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【講演レポート】顧客時間の学校「CRM基点で描く顧客戦略」(2020/3/25開催)

顧客時間が描く、CRM基点の顧客戦略

顧客を取り巻く環境が日々変化し、事業会社が取り組むべき課題も多岐に渡る時代。顧客時間は即時的な解決策を提示する“点”の関わりではなく、事業会社と一緒に汗をかきながら中長期に渡って並走する“面”のパートナーとなることを理想としています。

事業会社のDXサポートにおいて「CRM」は、特に中長期的かつ深い関係で進めていく必要がある領域。自社のどのチャネルを使い、どう顧客と繋がり、どう利益を生むのか。顧客時間代表の奥谷は「点だけのご相談をいただいてもベストソリューションは出せない」と言います。

考えるべきは、まさに社名にもなっている「顧客時間」全体。売る時点だけでなく、売ったものが使われる段階まで含めた顧客時間全体を構築するには、事業会社のビジョンを共有し、時にビジョンを再定義するところから関わる必要があります。そういった意味で、顧客との繋がりを築く根幹となるCRMは顧客時間が重要視する領域のひとつ。

「顧客時間の学校」においてこのCRM領域の講師を務めるのは、CRMプランナーの安藤彩子氏。株式会社パルコ グループデジタル推進室にてCRM関連業務に従事しながら、顧客時間に参画するメンバーです。ノエビア、トリンプ・インターナショナル・ジャパン、ユナイテッドアローズ、TSIホールディングスなどの事業会社にて、CRM戦略策定・ロイヤルティプログラム構築・顧客コミュニケーションプランニング、顧客データ分析、ポイントサービス運用等CRM関連の業務を担当してきたCRMの専門家です。

サービスリニューアルやシステムリプレイスをリードし、社内/グループ内のCRMコンサルティングを数多く手掛けてきた安藤氏。自身の経験から得たノウハウは、受講者にとってCRM戦略立案における明日使える知見です。プレ授業では、事業会社での成功・失敗事例を交えながら、すでにCRMに取り組んでいる企業、これから新たに始める企業の双方にとって学びのある内容が紹介されました。

まず着手すべきは「うちのCRM」

安藤氏は前述の通り、株式会社PARCOに所属する現役のCRMプランナー。複数企業でのCRM担当を歴任し、CRMのプロとして様々な実績を残していますが、初めからCRM領域を専門としていたわけではありません。

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安藤氏:「販促としてのポイントカード担当になったことをきっかけに、お客様のデータを元に企画を考える面白さに気づきました。同時に、自社が抱える「顧客と繋がるためのデータベース」に関する課題にも直面したんです。そこから社内のCRMの基盤を作ることにのめり込んでいきました」

そんな安藤氏が講義で語るのはすべて、実務での試行錯誤を体系化した内容。どこかで見た教科書的な内容ではなく、経験に基づく血の通ったCRM戦略は説得力を感じさせます。

安藤氏がCRMを始めるにあたって一番重要かつ、真っ先に取り組むべきと唱えるのは“定義”と“明文化”。いきなり戦略や戦術づくりに着手すると、その後必ず難航すると言います。

安藤氏:「あなたの会社のCRMは何ですか?と尋ねると、実に多様な回答が出てきます。ポイントサービスと答える人もいれば、顧客データを扱うことと言う人もいます。しかし、CRMの定義が人によって曖昧なまま構築が進むと、途中でブレや歪みが生じます。それを回避するために、一般論としてのCRMの定義ではなく、各社のビジョンやブランド・ステートメントを踏まえた『うちのCRM』を定義することに真っ先に取り組んで欲しいです」

各社オリジナルの「うちのCRM」は、CRMに取り組む目的を明確にすることで定まってくると言います。中長期的な「利益」を生み出すのがCRMの役割ですが、ともすると短期的な売上を目的とした「販促」と捉えられてしまうことも多い。この齟齬が原因で社内に混乱が生じることはよくあります。

