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そういえばあの時、トイプードル運を貯めていたのかもしれない。

先日我が家の犬がトイプードルを噛んでしまった。その後病院を受診して頂き、大事には至らずすっかり元気になり、また飼い主さんとも心を通わせることができ、今回の事は一生忘れずに、優しく抱えていこう。そう思う出来事があった。
その①
その②

そういえば一時期、やたらとトイプードルを助けたことがあった。
ある時は私の目の前でトイプードルのハーネスが外れ、あわや道路へ出そうな所でキャッチ。飼い主さんに引き渡したことがあった。

またそれから1週間も経たないうちに今度は、夕方柴犬の散歩をしていると、前方をトイプードルが1人で歩いている。近くに飼い主さんらしき姿も見当たらない。首輪はしている。咄嗟に捕まえ、暗くて迷子札が付いているかも確認できない。ひとまず家も近いから一旦連れて帰って明るい所で確認しよう。あわよくば途中で飼い主さんに会えるかもしれない。

飼い主さんに会うことはないまま家に着き、首輪を確認するも、迷子札らしきものは見つからなかった。
飼い主さんも探しているだろうし、トイプードルだからそんなに遠くから来た訳でもないだろう。一応長丁場になることも考え、首輪に柴犬のリードをつけて、ひとまず家を出て散歩しながら飼い主さんと会えることを祈った。

するとそんなにかからずに犬の名前みたいなのを呼ぶ女の人の声が聞こえた。
走って声のする方へ行き、「犬、探してますか!?」と、無事飼い主さんに引き渡せたこともあった。

立て続けにトイプードルを2度助けた。

吉本ばななさんの小説で、「ひとりのアロエを助けたら、これからいろんな場所で見ると、どんなアロエもみんなあなたを好きになるのよ。植物は仲間同士でつながっているの。」そんな話があった。

また、これは何の本か忘れたが、植物は地中で繋がっていて情報共有している。あの人は大切にしてくれるよ、とかそういうことを共有しているという話も読んだことがある。

そういえば私は、引っ越しても引っ越しても、近所にポプラの木がある。
初めてポプラの木に惹かれたあの時から、どこか木を擬人化して、心の中で話かけていた。

2人目を妊娠中切迫流産になり安静の指示が出た時。先の見えない安静生活で、せめて、近くの公園までの往復だけは、ゆっくりゆっくり歩いてもいいことにしよう。そんなマイルールにして、向かった先の公園にはそう、ポプラの木があった。

その木を眺めながらお腹の子が無事育つように。そして産まれたら、ここに連れてきますと、祈りのような宣言のようなことを思っていた。神社までは遠いけど、せめてここで毎日こうすることで心の平穏を保っていた、そんな時期があった。

もしかして、歴代のポプラの木たちが今までバトンを繋げてくれていた?ふと思った時があった。木は自分で動けない。「今度あの人そっちに行くから、よろしくね!」なんて、引き継ぎしてくれてた?

トイプードル界でもそんなことが、あるのかもしれない。過去に助けた2匹のトイプードル、そして今回傷つけてしまったトイプードル。

「あの人は、悪いようにはしないから。」
それ位の情報共有は、されていたのかもしれない。

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