楽の歴史から引き継いだものとこれから伊藤賢治先生から引き継ぐものこの二つの流れの真っ只中に彼等は活動している。
それではDestiny8がこれから残すものを少し願望を込めて考えてみよう。
彼等の活躍で各メーカーのブランドタイトルでそれぞれ専門バンドを形成し、大規模なゲームミュージックフェスが開催されるかもしれないし、冒頭で述べたように日本から発したこの音楽の自在性により海外での積極的な活動が生じるかもしれない、そこから若いミュージシャンが日の目を見る機会が生まれるかもしれない。

吟遊詩人が歴史(histoire)の物語(histoire)の最初の一句を謡う為にも、是非彼等の単独ライブを開催して欲しい次第である。

終わりに

大きくこの二点、現地でしか味わえない経験と世界的にも稀に見る形のバンドであることがDestiny8の次のステップとして、有観客できちんとパフォーマンスに対しての対価を支払うライブを行ってもらいたい理由である。

ロマンシング・サガのクラシックコンサートを2020年に池袋で鑑賞し、そのあまりにも素晴らしい演奏でクラシック楽団のレベルの高さに感動し、翌年のチケットも購入していたがコロナ禍ということで無観客での配信ライブを楽しみ、また2022年に現地に向かうことが出来た個人的な経験がある。
是非とも彼等にも同様のチャンスを与えて欲しいと切に願っている。
幸運なことに各メンバーは前向きである発言を残しているので、なにかしらのきっかけがあればトントン拍子で開催されるかもしれない。
ワーカーホリックな伊藤賢治先生の手が少し空いた時でも構わない。

その時を願うばかりである。

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