もちろん一度決めた定義が一生続くわけではなく、将来的に見直すこともあるでしょう。しかしCRMは一度始めれば365日続いていく活動。特に小売の場合は店舗も巻き込むため、共通認識が無ければ一気通貫した動きはできません。最初の段階で経営層から現場までが、同じ目的を共有できれば良いスタートを切ることができるのです。

CRMの定義と目的が固まったら、ビジョン(=ありたい姿)を描き明文化するのが次のステップ。お客様とどういう関係をつくりたいのか、CRMに取り組んだ結果自分たちがどんな姿になりたいのかを整理し言葉にする作業をします。

《ビジョンを明文化する4つの理由》
1.人によってイメージが異なってしまう解釈の幅を広げないため
2.全員で同じ方向を向くため
3.アイデンティティを明確にすることで、この先のCRMの手段や方法が見えてくるため
4.運用開始後に齟齬や部門間のハレーションが起きたときの判断基準になるため

安藤氏:「社内には色々な立場の人が居て、全員が同じ方向を向くのは本当に難しい。だからこそビジョンを明文化するところまでは、自分だけでなく関係する部署すべてに顔を出してもらう努力をしました。そうやって時間をかけて一緒に作っていくと、いざゴールやKPIなどを設定したときに、みなさんが納得してくれやすくなります」

奥谷:「そういった社内で苦労される部分は、第三者である顧客時間が介在することで、ワークショップなどを通じてサポートできる部分かもしれないですね」

CRM領域に留まらないLTV把握の効果

「うちのCRM」を定義し明文化できたら、より具体的な数値目標であるゴール、KGI、KPIを決める段階へと進みます。

《CRM設定フロー例》
ステップ1.取り組む理由の設定:利益の改善・安定

ステップ2.目的の設定:既存顧客の安定・拡大

ステップ3.ゴールの設定:生涯顧客化

ステップ4.KGIの設定:LTV(Life Time Value)の高い顧客数

ステップ5.KPIの設定:維持率・稼働顧客数

仮にCRMに取り組む理由=「利益の安定・改善」と設定した場合、顧客の安定・拡大が必要となります。ただ「顧客」と設定するだけでは施策が曖昧になるため、変動性の高い新規顧客よりも既存顧客に安定的かつ長くサービスをご利用いただくところまで検討します。そうすれば目的=「既存顧客の」安定・拡大と設定できるのです。

次に、お客様と生涯に亘るお付き合いを実現する「生涯顧客化」をゴールに設定。その先は、KGI=「LTVの高い顧客数」、KPI=「維持率・稼働顧客数」のように、数として把握できる項目を使ってロジカルに設定していきます。ここで使用する数値目標は活用できるデータの種類に依存するため、きちんと自分たちで確認できる項目を使用するのがポイントです。

安藤氏:「LTVで大切にするのはお付き合いの長さですが、この”長さ”を見る指標となるのが維持率です。維持率とはある期間に購入してくれた人が、次の期間にもアクティブな状態にある割合。維持率が上がると稼働している顧客数も増えます。この2つを見ていけば企業にとって貢献度の高い顧客数を把握できることになります。」

奥谷:「サブスクリプションも流行っていますが、維持率、稼働客数は重要だと思っています。毎週、隔週、買ってもらえているのか?獲得したけれどもその後お客様が動いていなければ意味がなく、CRMはここをアクティベートするのが役割なんですよね。」

LTVの算出方法は色々ありますが、「うちのCRM」にあった計算方式を選ぶことが成功の鍵。「LTV=購買単価×購買頻度×継続期間」といったよく使われる例を参考にしながらも、自社に合った計算式を丁寧に検討すべきと言います。

さらに講義の中では、安藤氏や奥谷氏が関わった事業会社の事例を元に、LTV算出の発展型として指標の「重み付け」についても触れられました。例えば小売であれば、単価や購入頻度に加えて、プロパー(定価)で買われるのかセールで買われるのかも顧客評価に繋がります。基本の計算式に加えてプロパー比率を加えたカスタマイズ版をつくり、基本版と併用する上級テクニックが紹介されました。

そもそもCRMの設計において、なぜLTVが重要視されるのでしょうか。その理由は2つあります。1つ目は前述したとおり利益が出ているかを確認するため。CRMは短期的な売上としては効果が出にくいため、長い目で見て利益を生む“良質な”顧客が居ることを示す必要があります。

安藤氏:「購入頻度が上がった、単価が上がった、新規客が増えたなど、色々な方面で即時的な効果が見えてくると満足してしまいがち。独自の計算式を設け、LTVとコストの評価を継続的にきちんと見ている企業は実は少ないのです」

2つ目の理由はLTVを見ることで、コミュニケーション全体の課題が見えてくること。例えば低LTVのユーザーが多ければ、コミュニケーションの入り口に問題がある場合が多い。入会時のメリットが高いなど衝動的な理由でいったんは顧客化したものの育成できず、LTVが伸びることなく居なくなる獲得成果主義のケースです。また店舗型に多い課題としては、年に一度偶然来店するような、接触頻度をお客様に依存しているケース。来店が目的化されていないのであれば、製品やサービスなどの提供価値から見直す必要があります。LTVの把握は、CRM領域だけに留まらずこうした顧客コミュニケーション全体の課題発見と改善に繋がっていくのです。

データを制する者はCRMを制す

以上の過程を経てサービス設計が固まったら、システム構築へと移ります。意外と後回しにされがちですが、「うちのCRM」を実現するためにシステム構築と並んで重視すべきなのが運用面のフィジビリティです。

安藤氏:「すべてが叶う100点のシステムはありません。だからこそ、システム構築に着手したらなるべく早い段階で運用面の課題も明確にする意識が大切。リリース時に現場が運用で苦労すると絶対にうまくいかないですし、CRM批判しかしない環境が生まれてしまいます」

また、システムや運用面と連動して、実行するための社内調整にも着手します。CRMは指揮を執る本部だけでなく、ブランド担当者や店舗スタッフまで巻き込まなければ完結しません。社内調整において大きな役割を担うとともに最強の味方になってくれるのがデータ。担当者の主観や経験で語るのではなく、「新規客のうち一年後に残っているのは◯割しかいない」「オンライン・オフラインの両チャネルを使用している顧客の方がロイヤリティが◯%高い」など具体的かつ客観的にデータを見せることで、関係者の信頼・納得・協力を得ることができると言います。

システム、運用、社内の役割分担のすべてが揃ってはじめて、構築したシステムが血の通ったものになる。CRMはCRM担当だけの取り組みではなく、企業の全体運動なのです。

お客様を真に“想える”企業へ

講義の後半は事例紹介。2つの事業会社が「うちのCRM」を定義するところからシステム構築までの一連の流れと、各フェーズで具体的にどんな障壁があり、安藤氏がどう対応したのか。前半の概念的な内容を踏まえた上で事業会社の事例を見ることで、実践に近い思考を疑似体験できる構成です。設計から運用まで手掛けてきたからこそ語れるノウハウの数々、CRM担当が置かれる立場の厳しさ、社内調整の難しさが伝わる内容でした。

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なぜ企業がCRMに取り組むべきなのかを改めてまとめ、講義はクロージングを迎えました。

安藤氏「CRMをやって一番良かったことは、利益が改善したこと以上に現場の意識が変わったこと。お客様第一主義と言っていても、実際は自社のビジネス起点になっていることが多いです。CRMに取り組むことで、お客様が居ないところでもお客様が主語になっていったことが一番の効果でした。正しく取り組めば利益が出て、お客様が見えてくる。そうするともっとお客様のことを想い、考えるようになるんです」

CRMがもたらす一番の価値は、顧客を想い向き合うことで、自分たち自身が変わることなのかもしれません。
(TEXT:松下沙彩)

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